第156話 メイド服の性能
誤解が解けた理由が分かった。
「なんと……
「
「やはり、難しいですか……」
エミリアの親父さんも
それもメイド服を冒険者に普及させられないかと考えるほどのメイド好きだ。
しかし、それは難しいんじゃないかなと思う。長老家の筆頭なら権力を行使すれば出来なくはないような気もするが、セレスティアに親父さんが粛清されるようなことになるとエミリアが悲しむからな……。
それに――
「この国には、巫女がいるだろう?」
「やはり、お気付きでしたか。〈精霊殿〉の巫女たちが身に付けている服は〈巫女姫〉様が〈楽園の主〉より譲り受けたものです」
この国には巫女さんがいる。
俺としては共存可能だと思っているが、メイド文化の普及に大きな障壁となることは間違いない。エミリアやセレスティアの人気振りから分かるように、この国では巫女がアイドルのような存在となっているからだ。
巫女好きの多いこの国で、メイド好きの同志を増やすのは難しいだろう。
しかし、
「これを置いて行くから、まずは奧さんと話し合ってみるといい」
「――!?」
それでも俺は親父さんの味方だ。
この国でメイドの普及は難しいかもしれないが、咎められるようなことではない。
あの奧さんなら、きっと理解を示してくれるはずだ。
夫婦仲が上手くいくことを祈って、俺はメイド服を親父さんにプレゼントするのだった。
◆
「あなた、これは……」
「シイナ殿から譲り受けた。お前に使って欲しい」
椎名たちを見送った後、食事会の後片付けをしていたネリーシャに声をかけ、メイド服を手渡すディルムンド。
一目でテレジアやオルテシアが着ていたものと同じ
楽園の主の後継者が製作した魔導具。その価値が分からないネリーシャではなかった。
「凄いわね、これ……。一体幾つのスキルが付与されているのかしら?」
「説明書だと言われて渡されたものだが、これを見て目を疑ったよ。正直、気軽に欲しいなどと言うのではなかった。精霊殿の巫女たちが身に付けているものよりも高度な魔法式が幾重にも施されている。まさに
ディルムンドの話を聞き、目を瞠るネリーシャ。
凄い魔導具だというのは一目で分かったが、想像を遥かに超えていたからだ。
魔導具を巡って〈黒の国〉と〈赤の国〉が戦争を起こし、共に滅びた逸話は今も各国の間で語り継がれている。その話に出て来る魔導具と同等か、それ以上の価値がある魔導具を譲られたと聞かされれば、驚くのも当然だった。
「無理よ。そんなの怖くて着られないわ」
渡されたメイド服を夫に返そうとするネリーシャ。
戦争の火種となりかねないほどの代物を、個人に委ねられても困るというのが彼女の本音だった。
当然そうしたネリーシャの心配はディルムンドも理解していた。
しかし、
「恐らく敢えてメイド服にしているのは、そこを危惧してのことだろう。誰もこのような服が神話級の魔導具だとは想像もしないだろうからな」
ネリーシャの反応は当然のものだが、ディルムンドの考えは少し違っていた。これだけの性能を持つ魔導具を敢えてメイド服に仕立てたのは、一目で魔導具と悟らせないためだと考えたからだ。
精霊との親和性が高く魔力感知に長けた〈精霊の一族〉のなかでも特に優れた力を持ったディルムンドとネリーシャだから気付くことが出来ただけで、このメイド服が魔導具だと気付ける者はほとんどいないだろう。
ましてや魔導具だと気付いたところで、どれほどの性能を持つかなど見抜ける者はいない。
実際二人にも、この魔導具の真価を見抜くことは出来なかったのだ。
「……それでも不安は尽きないわ」
「気持ちは分かるが、これだけの魔導具を使いこなせる実力者となると、この国にもそうはいない。ましてや信用の置ける者となれば、尚更だ」
ネリーシャにしか頼めないことをディルムンドは強調する。
実際、ネリーシャの実力はディルムンドに並ぶほどだ。それにオリハルコン級の冒険者は〈青き国〉に四人しかいない。そのうちの一人であるアドリスは冒険者資格を剥奪され、現在は楽園のギルドから〈青き国〉に身柄を引き渡されて長老会の沙汰を待っている状況だ。
しかも、最後の一人は冒険者としての活動を長らく休止している。
状況的に頼めるのは、ネリーシャしかいなかった。
「それにシイナ殿がこの魔導具を我々に託した理由を考えれば、このまま使わずに眠らせておくことなど出来るはずもない」
「それって、もしかして……」
「ああ、恐らくは〈星詠み〉と関係があるはずだ」
ディルムンドとネリーシャもセレスティアから〈星詠み〉の話を聞かされていた。
オリハルコン級の冒険者でもある二人は、この国を守るために必要な最高戦力でもあるからだ。
万が一の際には、国と民のことをセレスティアから二人は託されていた。
「楽園への避難を望まない者たちも少なくはないだろう。そうした者たちを見捨てて、我々だけが安全な場所に避難することなど出来ない。例え、世界を滅ぼすような災厄が迫ろうとも、この国の人々を守るのは我々の使命だ。巫女姫様たちだけに頼って良いことではない」
可能な限り避難を促すつもりだが、それを望まない者たちも多くいるだろう。
だからと言って、そうした者たちを見捨てることはディルムンドには出来なかった。
どのみち世界樹を守るための戦士は必要なのだ。力及ばずとも、自分たちの国くらいは自分たちの手で守りたい。それが、ディルムンドの覚悟と決意だった。
「これはシイナ殿が与えてくれた大切なものを守るための力だと、私は考えている」
娘たちから話を聞いていた通り、楽園の主の後継者は慈悲深い人物だった。
楽園を建国した頃のアルカも、どちらかと言えば民に寄り添う心優しき女王であったが、魔導具を巡る人間たちの争いに呆れ、引き籠もるように表舞台から姿を消した。
ここ〈青き国〉でも過去に同じようなことがあったのだ。
セレスティアが治政に口を挟まなくなったのは、自分たちが手を貸すことが必ずしも人々のためにならないと考えてのことだ。だと言うのに、再び人間たちは過ちを犯した。
増長した長老会の愚かな行いが、セレスティアの怒りを買ったのだ。
はっきりと言える。悪いのは、信頼を裏切った人間たちの方だと――
だからこそ、椎名の信頼を裏切るような真似は出来ないとディルムンドは考える。
「分かったわ。どこまでやれるか分からないけど」
そんなディルムンドの考えを察し、ネリーシャは頷く。
巫女姫が予言した未来をどうにかしたいと考えているのは、彼女も同じだからだ。
大切なものを守るための力が目の前にあるのなら、
「エミリアとイスリアのためにも……必ず、この国を守りましょう」
ディルムンドの言うように使わない選択肢はなかった。
◆
エミリアの家でご馳走になった後、エミリアや生徒たちと一緒に屋台巡りをしていた。アインセルトくんから妹のことを相談されていたので、丁度良い気晴らしになるのではないかと考えたからだ。
「やはり、昼間よりも夜の方が雰囲気があるな」
夜の屋台通りは、昼間と違った幻想的な景色が広がっていた。
明るく照らされた屋台を眺めていると、子供の頃に親と行った神社の夜店を思い出す。前にも言ったと思うが、俺の両親は共働きで海外を飛び回っていたから、ほとんど家にいることがなかった。
どちらかと言えば、家庭よりも仕事が優先と言ったタイプの人たちだったのは間違いない。それでも幼い頃は誕生日を祝ってもらったり、遊園地やお祭りに家族で出掛けたりと、それなりに楽しかった思い出も残ってはいるのだ。
「すっかり機嫌が直ったみたいだな」
だから、なんとなくだがアインセルトくんの妹の気持ちが理解できる。
でもまあ、良い気晴らしになったようで、エミリアの妹やお嬢様と屋台巡りをしている姿を見る限りでは大丈夫そうだ。むしろ女性陣に連れ回されているアインセルトくんと茶髪エルフの方が大変そうだった。
「ねえ、シーナ。これ、本当に大丈夫なの?」
「実際、昼間は大丈夫だっただろう? 目立つような行動を取らなければ大丈夫だ」
一方でエミリアはと言うと外套のフードを目深く被り、俺の背中に隠れていた。
この間のように正体がバレて、大勢の人に取り囲まれないかと警戒しているのだ。
しかし、そこは俺の魔導具を信用してもらうしかない。
「まあ、屋台は楽しめないけどな」
「ううん……残念だけど、それは仕方ないわね」
認識阻害のスキルも万能ではない。見えていない訳ではなく視界に入っても意識を向けることが出来なくなっているだけなので、こちらから声をかけると気付かれてしまう可能性が高いからな。
そのため、祭の雰囲気は楽しめるが、屋台で物を買うと言った行為は難しかった。
「主様。それでしたら、私たちが何か買ってきましょうか?」
「いや、止めておいた方がいいな。お前たちもエミリアと一緒にいるところを見られているだろう?」
オルテシアとテレジアも目立つ容姿をしていることから、見つかると騒ぎになる可能性が高い。だから、こうしてアインセルトくんたちとも距離を取って歩いているのだ。
残念だが、いまは祭の雰囲気を楽しむだけに留めて置いた方がいいだろう。
知り合いの店でもあれば話は別なのだが、と考えていると――
「楽園産の魔導具や薬は如何ですかー? マルタ商会の出張販売所はこちらでーす」
眠そうな表情で客の呼び込みをするケモ耳少女の姿が目に入るのだった。
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