第160話 魔導具の価値

 イスリアが装備の新調を提案したのは理由があってのことだ。

 彼女もまた〈星詠み〉の内容を〈巫女姫〉から聞かされている一人だった。

 そして、卒業試験の一週間後に世界の命運を決める作戦が決行されることも聞かされていた。

 しかし、それだけならイグニスたちには関係のないことだ。作戦の要となるのはアルカ、セレスティア、椎名の三人とホムンクルスたちで、そもそも普通の人間では足手纏いにしかならないからだ。

 それはオリハルコン級の冒険者と言えど、例外ではない。人間を超越した存在でなければ、神人の戦いにはついていけなかった。

 ましてやイスリアとソルムを除けば、他の生徒たちは全員が楽園の住民だ。楽園にいれば、少なくとも戦いに巻き込まれることはない。最初はイスリアもそう考えていたのだが――


「シイナ様に装備の製作をお願いした?」

「はい」


 相談があると言って話を聞いて見れば、事後承諾とも取れる話の内容を聞き、どういうつもりなのかとセレスティアはイスリアを睨み付ける。

 勿論、イスリアもそれがどう言うことを意味するのか、すべて分かってのことだ。


「イスリア。あなた、もしかして……」

「ごめん、姉さん。これだけは譲れない。私はみんなに死んで欲しくないから」


 イスリアの話を聞き、やはり知っているのだとエミリアは察する。

 凡そ四ヶ月後に予定されている作戦で、楽園は世界樹を守るために〈青き国〉に派兵を決めていた。当然、アインセルト家やサリオン家は出兵するが、それだけではない。椎名の生徒たちはエミリアと共に〈精霊殿〉の部隊に参加することが既に決まっていた。

 正式な通達は世界会議の後と言うことになるが、これは〈楽園の主〉と〈巫女姫〉の二人が決めたことだ。イスリアがなにを言ったところで覆る決定ではない。

 だから少しでも生存の確率を高めるため、椎名に魔導具を用意してもらうことを考えたのだ。


「それで、私に相談と言うのは?」

「みんなには既に承諾を得ています。私たちが冒険者を引退するまで魔導具を貸与・・するという条件で、先生の作った魔導具を〈精霊殿〉の管理下において頂けませんか?」

「なるほど、そういうことですか」


 次代の〈楽園の主〉が作った装備だ。その価値は聖金貨二百枚で収まるものではない。歴史が証明しているように、戦争をしてでも手に入れたいと考えるほど価値のあるものだ。だから魔導具を自分たちの物にするのではなく〈精霊殿〉の管理下に置くことをを考えたのだろう。

 そうすれば、イスリアたちの魔導具に手をだすと言うことは〈精霊殿〉を――〈巫女姫〉を敵に回すと言うことになる。それにこれは〈精霊殿〉にとってもメリットのある話だった。

 なにせ〈楽園の主〉の後継者が作った魔導具を、ただ待つだけで手に入れることが出来るからだ。

 だからイスリアは、セレスティアに取り引きを持ち掛けたのだ。


「あなたたちを作戦に参加させることについては、事前に説明がなかったことを申し訳なく思っています。ですから、そのくらいであれば頼みを聞いてあげたいと思いますが……」


 椎名の生徒たちの実力に目を付けたアルカが勝手に参加を決めてしまい、それに気付いたセレスティアが介入して〈精霊殿〉の部隊に配属されるように根回しを行ったのだ。

 しかし、それでも何の説明もなく決めてしまったことを、セレスティアは申し訳なく思っていた。

 

「それで本当にいいのですか?」

「……どういうことでしょうか?」

「聖金貨二百枚もあれば一生とは言いませんが、それなりに裕福な暮らしが送れるはずです。シイナ様に相談すれば、作戦への参加を辞退することも不可能ではないでしょう」


 椎名の協力なければ、この計画は成立しない。

 だからアルカも椎名の機嫌を損ねるような真似はしたくないはずだ。

 椎名がイスリアたちを参加させないと言えば、アルカもなにも言わないだろう。

 セレスティアもそうなったら、それはそれで構わないと考えていた。

 確かにイスリアたちは強いが、彼女たちの代わり程度なら幾らでもいる。

 魔法学院の生徒が六人抜けたくらいで、作戦に大きな影響はないと考えていた。


「それは無理だと思います。イグニスとミラベル、それにレイチェルは立場上、参加を辞退することはないでしょうし、私とソルムも同様の理由から難しい。みんなが参加するのならアニタも辞退しないと思います」


 結局、椎名に相談しても困らせるだけだと言うのがイスリアのだした答えだった。

 だから相談もなく決められたことを怒っている訳ではないのだ。

 いずれにせよ、避けられないことだったと考えているからだ。

 ただ、それでもみんなに死んで欲しくない。それがイスリアの我が儘・・・だった。


「いいでしょう。あなたの提案を受け入れます」

「ありがとうございます」

「たぶん、これもシイナ様の目論見通りなのでしょうから」

「え……」

「商会に命じて魔法薬の報酬をあなたたちに受け取らせたのは、最初から選択・・を委ねるつもりだったのでしょう。その証拠に、魔導具の製作をあっさりと引き受けてもらえたのではありませんか?」

「それは……」


 聖金貨二百枚は大金だが、魔導具であれば不思議な額ではない。過去には楽園の貴族街に豪邸が建つような値がついた魔導具もオークションに出品されており、椎名の魔導具の価値は当然そんな程度では済まなかった。

 その何十倍、いや何百倍の大金を積み上げても手に入らないようなものだ。

 なのに少しの躊躇いもなく、椎名は魔導具の製作を引き受けた。

 幾ら生徒の頼みだとはいえ、いま思えば確かに変だとイスリアは気付く。


「それじゃあ、先生は最初からそのつもりで……」

「良い師を持ちましたね」


 セレスティアの言葉に無言で頷くイスリアの瞳には、薄らと涙がにじんでいた。



  ◆



 エミリアの妹から魔導具の製作依頼を受けた。

 と言っても、三ヶ月後の進級試験に合格すれば、アインセルトくんの妹を除いて全員が卒業試験を受けることになる。いまの彼等の実力なら、どちらの試験も落とすようなことはないだろう。

 だから卒業祝いに魔導具を贈るつもりでいたのだ。


「お金を受け取るつもりはなかったんだけどな。でもまあ、気持ちも分からないではないし、これは預かっておくか」


 自分たちで稼いだ金で装備を揃えたいという生徒たちの気持ちは理解できる。

 アルバイトで稼いだ金の使い道をあれこれと悩むのも、学生の間にしか体験できないことだしな。


「折角だから例の素材・・・・を使うか」


 例の素材と言うのは、天使系のモンスター素材だ。呪いの影響を弱める効果が確認されているので、魔導具を身に付ければアインセルトくんたちも呪いの影響を受けにくくなるはずだ。

 エミリアやセレスティアの件で考えさせられたが、やはり名前ではなく適当な渾名で呼ぶのは失礼な気がする。親しい相手だと尚更だ。親しき仲にも礼儀ありとも言うし、俺も少しは反省しているのだ。

 帰ったらギャル姉妹にも、天使の素材で作った魔導具を見繕ってやった方が良さそうだな。

 しかし、本当に厄介な呪いだと思う。呪いというか、嫌がらせの類に近いと思っていた。呪いのことといい、ダンジョンのことといい、神が本当に実在するのなら相当に性格が捻くれているに違いない。


「あ、そう言えば、これのこと忘れてたな」


 どんなものを作ろうかとアイデアを練りながら〈黄金の蔵〉のなかを漁っていると、文庫本サイズの小さな本が目に入る。無形の書の研究の過程で製作した〈技能の書スキルブック〉だ。

 この魔導書には高密度に圧縮された魔法式が刻まれていて、本を開くことで付与されたスキルを発動することが出来る。それだけなら他の魔導具と何が違うのかと思うだろうが、これのメリットは一回しか発動できない代わりに誰でも使うことが出来て、誰が使っても同じ効果を得られると言う点にあった。

 とはいえ、無形の書と違って何度も使い回せないし、付与するスキルによって製作の手間が大きく変わるので、まだまだ改良の余地はあると思っているのだが――

 

「シーナいる?」

「エミリアか。どうしたんだ?」

「セレスティア様が呼んできて欲しいって……もう、またこんなに散らかして……」


 エミリアに叱られ、床に並べた素材や魔導具を〈黄金の蔵〉に急いで仕舞う。

 そう言えば、セレスティアと約束があることをすっかりと忘れていた。


「本? シーナ、まだ何か落として――」


 エミリアがなにか言っているが説教が長くなりそうなので、さっさと退散する。

 魔力探知で反応を探りながら、セレスティアのもとへと急ぐのだった。

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