第162話 国際会議(前編)

 円環の間というのは以前、エミリアの親父さんと面会した場所のことだ。

 普段は長老会議で使用されていて、この国の政治の中枢を司る場所らしい。

 そこに各国の代表が集められているそうだ。ちなみに地球には大きく分けて六つの国があるのだが〈黒き国〉と〈赤き国〉は過去の戦争で既に滅亡しており、〈白き国〉も十年前の〈大災厄〉で国は滅びてしまっている。

 そのため、〈青き国〉〈緑の国〉〈紫の国〉の三カ国と〈楽園〉の代表者だけで話し合いが行われると聞いていたのだが――


「俺は〈白き国〉の正統な継承者だ! 会議に参加する資格があるはずだ!」


 円環の間の入り口で騒いでいる髭面の男がいた。

 入り口で騒がれると中に入れなくて邪魔なのだが、一体誰だと首を傾げていると――


「〈巫女姫〉様!?」


 髭面の男の対応をしていた衛兵がセレスティアに気付いて、慌てて敬礼をする。

 こうしてみるとセレスティアも偉い人だと分かるのだが、普段の姿を見ていると余りそう言う印象はないんだよな。その点は先代も一緒だ。


「セレスティア様!」

「おい、お前!」


 衛兵の静止を振り切り、髭面の男がこちらに駆け寄ってくる。

 セレスティアの知り合いかなと思っていると――


「誰ですか? あなたは?」


 まったく知らない相手のようだった。

 どことなく迷惑そうな表情で、不機嫌さが滲み出ている。


「ガルバンです! 偉大な〈魔女王〉の血を継承する唯一無二の後継者の!」

「〈魔女王〉って結婚してたのか?」

「いえ、独身です。ただ姉が一人いたのですが、その親族がなんというか……」


 セレスティアの言わんとしていることは察せられた。

 ようするに親戚のおっさんってことか。

 とはいえ、女王が独身で子供もいないなら親族が王位を継いでもおかしな話ではない。

 この髭面のおっさんの主張も間違っていないとは思うのだが――


「具体的にどの程度の血が繋がってるんだ?」

「フッ、聞いて驚け。魔女王の姉君であられるラスタリア様の孫の甥の孫が、この俺だ。それよりも貴様、さっきから見ていたらセレスティア様に馴れ馴れしいぞ。一体、何者だ?」


 後継者を自称していた割には、物凄く遠縁だった。

 もはや、それは親戚というか赤の他人なのではないだろうか?

 そんなことを考えていると、おっさんの身体が吹き飛んだ。


「シイナ様への無礼は看過できません」


 シキがやったようだ。吹き飛ばされたおっさんの身体は壁に半分埋まっている。

 更に追撃しようと、を操作するシキの前にセレスティアが立ち塞がる。


「落ち着きなさい。既に気を失っています」


 セレスティアの言葉でハッと我に返ると、能力を解除するシキ。

 影を操るスキルか。なかなか珍しいスキルを見せてもらった。

 しかし、シキは怒らせない方が良さそうだな。

 こんな行動にでるとは思っていなかっただけに驚いた。


「お恥ずかしいところをお見せしました。つい頭に血が上ってしまって……」

「俺のために怒ってくれたんだろう? なら、そこは別にいいんだけど……あれ、放って置いていいのか?」

「構いません。シイナ様に不敬を働いたのは事実ですので」


 牢屋に放り込んでおくようにと、セレスティアは衛兵に指示するのだった。

 


  ◆



「ああ、また湧いたんだ。自称〈魔女王〉の後継者が」


 円環の間に入ると、既に先代が一番奥の席で寛いでいた。

 入り口であった騒ぎをセレスティアから聞き、呆れた様子を見せる。


「また?」

「十年前から、ちょくちょく定期的に湧くんだよね。カルディアに子供はいなかったけど姉の方には五人の子供がいて、その子孫が〈白き国〉の継承権は自分にあると主張してるんだよ」

「……〈白き国〉は滅亡したって話じゃなかったか?」

「カルディアの残した遺産目当てじゃないかな。会議への参加を主張したのも他の国の力を借りて、遺産を回収したいんじゃないかなと思うよ」


 ありきたりだが、なんとも業の深い話だった。

 更に話を聞くと、先代のところにも直談判にきた〈魔女王〉の自称後継者がいたそうだ。


「どうしたんだ? それ……」

「五月蠅いから首を刎ねた」


 答えを聞くまでもなく、なんとなく分かっていた。

 そういう輩が嫌いそうだしな。


「あんなのに継がせるくらいなら、キミのところのエミリアに任せるよ。その方がカルディアも喜ぶと思うしね」

「エミリア?」


 どうして、そこでエミリアの名前がでるのかと首を傾げる。

 彼女は〈青き国〉の出身で、セレスティアの後継者のはずだ。

 魔女王と関係があるとは思えないのだが――


「魔女王の姉の子供が、彼女のお祖母さんなんだよ」


 まさかの繋がりを聞かされる。

 ということは、魔女王はエミリアの曾お祖母さんの妹と言うことになるか。

 それでも遠縁に違いないが、精霊の一族は長命だと言う話だしな。

 あれ? でも、シキにやられた髭面のおっさんは普通の人間ぽかったけど。


「恐らくは人間との間に生まれた子孫なのでしょう。高い資質を持っていると祖先の特性が色濃くでることもありますが、基本的に〈精霊の一族〉は人間と交わると血が薄くなっていき、ほとんど普通の人間と変わらなくなっていきますから」


 なるほど、それで普通の人間のように見えたってことか。

 そう言えば、オルテシアも見た目は人間ぽいけど〈精霊の一族〉の血を受け継いでるんだったな。髪の毛や瞳など身体的な部分に、スキルの影響がでるのが〈精霊の一族〉の特徴だと聞いていた。


「アルカ様、セレスティア様。そろそろ、はじめてもよろしいでしょうか?」


 伺いを立てるようにエミリアの親父さんが尋ねてくれる。

 周りを見渡すと既に準備万端と言った様子で、各国の代表と思しき人たちが集まっていた。

 すっかりと話し込んでしまっていたようだ。

 しかし、なんか先代やセレスティアではなく、俺に全員の視線が集中しているような気がするのだが気の所為だろうか?


「ああ、勝手にはじめてくれていいよ。聞きたいことがあれば、後輩くんが説明してくれるからさ」


 おい、まさかそのつもりで俺を呼んだのか?

 そう言えば、セレスティアも説明を俺に任せると言っていたような。

 嵌められた。やはり上手い話には裏があると言うことか。

 豪華な食事に温泉。お祭りに無料で招待してくれるはずもないしな。


「では、妾から一つよいじゃろうか?」


 スッと手を挙げる少女がいた。

 頭に二本の角のような飾りを付けた金髪ツインテールの褐色美少女だ。

 踊り子のような衣装を着ているが、残念ながら胸のボリュームが足りない。

 見た目は小学生くらいにしか見えないが、彼女も国の代表なのだろうか?


「そなたの噂は聞いておるよ。妾は〈紫の国〉の女王サテラ・リ・エルメス・カ・リディアじゃ」


 席を立ち、堂々と胸を張りながら自己紹介をする褐色美少女。

 なんと女王様らしい。幼くして王位を継承したのだろうか?

 しかし、こんな子供に代表が務まるのかと思っていると、


「失礼を承知で頼みがある。妾たちに御主の力を見せてはくれぬじゃろうか?」


 力を見せて欲しいと頼まれた。

 ああ、でも分からないではない。俺自身、なにか実績がある訳でもないしな。

 ようするに、これは自分たちを納得させたければ力を示せ的なお約束の奴だ。

 しかし、


「それはシイナ様の実力を疑っていると言うことですか?」


 セレスティアが睨み付けるような視線で、褐色美少女に尋ねる。

 子供相手に大人気ないと思うが、褐色美少女の方も負けてはいないようだ。

 セレスティアに睨まれても少しも怯むことなく、真っ直ぐに俺の方を見ていた。


「構わない」

「……シイナ様?」

「その程度のことで納得してくれるなら簡単だろう? それで、どうすれば納得してくれるんだ? 霊薬くらいならこの場で作ることも出来るが、それとも魔導具の調整でもして見せればいいのか?」


 セレスティアは納得していないようだが、突然〈楽園の主〉の後継者だと紹介されても納得の行かない人もいるだろうしな。

 実力を見せておくのは、これからのことを考えると必要だと思う。


「……では、この魔導具を頼む」


 そう言って持っていた杖を魔法で器用に浮かせ、こっちに放り投げる褐色美少女。

 二匹の蛇が巻き付いた銀色の杖で、どことなく異様な雰囲気を感じる。

 早速〈解析〉を試みてみるが、回復系のスキルが付与された魔導具のようだ。

 しかも、かなり珍しいタイプの魔導具だ。〈アスクレピオスの杖〉のように死者を復活させる効果はないが、状態異常を回復させる効果を持った魔導具のようで〈万能薬〉に近い効果をだせるみたいだ。

 でもこれは長いこと放置されてきたのか、かなり状態が悪かった。

 恐らくは数百年単位で、まともに手入れがされていなかったのだろう。


「――〈構築開始クリエイション〉」


 なので〈再構築〉で調整を試みる。

 場合によっては〈分解〉して作り直す必要があるのだが、このくらいならまだどうにかなりそうだ。


「できたぞ」

「な……こんなに早くじゃと? まさか、そんな……」


 手に取って確認するように魔力を杖に込める褐色美少女。

 すると、褐色美少女の身体から黒いモヤのようなものが抜けていく。

 なにかの状態異常にでもかかっていたのだろうか?


「まさか、こんなことが……」

「陛下?」

「呪いが解けた。これならば……」


 従者と思しき褐色白髪の女性と話をする褐色美少女。

 状況がよく分からないまま様子を見守っていると――


「感謝するぞ――シイナ・・・!」


 感極まった美少女に唇を奪われるのだった。

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