第167話 星の守護者

「……イスリア、まだ戦えそう?」

「全然っ……問題ないよ。でも、キリが無いね……」


 土埃に塗れながらも虚勢を張る妹の姿に、エミリアは苦笑を漏らす。

 ここまで無事だったのは召喚した眷属のモンスターに戦いを任せ、ボスと思しき巨大な芋虫のモンスターは攻撃を仕掛けて来なかったからだ。まるで、なにかを待っているかのように動きを見せないモンスターに、エミリアは違和感と嫌な予感を覚える。


「なにを考えているのかしら?」

「分からないけど、逃がしてくれそうにないことだけは分かるよ」


 イスリアの言うようにモンスターの数が減る気配はない。倒しても倒しても新たに召喚されて、無限に湧き出てくるからだ。

 逃げようにも敵の数が多すぎる。完全に消耗戦を強いられていた。

 やはり、なにかあるとエミリアは不安を覚える。その時だった。

 足下の影が生き物のように蠢き、影から飛び出た無数の棘のようなものが無数のモンスターを串刺しにしたのは――

 突然のことに理解が追いつかず、呆気に取られるエミリアとイスリア。

 しかし、そんな二人の脳裏に同じ人物の顔が浮かぶ。

 このような真似が出来るのは、一人しか思い浮かばなかったからだ。


「間に合って良かった。お二人とも無事のようですね」

『シキさん!』


 そう、影から現れたのは〈精霊殿〉の巫女を束ねる長――シキであった。

 現役を退いてはいるが、この国に四人しかいないオリハルコン級の冒険者の一人だ。

 彼女のスキル〈黒き影の支配者〉は、影を自在に操るスキル。

 彼女はこの力で、冒険者時代にベヒモスを単独撃破するという実績を残していた。

 故に――


「お二人は下がっていてください。ここは私が――」


 どれだけ数がいようと、中層や下層程度のモンスターなど相手にすらならない。

 影を自在に操り、迫るモンスターをあっと言う間に切り刻むシキ。彼女のスキルの前では、この程度のモンスターなど無力に等しい。一対多数との戦いは、彼女が得意とするところだからだ。

 だからと言ってベヒモスを単独撃破したことからも、一対一の戦いが苦手と言う訳ではなかった。


「――〈影の巨大槍シャドウランス〉」


 無数の影を束ね、全長二十メートルほどある巨大な槍を作り出すシキ。

 それを群れのボスと思しき巨大なモンスターに向かって投擲する。大気を震わせるような轟音と共に超音速で放たれた影の槍が、モンスターの巨大な身体を貫いたかのように見えた。

 しかし、


「無効化――いえ、吸収された!?」


 まるで効いていない様子で、微動だにしないモンスターに目を瞠るシキ。

 無効化ではなく、攻撃を吸収されたのだと悟る。モンスターの身体に槍の尖端が触れた瞬間、影の槍が魔力へと分解され、モンスターに取り込まれる光景を目にしたからだ。


「まさか、このモンスターは……〈精霊喰いエレメントイーター〉」


 そのことからモンスターの正体に気付くシキ。実物を目にしたことは一度もないが、〈精霊殿〉には精霊の天敵として語り継がれているモンスターが存在した。それが〈精霊喰いエレメントイーター〉――魔力を糧に成長するモンスターだ。

 精霊を捕食するこのモンスターには、ありとあるゆる魔法が通用しない。影の槍はスキルによって生み出されたものだが、魔力で構成されていることに変わりは無い。その魔力を使った攻撃が〈精霊喰いエレメントイーター〉には一切通用しないのだ。

 このモンスターにとって魔力とは、自らを成長させる糧でしかないからだ。


「〈精霊喰いエレメントイーター〉……それって、まさか文献の……?」

「はい。〈至高の錬金術師〉が討伐したと伝えられている災厄の魔物です」


 エミリアの疑問に険しい表情で答えるシキ。

 二千年前、この国は既に一度〈精霊喰いエレメントイーター〉の襲撃に遭っていた。

 しかし、〈精霊喰いエレメントイーター〉は精霊だけでなく魔法使いや精霊使いにとって天敵と呼べる相手だ。それは即ち、セレスティアにとっても相性の悪い相手であることを意味していた。

 そんな厄介なモンスターから、この国を救ったのがアルカであった。

 とはいえ、二千年も昔の話だ。〈精霊の一族〉とはいえ、そこまで長命な人間はいない。いまでは文献に記されているだけで〈精霊喰いエレメントイーター〉のことを知る者は少なくなっていた。

 エミリアやイスリアが気付けなかったのも無理はないだろう。


「どうして、また現れたのかは分かりませんが〈精霊喰いエレメントイーター〉はダンジョンのモンスターではなく、異界の魔物だと伝えられています」


 シキの言うとおり〈精霊喰いエレメントイーター〉はダンジョンのモンスターではなく、異界の魔物だと〈精霊殿〉の記録には書き記されていた。

 というのも、その記録を残したのはアルカで〈精霊喰いエレメントイーター〉の対処方法を知っていたのも、彼の生まれた世界にも出現したことがあったからだ。

 だから倒し方を知っていた。

 いや、正確にはアルカでなければ倒せなかったのだ。


「あれが〈精霊喰いエレメントイーター〉だとすれば、私たちに倒せる相手ではありませんね……。いえ、もしかすると――」


 セレスティアでも難しいかもしれないとシキは考える。

 魔力を使った攻撃が通用しないというのは、魔法だけに限った話ではない。身体強化系のスキルなど、魔力を伴う物理的な攻撃も〈精霊喰いエレメントイーター〉は吸収してしまうからだ。

 だからセレスティアは苦戦を強いられた。

 攻撃する度に〈精霊喰いエレメントイーター〉にダメージを与えるどころか、魔力を与えて成長させてしまうことになるからだ。むしろ、莫大な魔力を持つセレスティアの攻撃は〈精霊喰いエレメントイーター〉にとって最高のご馳走と言っていい。


「お二人は逃げてください。私はこのモンスターを足止めします」


 そのため、尚更逃げる訳にはいかないとシキは覚悟を決める。

 このモンスターの相手をセレスティアにさせてはいけない。

 そんな予感が頭を過ったからだ。


「私たちも戦います。一人で戦うよりも三人の方が確実に多くの時間を稼げますから」

「だね。どのみち、この状況だと上手く逃げられる自信もないし……」


 無限にモンスターが召喚される状況をどうにかしなければ、どのみち逃げられないとエミリアとイスリアは話す。そのためにも〈精霊喰いエレメントイーター〉をどうにかする必要があった。


「……分かりました。ですが〈精霊喰いアレ〉の相手は私が務めます。お二人は――」

「雑魚の相手を任せるって言うんでしょ? まあ、妥当かな。精霊が召喚できない状況だと、私も全力はだせないし……姉さん、〈星詠み〉はまだ使えそう?」

「ええ、指示は任せて頂戴」


 倒せないまでも時間を稼ぐことが出来れば、きっと椎名が助けに来てくれる。

 そう信じて、三人は厳しい戦いに臨むのだった。 



  ◆



「これは……やはり〈精霊喰いエレメントイーター〉の仕業でしたか」


 荒れ果てた〈精霊殿〉と無数に飛び交う虫型のモンスターを見て、〈精霊喰いエレメントイーター〉の仕業だとセレスティアは確信する。二千年前のことは、いまでも鮮明に覚えているからだ。

 魔力を使った攻撃が通用しない〈精霊喰いエレメントイーター〉だが、倒す方法はある。二千年前のあの時も、アルカが助けに入らなければセレスティアが〈精霊喰いエレメントイーター〉を倒していただろう。ただし、そのためには全力・・をだす必要があった。

 セレスティアにとって文字通り切り札とも言える力。それを使えば、確実に〈精霊喰いエレメントイーター〉を倒すことが出来る。十年前の〈大災厄〉でも力を使うことを躊躇ったりしなければ、カルディアが犠牲になることもなかったかもしれないとセレスティアは考えていた。


「もう、あんな思いをするのは二度と嫌です」


 結局、またアルカに頼ってしまった。

 アルカに仲間殺しの罪を背負わせてしまった。

 それが、セレスティアの後悔。

 だから――


「――封印解除リリース


 セレスティアは自らに課した封印を解く。

 アルカと椎名に万が一のことがあれば、この世界を救う手立てはなくなる。

 しかし、自分であれば代わりエミリアがいる。

 それが悩んだ末にセレスティアのだした答えであった。


「ごめんなさい、アルカ。そしてシイナ様、エミリアとこの世界のことをよろしくお願いします――」 


 黄金の輝きを纏うと、セレスティアの瞳から理性と感情が消える。

 世界樹の声を聞き、セカイを害する存在を抹消する殺戮人形キリングドール

 それが、星霊――星の守護者セレスティアの真の姿だった。

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