第161話 女誑し
いま俺は政庁に来ていた。セレスティアとの約束を果たすためだ。
ちなみに今、そのセレスティアは席を外していて――
「シイナ様。今日から三日間、よろしくお願いします」
黒髪にスミレ色の瞳をした巫女さんが、政庁の中を案内してくれていた。
精霊殿の巫女たちを束ねている人で、セレスティアの次に偉い人だそうだ。
「こちらこそ、よろしく。そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな」
「私のようなものの名を覚えて頂けるとは、光栄です。申し遅れましたが、私は――――と申します」
まるで雲がかかったかのように名前の部分だけを認識することが出来ない。
これが俺の呪いだ。聞こえてはいるのだが、頭に名前だけがインプットされないんだよな。
「ちょっと、これを身に付けてみてくれないか?」
物は試しと天使の素材で作った腕輪を巫女さんに手渡す。
ちなみにこれは、たいした効果のある魔導具ではない。呪いの影響を弱めるために作ってみたアミュレットだ。状態異常に強い耐性を持ち、呪いと言った目に見えないものに対しても耐性を高めてくれるように調整してある。
「これでよろしいでしょうか?」
「それじゃあ、もう一度、名乗ってもらえるか?」
「はい。私は――――と申します」
あれー? やっぱり天使の素材で作った魔導具だけではダメのようだ。
セレスティアでも実験済みだし、間違いなく呪いの影響を弱める効果があるはずなのだが、となると俺の呪いの場合はセレスティアが前に言っていた親愛度も関係していると言うことか。
この親愛度と言うのが、どっちの主観によるものなのか分からないのが厄介だな。
しかし、そうなると困った。親愛度を上げるとか、どうすればいいのか分からない。そんな器用な真似が出来るのなら、寂しいボッチ生活を学生時代に送ることもなかっただろう。
「え、あ、あの……シイナ様」
こんなことなら、もう少し積極的にコミュニケーションを取る努力を若い頃からしておくべきだった。昔から口下手で緊張すると、ぶっきら棒で強い口調になることからクラスメイトからも避けられてたんだよな。
中学や高校の時も遠巻きに見ているだけで、話し掛けてくれるクラスメイトもいなかったし、靴箱に『校舎裏で待ってます』と呼び出しの手紙まで入っていたことが何度もあったくらいだ。
「シ、シイナ様、ダメです。このようなところで……それに私は神職で……」
そのあと、どうしたのかって? そんなの行く訳がないだろう。君子危うきに近寄らずという言葉があるように、カツアゲされると分かっていて自分から危険に飛び込んでいくのはバカのすることだ。
しかし、困ったな。呪いの影響を弱めるのに親愛度も関係しているのであれば、エミリアやセレスティアの時のように時間が掛かっても少しずつ距離を縮めていくしかなさそうだ。
「なにをしているのですか。二人とも……」
考えごとをしているとセレスティアに声をかけられて、ようやく気付く。
いつの間にか巫女さんの手を握っていたようだ。
昔から考えごとに集中すると周りが見えなくなる癖があるんだよな。
悪い癖だと思ってはいるのだが、こればかりは直せそうにないので諦めていた。
「やはりシイナ様は女性の扱いに慣れているようですね」
何度も言うが、それは酷い誤解だ。
◆
「シイナ様、飲み物は
「ああ、ありがとう。
理由はよく分からないが、巫女さんの名前を呼べるようになっていた。
彼女の名前はシキと言うそうだ。ちなみに〈青き国〉では普通に緑茶が飲まれている。これも先代が広めたもののようだ。
なんでも楽園を建国する前は〈青き国〉を拠点に活動していたらしい。
精霊殿で三百年くらいセレスティアと暮らしていたことがあるそうだ。
この国で見られる日本文化のようなものは、その時に先代がいろいろとやった名残らしい。
「シイナ様、少しは自重なさってください。アルカも女癖が悪く、よく問題を起こしていましたが……」
先代と一緒にされるは甚だ遺憾だ。
ユミルたちのお陰で女性に対する免疫は大分ついたが、そもそも俺に女性を口説けるようなコミュ力やスキルがあるはずもない。というか、先代はなにをやってるんだ……。
まあ、身体は女になったと言っても、中身まで変わった訳ではないしな。
青き国で日本文化や巫女服を広めたのも、完全に先代の趣味だろう。
「そんなつもりはないんだけどな……」
「尚更、たちが悪いです。アルカとは、また違ったタイプですね。油断をしていました……」
先代と似ていると言われるよりはマシだが、なにやら腑に落ちない。
「そう言えば、エミリアは参加しないのか?」
てっきりエミリアが呼びに来たことから彼女も一緒に来るものと思っていたのだ。
しかし、シキの話を聞く限りでは〈精霊殿〉に残っているらしい。
「普段はシキに留守を任せているのですが、儀式が近いことからエミリアにお願いしました。楽園で大きく成長した今の彼女なら、世界樹と向き合えるはずですから。それに……」
嫌な予感が頭から離れないと、セレスティアは話す。
彼女の〈星詠み〉は俺が思っているよりも万能な力ではないらしい。あくまでイメージとして未来の光景を捉えているらしく、仮に荒廃した世界が視えたとしても原因までは分からないと言ったように、知りたいことがピンポイントで知れるような能力ではないそうだ。
嫌な予感と言うのは、恐らく〈大災厄〉に関することだろう。
四ヶ月後に世界の危機が迫っていることは分かっているが、その原因まで分かっていないからだ。
ただ一つ言えることは〈星詠み〉が外れたことは一度もないと言うことだ。
即ち、確実に世界の危機は訪れる。その対策のための会議が、これから開かれようとしていた。
まあ、俺もここに連れて来られるまで、そんな会議が開かれることを知らなかったんだけどな……。先代たちの計画には俺も協力する約束をしているので、たぶんそのことで呼ばれたのだと察せられる。
そっちの準備は既にほとんど終えているので、説明を求められても問題はない。
ただ――
「かなり専門的な話になるけど良いのか?」
「……程々にお願いします。錬金術について詳しいのは、アルカくらいなので」
専門的な知識がないと説明したところで理解できるとは思えないんだよな。
別にバカにしているとかではなく、前から言っているように錬金術には知識と魔力操作の技術の両方が必要となるからだ。前提となる知識がなければ、そもそも仕組みを理解すること自体が難しい。
そして錬金術とは、先代がこの世界に持ち込んだ技術だと分かっている。
その上、後世の育成をサボっていたこともあって、思っていた以上に錬金術の知識が広まっていないんだよな。先代の弟子は何人かいるそうなのだが、錬金術師を名乗れるほどの水準に達していないと聞いていた。
となると、普通に説明をしても理解してもらえるとは思えない。
ここは分かり易く
「……シイナ様、本当に程々でお願いしますね?」
エミリアといい、セレスティアといい、心配性過ぎる。俺だって常識くらいは持ち合わせている。ただ、実験は必要だと思っていたので丁度良い機会だと考えただけだ。
世界樹のお陰で、この国はダンジョン並に魔力濃度の高い環境が構築されている。ここからは俺の仮説なのだが、魔力濃度の高い環境で育った人間が適応した姿が、亜人や〈精霊の一族〉なのではないかと考えていた。
魔力が生物に与える影響は植物に限らず、人間も例外ではないと考えるからだ。
だからこそ、ここの環境は実験に丁度いい条件が揃っていた。
「セレスティア様、シイナ様。そろそろ時間です」
時間が迫っていることをシキに教えられ 俺とセレスティアは席を立つ。
そして、各国の代表が集まる〈
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