第164話 魔力吸収
「
椎名が
本来は目に見えないはずの魔力が渦を巻く勢いで椎名の手にした〈無形の書〉に吸い寄せられ、黄金の輝きを放ち始めたのだ。いままで目にするどころか、話にも聞いたことのない現象に各国の代表たちは目を瞠り、騒然とする。
「アルカ……もう一度、尋ねますが同じことが出来ますか?」
「無理。彼、完全に世界樹の結界を掌握しちゃってるよ。それってようするに、この国すべてが彼の魔力操作の支配下にあるってことだ。人間業じゃないよ」
セレスティアとアルカの話を聞き、更に驚きに包まれる代表たち。
神人ほどでないにせよ、彼等も超一流と言って差し支えのない魔法使いだ。
だから二人の言うことが、どれほど困難で非現実的なことかを理解できるのだろう。
大気中の魔力を利用する魔法は確かに存在する。しかし、それが可能なのは精々が自分の周囲の魔力だけだ。それを世界樹の結界の力を借りているとはいえ、一国丸ごと――数百キロに及ぶ範囲を魔力操作の支配下に置き、魔力の流れを操作するなど人間に出来ることではなかった。
魔法式の知識や技術に優れていると言う次元の話ではない。
まさに
椎名が新たな三人目の神人であることを誰もが実感した、その時だった。
大きな揺れが彼等を襲ったのは――
「地震! いえ、これは――まさか」
「まずいことになったね」
突然の揺れに混乱する中、なにかに気付いた様子を見せるセレスティアとアルカ。
二人が気付いたのは巨大な魔力の反応だった。
突然、ダンジョンの外にモンスターと思しき反応が現れたのだ。
それも、魔力探知が捉えたのは――
「まさか、〈星詠み〉の原因は……」
世界樹の方角だった。
慌てて〈円環の間〉を飛び出すセレスティア。
セレスティアの慌てた様子に只事ではないと誰もが気付く。
もはや会議どころの話ではなかった。
「後輩くん。それ、もういいんじゃない? そのままだと、世界樹の魔力まで根こそぎ吸収しちゃうよ」
そんななか冗談をまじえながら、もう十分だと椎名を止めるアルカ。
実際には、世界樹の魔力を枯渇させるのは幾ら椎名でも不可能だと考えていた。
魔法式の知識や技術に関して言えば〈魔女王〉を凌ぐほどで、魔力操作の技術も下手をすれば自分以上だとアルカは椎名の実力を認めている。しかし、世界樹が根を張っているのは、この国ではなく
ほぼ無限に湧き出る魔力を吸い付くような真似など出来るはずもないし、どれほど卓越した魔力操作の技術があっても、一人の人間がコントロールできる魔力には限界がある。アルカでさえ、それほど膨大な魔力を制御下に置くことは不可能だった。
それはもう、神そのもの――いや、神すら超越した存在にしか為し得ないことだからだ。
「セレスティアといい、俺のことをなんだと思ってるんだ。さすがにそのくらいの加減はして……」
アルカに言われて、マナドレインを止めようとする椎名。
しかし、
「すまん、止まらない」
「え?」
思いもしなかった答えが椎名の口から返ってきて、呆然とするアルカ。
スキルの制御は基本だ。冒険者どころか見習いの魔法使いですら出来る初歩中の初歩。稀に制御に失敗して力を暴走をさせる者もいるが、椎名がそんなミスを犯すとは思えなかった。
「冗談だろ? さすがに洒落になってないよ」
「冗談でこんなこと言うかよ。出現したモンスターが暴れて結界に干渉してるんだ。だから〈再構築〉が使えない。世界樹の結界が消失していいなら、どうにかなるけど……」
「それは最後の手段にしたいね……」
打つ手がない訳ではないと知ってほっとするも、世界樹の結界が消失するのは避けたかった。
この国を守るための防護壁が消失することを意味しているからだ。
そして、これだけの規模の結界を張り直すとなると、アルカでも簡単に為せることではなかった。
そのため、
「ティアだけで十分と思うけど、私たちも行こうか。元凶を潰した方が早そうだ」
「まあ、仕方ないな。半分は俺の責任みたいなものだし……」
椎名とアルカの二人はセレスティアの後を追って、世界樹へと向かうのだった。
◆
同じ頃、精霊殿は――
「どうして、こんなところにモンスターが――」
モンスターの襲撃にあっていた。
どこからともなく昆虫型のモンスターが無数に現れ、精霊殿を襲撃したのだ。
しかし、どこかおかしいとエミリアはモンスターの行動に違和感を覚える。自分たちに向かって来るモンスターの数が、他で対応に当たっている巫女たちと比べても異常に多かったためだ。
「姉さん、数が多すぎるわ。このままじゃ――」
「分かってる。でも、モンスターを街に放つ訳にはいかないわ」
一体一体の強さはたいしたことがないが、それでも一般人には大きな脅威だ。
冒険者でも下層や深層で活躍するベテランならともかく、駆け出しや中堅あたりでは厳しいと思えるくらいの脅威度があった。
しかし、こんな昆虫型のモンスターなど話に聞いたことがない。
知識にないモンスター。そんなものが、どうして突然現れたのかという考えが頭を過るなか――
「イスリア、さがって! なにか来るわ!」
それは現れた。
星詠みで数秒先の未来を予測したエミリアの言葉に従い、イスリアは急いで距離を取る。その直後、精霊殿の建物を破壊し、地中から巨大な芋虫のモンスターが出現したのだ。
小さな城ほどある巨大なモンスターの出現に圧倒されるが、
「姉さん、逃げるよ!」
モンスターの放つ威圧感から、自分たちの敵う相手ではないと悟ったのだろう。
瞬時の判断でエミリアの手を取り、イスリアは逃走を試みる。
しかし、
「待って、私たちが逃げたら街にモンスターが――」
「無理よ! 私たちに敵う相手じゃない。いまは逃げて先生に助けを――」
逃げ道を塞ぐように
またもや、なんの前触れもなく現れたモンスターを見て、ようやく二人は理解する。
「あいつが諸悪の根源……モンスターを召喚している親玉ってことね」
敵わないと分かっていても巨大な芋虫のモンスターを睨み付けるイスリア。
精霊殿を襲っているモンスターを召喚したのが、目の前の巨大なモンスターだと察したからだ。
しかし、それでも分からなかった。
こんなモンスターの情報は、これまで耳にしたことすらない。それに、ここはダンジョンの外だ。モンスターが現れるはずがない。
しかも、この国は世界樹の結界で守られている。
それなのに、どうやって――
「まさか、十年前の……」
十年前、〈白き国〉で起きた〈大災厄〉がイスリアの頭を過る。
白き国も〈魔女王〉の結界で守られていたのだ。
なのに〈大災厄〉は起きた。なんの前触れもなく国の中心に〈天国の扉〉が出現し、モンスターが解き放たれたのだ。
状況はあの時と酷似している。だが〈星詠み〉では、まだ四ヶ月は猶予があるはずだ。巫女姫の〈星詠み〉が外れたことは過去に一度もない。一体なにが起きているのかと混乱するイスリアの瞳に、杖を構える姉の姿が映る。
「姉さん、なにを……」
「逃がしてもらえそうにないし、戦うしかないでしょ? 大丈夫。シーナなら気付いて、すぐに来てくれるわ。だから、それまで持ち堪えればいい」
モンスターに立ち向かう姉の姿を見て、頭に過った考えを振り払い、イスリアも覚悟を決める。エミリアの言うように、これだけの数のモンスターから無事に逃げられるとは思えなかったからだ。
それに戦っているのは自分たちだけじゃない。精霊殿の巫女たちの実力は上位の冒険者に匹敵する。彼女たちと協力すれば、時間くらいは稼げるかもしれないと考えてのことだった。
しかし、
「来て、
大精霊を召喚しようとしたイスリアは異変に気付く。
精霊が呼び掛けに応えてくれないことに――
「姉さん、これって……」
「大気中の魔力が吸い上げられてる? ううん、違う。これって世界樹の魔力も……」
なにが起きているのか分からなかったが、一つだけ分かったことがあった。
魔力がなければ精霊は本来の力を発揮できないし、存在を維持できない。
それはモンスターも同じだ。だから――
「こいつらの狙いは、私たちの魔力よ……」
モンスターの狙いが魔力にあることに、エミリアは気付かされるのだった。
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