第165話 化身

「ご主人様! ご無事でしたか」


 円環の間から飛び出したところで、テレジアとオルテシアと合流する。

 二人には会議が終わるまで外で待っているようにと言っておいたのだが、異変に気付いて慌てて駆けつけたのだろう。


「さっき、セレスティア様とシキさんとすれ違いました。随分と慌てていたみたいで……それにこの魔力反応は、もしかして……」


 どうやらオルテシアも異変の正体に気付いたようだ。

 彼女も出会った頃と比べれば、随分と魔力探知の精度が上がったように思える。


「ああ、モンスターが現れたみたいだ。セレスティアたちは先に向かったんだろう。俺たちも今から向かうが――」

「当然――」

「ご一緒します」


 即答するテレジアとオルテシア。尋ねるまでもないことだったようだ。


「愛されてるね。後輩くん」

「そういう先代だって、ホムンクルスたちに慕われているだろ?」 


 俺のことを言えないくらい先代が楽園のメイドたちに慕われていたことは分かっている。〈原初〉の六人を始め、誰一人として先代のことを悪く言うメイドはいないからだ。


「生みの親だしね。ヒナが親鳥を慕うような感覚に近いよ。でも、キミの場合――」


 先代がなにかを言おうとした、その時だった。

 再び大きな揺れが建物を襲ったのは――

 今度のは、かなり大きい。それも最初に捉えたモンスターの反応など、かすむほどの膨大な魔力を感じる。

 だけど、この魔力反応って……セレスティア?


「急いだ方が良さそうだ」


 先代の言うとおり、かなり切迫した状況のようだ。

 とはいえ、この魔力がセレスティアのものならモンスターに後れを取るとは思えないのだが――

 

「取り敢えず、俺たちも行くか」


 腑に落ちないものを感じながらも、テレジアとオルテシアに声をかける。

 俺の言葉に頷く二人。先代の後を追って、俺たちも世界樹へと向かうのだった。



  ◆



「セレスティア様」

「シキ」


 後ろから追いかけてきたシキに声をかけられ、ハッと我に返るセレスティア。

 ようやく冷静さを取り戻し、深々と嘆息する。

 星詠みのことが頭を過ったとはいえ、らしくない行動だったと恥じたからだ。

 一刻一秒を争う状況だからこそ、冷静さが求められる。


「あなたはスキルを使って先に行きなさい。私もすぐに追いかけます」


 反省するのは後からでも出来る。

 まずは目の前のことに対処するのが先だと考え、セレスティアはシキに指示をだす。


「畏まりました」


 セレスティアの命に従い、足下の影へと身体を沈ませるシキ。

 彼女のユニークスキル〈黒き影の支配者〉は、影を自由に操るスキルだ。

 その能力は多才で、影そのものを手足のように操作したり、影から影へと転移・・することも出来る。ただ欠点がない訳ではなく彼女のスキルで転移できるのは自分自身だけという制約もあった。

 だからセレスティアはシキだけを先に行かせたのだ。

 それに――


「ディルムンドには後で謝罪するとしましょう」


 一人なら思う存分、力を使える。

 自らに課した封印の一つを解除し、大地を蹴るセレスティア。

 加速した直後、大樹の枝と枝を繋ぐ足場が崩壊し、無数の建物が吹き飛ぶ。

 あっと言う間に姿が見えなくなるセレスティア。音を置き去りにして、真っ直ぐに森を駆け抜ける。 

 ありとあるゆる魔法を使いこなすのが〈魔女王〉で、様々な魔導具を生みだし多様なスキルを駆使するのが〈至高の錬金術師〉なら、膨大な魔力と未来視でモンスターを圧倒するのがセレスティアの戦い方だった。

 難しいことなど一切なく、ただ純粋に魔力で肉体を強化し、敵を殴る。それだけで世界最強の一角に数えられた存在。星の代行者にして、創世記よりこの世界を見守りし世界樹の化身アヴァターラ――それが、セレスティアであった。



  ◆



 俺たちの目の前には、瓦礫の山があった。

 政庁の一角が崩壊し、街にも被害がでているようだ。

 となると、二回目の地震ってやっぱり――


「間違いない。ティアの仕業だね」


 セレスティアの仕業だったようだ。

 急にバカでかい魔力反応が現れたと思ったが、あれがセレスティアの全力と言うことか。ドラゴンですら、かすむほどの絶大な魔力だ。全力をだしたユミルやレミルに迫るほどかもしれない。

 普段の姿を見ていると忘れそうになるが、先代と戦って世界の果てを荒野に変えたという逸話のある伝説の魔法使いだしな。この光景を見ると、あらためてセレスティアも規格外の存在なのだと理解させられる。

 とはいえ、


「彼女と戦ったことがあるんだろう? よく無事だったな」

「一度、ボコボコにされかけたけどね……」


 遠い目をする先代を見て、やっぱりそうだよなと納得する。

 セレスティアの魔力は軽く見積もって、俺や先代の数百倍はあるからだ。ユミルやレミルを相手にしているから分かることだが、そんな相手とは戦いにすらならない。普通に戦えば、スペックで圧倒されて終わりだ。

 だから戦うのであれば、自分の土俵に持ち込む必要がある。錬金術師であれば魔導具を駆使し、極めた魔力操作の技術を使って、魔力の質と手数の多さで対抗する訳だ。

 しかし敵に回すと恐ろしいが、これほど頼もしい味方もいない。

 やはり、これだけの力を持つ彼女がモンスターに後れを取るとは思えなかった。

 だから、


「とにかく先を急ごう」

「それは構わないんだが、なにをそんなに焦ってるんだ?」


 先代に尋ねる。

 俺には、先代が焦っているように見えてならなかったからだ。

 セレスティアの力は、俺よりも実際に戦ったことのある先代の方がよく知っているはずだ。モンスター程度に彼女が後れを取ることはないと分かっているはずなのに、どこか様子がおかしい。

 なにか大事なことを隠しているのではないかと、そんな予感が俺のなかにはあった。


「……走りながら話すよ。後輩くんには知る権利があると思うしね。ティアもキミたち・・・・になら話しても怒ったりしないだろう」


 そう言って再び走り出す先代の後を、俺たちは追いかける。


「彼女は世界樹の化身なんだ。いや、正確には世界樹そのものと言っていい」


 それって、イズンみたいなものってことか?

 確かイズンは世界樹にホムンクルスの肉体を先代が与えたものだと聞いている。

 もしかして、セレスティアもという考えが俺の頭に過るが――


「ああ、違うよ。キミが誰を頭に思い浮かべたのかは察しがつくけど、順序が逆だ。楽園の世界樹に人の器を用意したのは、ティアを模倣したからだよ。いや、少し違うな。ホムンクルスの研究はティアを研究するところからはじまったんだ」


 セレスティアが、ホムンクルスの元になった存在?

 そんなことがあるのかと思うが、否定できない考えが頭を過る。

 ホムンクルスたちを製造するのに欠かせない素材〈生命の水〉は〈賢者の石〉から精製されたものだ。

 そして〈賢者の石〉の材料となっているもの。

 それは――


星の生命力アストラルエネルギー……そうか、セレスティアの正体は……」 

「さすがに理解が早いね。世界樹はアストラルエネルギーを魔力へと変換する装置だ。世界樹が精霊を生みだし、その精霊が魔力を世界に拡散することで人は魔力を利用し、魔法を使えるようになる」


 それは知っている。イズンから話を聞いたと言うのもあるが、楽園の書庫にも世界樹について書かれた文献が幾つも遺されていたからだ。

 賢者の石を作るには、アストラルエネルギーについての知識を深める必要がある。

 だから何年もかけて必死に勉強したのを、いまでも覚えている。


「そして、彼女――セレスティアは〈星の力〉を自在に操れる。どんな色とも異なる原初の力――黄金の輝きアストラルエネルギーをね。謂わば世界樹の大精霊セレスティアとは、星の力と意志を宿した化身」


 星霊と呼ぶべき存在なんだよ、と先代はセレスティアの正体を明かすのだった。

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