第166話 星霊
精霊ではなく星霊。
世界樹が生み落とした世界でたった一人の星霊が、セレスティアなのだと先代は説明する。
だからか。
どことなくセレスティアは他と違うと感じていた部分があった。
それは先代にも言えることなので、特別なスキルを持っているからだと思っていたのだが――
「いや、待てよ? なら、なんで彼女はスキルが使えるんだ?」
セレスティアが人ではないことは分かったが、彼女はホムンクルスと違ってスキルが使える。
呪いのことだって嘘を吐いているようには見えなかった。
「それは彼女の身体が普通の人間だからだよ」
「え?」
「世界樹と最初に契約したのが彼女だ。そして、世界樹の契約者というのは星霊の器となる運命を背負った者のことだ。私は〈星核〉と呼んでいるけど、それを受け継ぐ適性を持った者が世界樹の契約者に選ばれるんだよ」
星核を受け継げる適性を持った人間?
だから、エミリアは〈巫女姫〉の後継者に選ばれたと言うことか。
後継者というのが、どういうことを意味するのかを俺は深く考えてこなかった。
「そうか。〈星詠み〉のスキルを覚醒させることが、巫女姫の後継者になる条件なんだな? あれは未来を視ているのではなく、星の記憶を読み取っているのか」
「本当に察しがいいね。よく
ずっと楽園に引き籠もって錬金術の研究三昧だったしな。書庫の本にはほとんど目を通したし、自分で調べられることは大体調べた。星の記憶を読むことでどうして未来が視えるのか不思議に思うかもしれないが、アストラルエネルギーとは世界を構成する力だ。
それは時間や空間を超越したもので、この世界に影響を与えながらも高位の次元を漂う力とも言える。だから星の記憶には、この世界が誕生した瞬間から終わりを迎える時までの記憶すべてが含まれている。
謂わば、
なるほど、確かにチートな能力だ。
他のユニークスキルと比べても、明らかに一線を画す能力と言っていい。
「だが、ならどうして焦ってるんだ? それだけの力があるならモンスターくらい余裕で倒せるだろう? というか、〈
正直、話を聞く限りではセレスティア一人でもどうにかなりそうだ。
先代のホムンクルスたちと協力すれば、何億体モンスターがいようと負けるところが想像できない。地上は壊滅的な被害を受けるかもしれないが、少なくともモンスターを殲滅することは可能だろう。
「あの力には限界があるんだよ。どうして
「おい、まさか……」
「そのまさかさ。私との戦いでもセレスティアは全力をだしたことがない。いや、だせないんだ」
星核の力に器が、人間の身体が力に耐えられないのだと先代は説明する。
だから後継者が必要と言うことか。〈星核〉を継承できる器を用意しておく必要があると言うことだ。
正直、余り気分の良い話ではなかった。
命を対価にした時間制限付きの力。そして、そのための
先代が焦るのも無理はない。セレスティアに死んで欲しくはないのだろう。
しかし、
「まだ、なにか隠してるだろう?」
それだけでは説明不足だと感じていた。
確かに厄介な力だが、全力をださなければ良いだけの話だ。
いまのセレスティアがどの程度の力をだしているのかは分からないが、少なくともこの程度のモンスターに後れを取るとは思えない。だが、先代の慌てようからも何かあると考えるのが自然だ。
「たぶん……出現したモンスターは〈
その名前は聞いたことがあった。
そうだ。ダンジョンに飲まれた頃、世界樹で俺が対峙した巨大なモンスター。
ユミルの話では世界樹に巣くう寄生虫のような存在と聞いているが、それが現れた?
まてよ? だとすれば――
「俺の〈マナドレイン〉が原因か?」
「ああ、地中深くに身を隠し、ゆっくりと誰にも気付かれないように少しずつ世界樹の魔力を吸収していたのだと思う。でも、キミが魔力の流れを変え、彼等の
「ああ……うん……」
そりゃ、怒るよな。先代の話を聞いて納得する。
「なんか、悪い……」
「いや、謝るようなことじゃない。少なくとも、いま発覚して良かったと思ってるよ。でないと、カルディアの結界も消失していた可能性がある。もしかするとティアが視た〈星詠み〉もこのことを暗示していたのかもしれない」
「〈魔女王〉の結界が? どういうことだ?」
「大陸の半分を覆うような結界が一人の人間に張れる訳がないだろう? 私でも無理だ。だから彼女はアストラルエネルギーを利用したんだ。カルディアはセレスティアから
だが、その代償として魔力暴走を引き起こし、モンスターに姿を変えたのだと先代は話す。
「まさか〈魔女王〉が死んだのって……」
「そうだよ。私が殺したんだ。この手でね」
ようやく合点が行った。恐らく先代は、その時のことを今も悔やんでいるのだ。
だからセレスティアにまで同じような運命を辿って欲しくない。そう考えているのだろう。
だから、こんな風に焦っている。
いつもの余裕を感じないのも、それが理由なのだと気付く。
メイドたちが先代を慕う理由が少し分かった気がする。
「そうなったら俺が止めてやるよ」
「なにを言って……」
「魔力暴走なら過去に止めたことがあるからな。数少ない特技の一つだ」
魔力暴走の果てに人間がモンスターになるなんて話は聞いたことがないが、いま思うとサンクトペテルブルクで遭遇したモンスターが、先代の言うものと同じだったのかもしれない。
そう考えるとシオンの弟の件も、それが原因だったのかもな。
もしかして〈魔核〉って、モンスターになった人間を元に戻すと手に入るのか?
まだ状況証拠だけだが、可能性としてはありえそうだ。
とはいえ、それを証明するために人体実験をする気にはならない。確かに俺は錬金術師だが、マッドサイエンティストではない。元に戻せると言っても人間をモンスターに変えるような実験をするほど外道ではないつもりだしな。
「……分かった。その時はキミに頼むよ」
先代に感謝されるまでもなく、そういう状況に陥れば迷いなく助けると思う。セレスティアに死んで欲しくないのは、俺も同じだからだ。
なによりセレスティアが死ねば、次はエミリアが〈星核〉を受け継ぐことになる。それだけは避けたいと考えていた。
俺の考えているようなものなら〈星核〉を移植された人間は、ホムンクルスと同じように前世の記憶を失う可能性があるからだ。
「なら、急いだ方がいいな」
「なにを言って……だからこうして急いでいるんじゃないか」
「ああ、だからもっと早く着いた方がいいだろう?」
セレスティアはもう随分と先に行ってしまっている。彼女に追いつくには彼女と同じくらい魔力で肉体を強化する必要がある訳だが、先代や俺の魔力量はそこまで多くはない。
なら、どうするのかと言えば――
「
外部から魔力を持ってきてやればいい。
マナドレインで集めた魔力は〈無形の書〉に吸われているが、俺には〈黄金の蔵〉に仕舞ってある魔力炉があるしな。
「はあ!? ちょっと待っ――」
「二人は後から追いかけてきてくれ。先に行く」
テレジアとオルテシアに一言断りを入れ、先代の腕を掴む。
そして、
「舌を噛むなよ」
魔力を解放し、一気に加速するのだった。
◆
「いっちゃいましたね……テレジアさん、感じました?」
「ええ、ご主人様のあのお姿。あれは恐らく――」
黄金の輝きを纏った椎名の姿。あれはアルカが言っていたセレスティアの真の力と同じなのではないかと、オルテシアとテレジアは考える。
「凄かったですね。あれが主様の真の力……」
椎名が纏っていた魔力は、明らかにセレスティアの力を超えていた。
自分と戦った時は、あれでもまだ手加減されていたのだとオルテシアは察する。
世界樹の結界を支配下に置き、魔力の流れを完全に制御してみせた椎名の魔力操作の技術は人間の域を超えている。普通は外から魔力を取り込むだけでも高度な技術だと言うのに、これほど強大な魔力を制御することなど出来ないからだ。
しかし、椎名なら――
「ええ、ご主人様ならきっと……」
アルカでも、セレスティアでも為せなかったこと。
最善の結果ではなく
そんな予感を二人は感じ取るのだった。
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