第158話 商売繁盛(中編)

「魔導具の無償修理だと……」


 冒険者の報告に驚いた様子を見せながらも、アインセルト家の当主は苦笑する。

 どこにいても話題の尽きない人物だと思ったからだ。

 ただ――


「意味もなくそのようなことをする御仁ではない。恐らくは……」


 椎名の魔導具はどれもが強力すぎる。そんなものが冒険者の手に渡れば、魔女王によって滅ぼされた〈黒き国〉のように魔導具を巡る争いが再び起きる可能性は否定できない。

 しかし〈大災厄〉が迫っている今、人類で争っている場合ではない。だから市井に流通している既存の魔導具に手を加えることで、冒険者たちの犠牲を減らす策を講じたのだろうとアインセルト家の当主は自分の考えを話す。


「俺たちのために、そこまで……」


 当主の話に驚き、感動に震える〈白き誓い〉のリーダー。

 スキルを得るためにダンジョンに潜ることはあっても、モンスターと戦って素材を得ることを生業としている特権階級は少ない。冒険者で生計を立てる者の多くは学がなく、身分の低い者がほとんどだ。

 そのため、冒険者を見下し、替えの効く駒だと考えている権力者は少なくなかった。

 アインセルト家の当主は違うが、実際そうした人間を彼等も数多く見てきた。

 それだけに椎名が冒険者のことを、そこまで深く考えてくれているとは思ってもいなかったのだろう。


「だからこそ、我々は絶対にあの御方の信頼を裏切ってはならない。分かるな?」


 当主の言葉に冒険者は無言で頷く。

 ただの護衛任務だと思っていたが、マルタ商会にアインセルト家が肩入れする理由を察したからだ。

 マルタ商会の会頭のためではない。

 すべては椎名の怒りを買わないためだったのだと――

 実際、アインセルト家だけでなくサリオン家や冒険者ギルドまでもが、椎名の関係者にちょっかいをかける者が現れないように目を光らせていた。

 椎名の怒りを買って信頼を失い、人間に失望されないためにだ。

 闇ギルドの一件を考えると、十分に起こり得る可能性だと危機感を持ったのだろう。


「では、俺たちは仕事に戻ります。あのメイドがいれば、屋台の警備は不要だと思いますが……」

「はは、テレジア殿にこっぴどくやられたようだな」

「あれは反則ですよ……」


 一瞬でパーティー全員が無力化された時のことを思い出しながらリーダーは答える。マルタ商会の会頭の後を追い掛けて強引に店の中に押し入ろうとしたのだが、メイド一人にパーティー全員が為す術もなく無力化されたのだ。

 目に見えない攻撃で反応すら出来ず、地面に抑え込まれた時のことを思い出すと身震いがする。

 実のところ彼等以外にも並んでいる列に横入りをしようとした冒険者や、金や権力に物を言わせて優先的に魔導具の修理をやらせようとした商人や貴族など、全員が同じような目にあっていた。

 だが、そのお陰で荒くれ者の多い冒険者たちも大人しく従うようになったのだ。

 テレジアがいる限り、あの店に手をだすような愚か者が現れるとは思えなかった。

 それでも――


「愚かな人間はどこにでもいるものだ。決して油断をしないように、よろしく頼む。不届き者がいたら相手が誰であろうと排除して構わん。女王陛下や〈巫女姫〉様の了承を得ている」


 神人の了承を得ていると聞き、息を呑む〈白き誓い〉のリーダー。

 相手が誰であってもと強調するところにアインセルト家当主の本気を感じ取り、リーダーは真剣な表情で頷くのであった。



  ◆



「今日も繁盛しているみたいだな」

「昨日からずっと並んでいる人もいるみたいよ」


 エミリアの話を聞き、嘘だろと耳を疑う。

 というのも、昨日は余りに盛況だったこともあり、僅か三時間ほどの営業で店の商品がすべて売り切れてしまったのだ。そのため、商品を買えなかった人たちのために今日も営業することになった訳だが、まさかあれからずっと並んでいた人たちがいたとは……。

 親父さんの店が繁盛していることは知っていたが、これほどの人気店だったとはな。魔導具の点検をサービスでつけているとはいえ、夜通しで並ぶほどのことではないと思うし、やはり取り扱っている商品やサービスのクオリティが他の店よりも高いのだろう。

 実際良い雰囲気の店だと思うしな。従業員の教育も行き届いていて、接客態度も悪くない。それで価格に見合った商品価値があるのであれば、これだけ流行るのも頷けるというものだ。

 しかし、それだけに親父さんとケモ耳少女の負担は大きいようだ。

 ケモ耳少女も疲れた表情で眠そうにしていたし、親父さんなんて突然目の前で倒れるくらいだしな。

 倒れるまで仕事をするなんて、疲れが相当に溜まっていたのだろう。

 実のところ、その一件もあって、もう一日屋台を手伝うことにしたと言う訳だ。

 しかし、


「従業員を増やしたって話だし、お前たちまで付き合わなくていいんだぞ?」

「いえ、僕たちにも手伝わせてください!」


 生徒たちまで巻き込むつもりはなかったのだが、昨日にも増してやる気に満ちていた。

 ケモ耳少女だが、やはり一日休んだくらいでは疲れが取れないようで、今日も眠そうな顔をしていたしな。アインセルトくんたちも心配なのだろう。

 これが友情か。

 学生時代、ほとんど友達と呼べる相手がいなかった俺には眩しく見える。


「おはようございます。昨日は大変失礼を致しました」


 生徒たちと話をしていると、ケモ耳少女の親父さんが店にやってきた。

 こちらも娘と同様、疲れた顔をしている。


「昨日の件ですが、アインセルト家の当主様からすべて聞きました。錬金術師様のお考えを察することが出来ず、あのような醜態を晒してしまうとは……情けない限りです」


 アインセルトくんの親父さんから話を聞いた?

 ああ、もしかするとアインセルトくんの親父さんも、ケモ耳少女の親父さんが働きすぎで倒れるくらい疲れが溜まっていることに気が付いていたのかもしれないな。

 アインセルトくんが昨日にも増してやる気に満ちているのは、そういうことか。

 親父さんに商会を手伝うように言われたのだろう。

 だとすると、


「昨日よりも随分と人手が増えたようだが、これってもしかして……」

「あ、はい。アインセルト家の当主様が、楽園から連れてきた人員を手伝いに回してくださいまして……」


 やはり、アインセルトくんの親父さんが手配してくれたのか。

 開店の準備をしている店員の中に、どこか見覚えのある顔がいると思ってたんだよな。

 アインセルトくんの屋敷で働いている使用人が何人かまざっていた。

 しかも店の外で列の整理をしてくれているのは、アインセルト家の雇った冒険者らしい。

 さすがは大貴族。やることのスケールが大きい。

 なら、俺も自分に出来ることで協力しようと、気合いを入れ直すのだった。



  ◆



「エミリア、これで何個だっけ?」

「丁度、二百ね。……シーナ、疲れてないの?」

「いや、全然。エミリアの方こそ、疲れたら休憩してていいぞ」


 一個あたりの魔導具を見るのに掛かる時間は十秒ほどと言ったところだしな。

 たいした作業ではないので魔力消費も微々たるものだ。むしろ、魔力の消耗よりも回復量の方が勝っているくらいだった。

 エミリアが仕分けをしてくれているので〈解析〉に掛かる時間を短縮できていることが理由として大きい。

 やはり、こういう単純作業は分担してやった方が早いな。


「薬の販売には個数制限を設けているらしいけど、この調子だと店の商品がなくなるのも時間の問題ね」


 まだ二時間くらいしか経っていないが、昨日よりもペースが速い。やはり人手を増やしたことが回転率を早めているのだろう。

 でも、まだ外には大勢お客さんが並んでいるみたいなんだよな。明日以降も屋台を手伝えれば良いのだが、明日からはセレスティアの方に付き合う約束をしているので今日一日しか屋台を手伝える時間がない。なので、いま並んでいる人たちくらいは、どうにかして対応できないかと考えるが――


「あ、そうか。店の商品が足りていないなら、俺が在庫を補充すればいいんじゃないか? 親父さんの店って買い取りもやってたよな?」

「……ちょっと待って。まさか、霊薬を売るつもりじゃないでしょうね?」


 さすがに俺もそのくらいの常識はあるつもりだぞ……。

 霊薬が高価な薬だというのは理解しているつもりだ。

 誰でも買えるような値段の商品でなければ、商品を補充しても意味がないしな。

 そこで丁度良いものがあった。


「生徒たちが授業で作った魔法薬が大量に余ってるんだよ。品質は俺が保証するし、店で売っても問題ないんじゃないかなって」

「ああ、そういうことね。それならまあ……」


 余らせておくのも勿体ないしな。

 店に買い取ってもらって、その代金を生徒たちの報酬に上乗せしてもらえばいいだろう。

 俺自身、生徒たちの作った魔法薬で利益を得るつもりはないしな。

 それに、お金が欲しくてやっている訳では無いとはいえ、労働に対価は必要だ。

 行動の理由は友達のためでも、そのくらいの見返りはあってもいいだろう。

 我ながら名案だと考え、ケモ耳少女の親父さんに声をかけるのだった。

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