第155話 エミリアの家族
アインセルトくんの妹の件は保留にさせてもらった。
エミリアの両親との約束が先だしな。事前に聞いた話によると、エミリアの父親が長老会の筆頭に指名されたそうだ。そのため、組織の建て直しに奔走する毎日を送っているとエミリアから聞いていた。
忙しい人のようなので、こっちの都合で迷惑を掛ける訳にも行かない。
「シーナ。こっちよ」
政庁の入り口で受付を済ませ、エミリアの案内で建物の奥へと進む。
政治の中枢を司る場所と聞いていたが、かなり変わった構造をしていた。
樹木の枝を跨ぐように足場が作られ、下から上へと階段が螺旋状に続いている。この大樹自体が巨大なツリーハウスのような構造になっているのだろう。
現代では考えられないような巨大な樹だが、これも恐らく魔力の影響だ。世界樹の魔力が森に影響を与え、自然界では考えられない巨大な樹木を形成しているのだ。
所謂、ダンジョンのような環境が構築されているのだと推察する。
「エミリア様!?」
「父さ……
「はい、伺っております。ということは、そちらの御方が……」
俺の方を見て、どこか驚いた様子を見せる衛兵。
そう言えば、さっきから妙な視線を感じるんだよな。
好奇の視線というか、エミリアに向けられているものだと思っていたのだが――
「どうぞ、お通りください」
衛兵に扉を開けてもらい、更に階段を上へと進む。どうやら、この先にエミリアの両親がいるようだ。
エミリアから両親の話は少し聞いているが、面識は一切ないんだよな。
どんな人たちなのか関心がある一方で、一抹の不安も抱えていた。
というのも、うちの屋敷で一緒に暮らしていることを里帰りした時に両親に話したそうなのだ。それ自体は別に構わないのだが、今回の招待はその話を聞いた両親からの提案らしく、妙な誤解をされていないかと心配していた。
「着いたわ。この先よ」
謁見の間のようなところをイメージしていたのだが、案内された部屋は会議室のような場所だった。
円卓を彷彿とさせる丸いテーブルが部屋の中心にポツンとあり、その奥の席に緑色の髪をした男性の姿があった。
身に纏う魔力や雰囲気から只者でないことは伝わってくる。しかし、ギルド長のように大きな身体をしている訳ではなく、身長も俺とそれほど変わりが無い。どちらかと言えば、優しそうな顔つきの男性だ。
「〈楽園の主〉の後継者、
そう言って一礼するエミリアを見て、確信する。
やはり、この目の前にいる人物が――
「ようこそ〈青き国〉へ、錬金術師殿。招待を受けて頂き、感謝します。私は風の民の長、ディルムンドです」
エミリアの親父さんだった。
◆
想像と違って、優しそうな人だった。
アインセルトくんの親父さんとか、ギルド長とか、これまで会った偉い人たちって厳格そうな人が多かったしな。
長老家筆頭と聞いていたから、もっと怖い人かもしれないと心配していたのだ。
むしろ、
「
「いや、いつもみたいに『お父さん』と呼んでくれていいんだぞ? 母さんやイスリアだけじゃなく、お前までそんな他人行儀な態度を取らなくても……」
「公私を分けているだけです。長老様こそお客様の前なのですから、節度を保ってください」
親バカというか、面白い人だった。
あれだな。仕事は出来るけど、娘の前では性格が変わる人と言った感じだ。
いや、待てよ。だとすると、余計にまずいんじゃないか?
それだけ溺愛している娘が、男と一緒に暮らしているなんて話を聞いて冷静でいられるとは思えない。やっぱりこれ、お祭りの招待に見せかけた呼び出しなんじゃないかと不安になってきた。
「シイナ、ごめんなさい。こんな父親で……」
「いや、別に構わない。家族想いの良いお父さんじゃないか」
「おお、シイナ殿は分かってくれるか。そうなのだよ。私はこれだけ娘たちを愛しているというのに、なかなか理解してもらえなくて……」
父親が娘に鬱陶しがられるというのは良く聞く話だ。
でもまあ、エミリアもそれほど嫌がっている風には見えない。
ただ、呆れていると言った様子は見て取れた。
単純に構い過ぎなのだろう。
「いろいろと他にも話したいことはあるが、まずは感謝させて欲しい。エミリアの調合した薬で、私や妻だけでなく多くの冒険者たちが救われた。その薬の材料やレシピを提供してくれたのは、シイナ殿だと聞いている。本当にありがとう。風の民を代表して――いや、この国の冒険者を代表して礼を言わせて欲しい」
そう言って、深々と頭を下げるエミリアの親父さん。
なんのことかと思えば、エミリアに渡した霊薬の材料とレシピのことか。
「気にしなくていい。
普段からそれ以上にエミリアには世話になっているので、今更感謝されるようなことでもない。
そもそも薬を調合したのはエミリアだしな。
素材を提供したくらいで、恩に着せるつもりはなかった。
「対価、それは……そうか。一緒に暮らしているのだったな……」
遂にきたかと身構える。誤解があるようなら、しっかりと解いて置かないといけない。ここまでの話の流れから、親父さんがなにを心配しているのかは察しがついていた。
恐らくは俺が霊薬の件を恩に着せて、エミリアをメイドとして働かせているのではないかと心配しているのだろう。だから感謝していると言いながらも、探りを入れてきたと言う訳だ。
勿論そんなことはないのだが、オルテシアの件もあるしな。
誤解を招くような行動を取った俺にも責任はある。どうやって誤解を解こうかと考えていると――
「他の者ならともかく、シイナ殿なら安心してエミリアのことを任せられる。どうか、娘のことをよろしくお願いします」
肩透かしを食い、そんなのでいいのかと逆に心配になるのだった。
◆
「ネリーシャです。娘たちがお世話になっております」
あの後、エミリアの家に招かれた俺は、テレジアやオルテシアと一緒に食事をご馳走になることになった。
目の前の若々しい女性はエミリアのお袋さんらしい。
精霊の一族が長生きなのは知っているが、それにしても若い。
エミリアと並んでも親子と言うより姉妹で通用しそうな見た目だ。
しかし親父さんには、あれから本当に何も追及されなかったな。
油断させるための罠を疑ったのだが、誤解が解けたと言うことなのだろうか?
「話には聞いていましたが、まったく気にされないのですね」
考えごとをしているとエミリアのお袋さんからそんなことを言われ、なんのことか分からずに首を傾げていると――
「髪のことよ。母さんの髪の色、銀色でしょう?」
髪の色のことだとエミリアが教えてくれた。
そう言えば、エミリアのお袋さんもオルテシアと同じ銀髪だな。
しかし、灰の神の所為で銀髪が疎まれているみたいな話は聞いているが、そもそも楽園のメイドに囲まれて生活してきた俺にとって、銀髪は違和感を覚えるようなものではない。
日本人が黒髪を珍しいと思わないのと同じくらい自然なもので、エミリアに指摘されるまで気付かなかったくらいだった。
「言ったでしょ? シーナはそういうの気にしないって。ごめんね。この国では銀色の髪は特に疎まれているから……」
長老会が霊薬を接収しようと動いたのも母親のことが理由にあると、エミリアはどこか辛そうな表情で話す。
あれって、エミリアの成果を掠め取ろうとしただけじゃないと言うことか。
銀髪が差別されていることは聞いていたが、かなり根が深そうな話だ。
「ただいま――みんなを連れてきたよ」
重い空気が漂う中、丁度良いタイミングでエミリアの妹が帰ってきた。
アインセルトくんたちも一緒らしい。
それに――
「先生!」
俺の姿を見つけて、アインセルトくんの妹が駆け寄ってくる。
アインセルトくんから妹の話は聞いていたが、まさか本人がやってくるとは思ってもいなかった。
しかし、良いタックルだ。やはり、この子を見ているとレミルを思い出す。
「フフッ、よくお越し下さいました。イスリアに友達が出来たと聞いて、一度みなさんに会ってみたいと思っていたんですよ。それに賑やかな方が、先生も余計な気を遣わなくて済むだろうってイスリアが――」
「母さん! それは内緒って言ったよね!?」
なるほど。
ここにアインセルトくんたちがいるのは。エミリアの妹の提案と言う訳か。
姉のことといい、相変わらず気の回る子だと感心する。
「えっと……先生?」
思わず手が伸びていて、エミリアの妹の頭を撫でていた。
すると、自分もと張り合うように頭を差し出してくるアインセルトくんの妹。
嫌がってはいないようなので、どこか懐かしさを覚えながら、そのまま二人の頭を撫で続けるのだった。
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