第157話 商売繁盛(前編)
「ここなら人目に触れないから大丈夫」
ケモ耳少女に屋台の奥に設けられたスペースに案内してもらう。
ここなら確かに外から中の様子は見えそうにない。
商談用のスペースと言うことなので、敢えてそう言う構造にしているのだろう。
しかし、これはもう屋台と言うよりは支店だ。他の屋台と比べても明らかに広いスペースを取っていて、場所も屋台通りの中央付近と立地条件がいい。よくこんなところに店をだせたなと尋ねると、
「先生のお陰」
俺のお陰だと言われて、よく分からずに首を傾げているとエミリアがケモ耳少女の話を補足するように説明してくれた。
なんでもアインセルト家だけでなくサリオン家とも繋がりを得たことで、いまでは国から軍需物資の調達を任せられるほどに商会が成長し、御用商人的な扱いになっているそうだ。
それってアインセルトくんやオルテシアの家のお陰であって、俺は関係ない気がするのだが……。
まあ、なんにせよ商売が上手くいっているのであれば良いことだ。
「でも、その所為でメチャクチャ忙しい……」
ああ、なんか眠そうに客の呼び込みしてるなと思ったら、そういうことか。
寝る暇も無いほど商売が繁盛しているというのは嬉しい悲鳴なのだろうが、そんなのが毎日続いていたら身体が保たないよな。
一応、他にも店員はいるが、見ている限り人手が足りていないようだ。
手伝ってやりたいところだが、それが出来るなら苦労はない。目立たないように行動しているのに商売の手伝いなんてしたら、俺はともかくエミリアが大変なことになるからな。
「ご主人様、皆様をお連れしました」
どうしたものかと考えていると、テレジアとオルテシアが戻ってきた。
アインセルトくんたちを呼びに行ってもらっていたのだ。
「みんな――!」
まるで九死に一生を得たかのような表情で、アインセルトくんたちに駆け寄るケモ耳少女。
こいつ、まさか――
「一生のお願い。仕事を手伝って」
その手があったかと、商人のたくましさを実感するのだった。
◆
「遅くなってしまった。アニタは上手くやっているだろうか……」
冒険者と思しき護衛を伴い、屋台通りにある自分の店に徒歩で向かう恰幅の良い商人と思しき男の姿があった。
アニタの父親、マルタ商会の会頭だ。
商人ギルドの会合があったため、店のことは娘に任せてきたのだが、やはり心配だったのだろう。早足で脇目も振らず、中央広場にある自分の店へと急ぐ。そんな会頭の後を、苦笑を漏らしながら追いかける冒険者たち。
彼等は〈白き誓い〉と言う名で知られている四人組パーティーで、アインセルト家の当主がマルタ商会の会頭を守るために用意した実力・実績共に申し分のない一流の冒険者たちだ。
「凄い人の数だな。これじゃあ、前に進めないぞ」
無精髭を生やした〈白き誓い〉のリーダーが言うように、中央広場は驚くほどに賑わっていた。
余りに人が多すぎることから先へ進めずに困っていると――
「おう、〈白き誓い〉じゃないか。お前たちも屋台目当てか?」
「いや、俺たちは護衛のクエスト中だ」
他の冒険者から声をかけられ、仕事中であることをリーダーは告げる。
そのついでに何があったのかと尋ねるリーダー。
十年に一度のお祭りにしても、この人の数はおかしいと感じたからだ。
「ああ、そいつはこの先で店をだしている商会が原因だな。
「……噂?」
「なんでも質の良い魔法薬を売っているそうなんだが、それだけじゃなく店で買い物をすると魔導具の修理や調整をしてくれるらしい」
冒険者にとって武器や防具は商売道具だ。だからこそ、冒険者たちは装備の手入れを怠ったりはしない。しかし魔導具の修理や調整には高度な知識と技術が必要なため、一般的な装備と比べてもコストが高い。
そのため、魔導具の調子が悪くても騙し騙しで使っていたり、壊れたまま放置している冒険者も少なくないのだ。
白き誓いのように有名な冒険者パーティーならダンジョン攻略の生命線と言っていい魔導具の点検を怠ったりはしないが、すべての冒険者が経済的な余裕がある訳では無いからだ。
店で買い物をする必要があるとはいえ、そんな魔導具の点検を無料でやってくれると聞けば、これだけ人が集まるのも頷ける。
「それ、点検して後から高額な修理費を請求されるってオチじゃないのか?」
そのため、〈白き誓い〉のリーダーが疑うのも無理はなかった
サービスで点検してくれると言うだけでもありえないのに、魔導具の調整や修理を無償で行ってくれるなど到底信じられるような話ではないからだ。
「嘘じゃねえって、実際うちのパーティーの奴が壊れた魔導具を直してもらったそうだしな。しかも、壊れる前よりも効果が上がっていたらしい」
冒険者の話を聞き、信じられないと言った表情を見せるリーダー。
魔導具の修復は不可能ではないが、ほとんどの場合は元通りにはならない。効果が劣化することを覚悟して高額な修理費を払うか、買い換えるかのどちらかしかなかった。
買い換えるにしても魔導具は高額なため、なかなか同じものを探して買い求めるのは難しいというのが冒険者の常識だった。
「魔導具……無償で修理? いや、まさか……」
そんな冒険者たちの話を聞き、なにかに気付いた様子を見せるマルタ商会の会頭。
そして、顔を青くすると人混みを掻き分けるように慌てて走り出す。
「お、おい! ああ、もう――お前等、追いかけるぞ!」
そんな会頭の後を急いで追いかける〈白き誓い〉の冒険者たち。
護衛対象にもしものことがあれば、これまで地道に積み重ねてきたパーティーの実績に傷が付く。それだけならまだ取り返しはつくが、アインセルト家の当主から直々に依頼されたクエストを失敗する訳にはいかなかった。
貴族の不興を買えば、楽園で冒険者を続けることが難しくなるかもしれないからだ。
少なくとも今回のように割の良い仕事が回ってくることはなくなるだろう。
彼等が必死になるのは当然であった。
「会頭さん、勘弁してくれ。一体なにが……」
どうにか人混みを掻き分け、会頭に追いつく〈白き誓い〉のメンバー。
しかし、リーダーの言葉が聞こえていないようで、マルタ商会の会頭は店の中へと慌てて駆け込んでいく。
「ここって、マルタ商会か?」
状況がよく分からないが、それでも護衛対象を放っては置けないと、会頭を追いかける冒険者たち。
しかし、そんな彼等の前に銀髪のメイドが立ち塞がる。
「お客様。申し訳ありませんが列にお並びください」
「……は?」
メイドはそう言って、冒険者たちが通ってきた人混みを指さすのだった。
◆
「アニタ! これは一体なんの騒ぎだ! イグニス様!? それにレイチェル様まで、どうして接客を!?」
店の奥でエミリアと一緒に魔導具を弄っていると、ケモ耳少女の親父さんの声が店の方から聞こえてきた。
なにやら慌てている様子だが、なにかあったのだろうか?
「こっちが修理が必要な魔導具で、そっちのが調整だけで良いものね」
「了解。その調子で仕分けてくれ」
テンポ良くエミリアが仕分けした魔導具を調整していく。
どうしてこんなことをしているかと言うと、生徒たちだけを働かせる訳にもいかず、だからと言って人前に顔を晒す訳にも行かないので裏方の仕事を引き受けたのだ。
しかし俺に出来ることと言えば、魔法薬や魔導具の製作くらいだ。だから『銀貨五枚以上の買い物をしたお客さんに限って、魔導具の調整と修理を請け負います』というサービスをしてみないかと、ケモ耳少女に提案してみたのだ。
ケモ耳少女の親父さんには世話になっているしな。これで少しくらいは店の売り上げに貢献できるのではないかと考えての提案だったのだが、想像以上に反響が大きかったようだ。
楽をするためにアインセルトくんたちに助けを求めたというのに、助けを求める前よりも店が忙しくなるとか……ケモ耳少女には正直悪いことをしたかもしれない。でもまあ、店が繁盛するのは悪いことでもないしな。
「れ、錬金術師様! それにエミリア様まで!?」
ケモ耳少女の親父さんが駆け込んできたかと思うと、泡を吹いて倒れてしまった。
急に人の顔を見て、倒れられるとびっくりするんだが……。
働きすぎだろうかと心配していると――
「ああ、うん……やっぱりこうなるわよね」
なにか悟った様子で、エミリアは溜め息を漏らすのだった。
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