第153話 天使の魔導具
「こちらの部屋をお使いください」
案内されたのは、三十畳くらいありそうな和室だった。
まさか、畳まであるとは……先代も結構やりたい放題じゃないか?
この様子だと、露天風呂もありそうだなと思っていると――
「長旅でお疲れでしょうし、よろしければお風呂に浸かって、ゆっくりとなさってください」
「それって、まさか露天風呂とか?」
「はい。よく、ご存じですね。巫女姫様にお聞きになったのですか?」
部屋まで案内してくれた巫女さんが風呂を勧めてくれた。
やっぱり、露天風呂があるのか。この部屋も作りが温泉旅館ぽいしな。
折角なので、お言葉に甘えさせてもらうか。
風呂は俺の数少ない楽しみの一つなので、実は結構楽しみだったりする。
「それじゃあ、お言葉に甘えて風呂に入らせてもらうかな。二人はどうする?」
「ご一緒させてもらいます」
「当然、私も」
「では、案内させて頂きますね」
テレジアとオルテシアを誘って、巫女さんの案内で温泉に向かうのだった。
◆
森の中にある露天風呂と言った感じで景色も良いし、オススメするだけのことはある。その上、お湯に魔力が含まれているようで、軽い治癒効果も付与されているようだった。
しかし、迂闊だった。最初に確認しておくべきだったと、いま少し後悔している。
建物の作りは高級旅館のようだが実際には旅館じゃないんだから当然だよなと、いまなら思う。巫女さんに案内してもらった温泉なのだが、男湯と女湯に分かれていなかったのだ。
「テレジアとオルテシアは仕方がないとして……なんで、シスターもいるんだ?」
「折角なので、ご一緒しようかと思いまして。こういうのを
また先代の入れ知恵か。ユミルが風呂に押し掛けてきた時のことを思い出す。
とはいえ、昔ならいざ知らず、いまはこのくらいで動じたりはしない。レミルなんてしょっちゅう風呂に突撃してくるし、油断をしてるとユミル以外のメイドたちも「お背中を流しにきました」とか言って風呂に押し掛けてくるからな。
さすがに慣れてしまった。
「もう随分と親しくなったと思うのですが、いまだに名前を呼んで頂けませんし、折角の機会なので親交を深めておこうかと思いまして」
ああ、うん。それに関しては申し訳ないと思っている。
以前よりも距離が縮まっている感じはするし、俺自身もシスターのことは家族のようなものだと思ってはいるのだが、どう言う訳か呪いの効果の対象外になっているような感じはしないんだよな。
考えてみると、ギャル姉妹ともそれなりに付き合いが長いし、親しい関係を構築できていると思うが、いまだに名前を覚えられていない。その点から言うと、生徒たちも当て嵌まる。
テレジアは例外として、いまのところエミリアとオルテシア以外は人間で名前を覚えている相手っていないんだよな。
やっぱり親愛度だけが、呪いの効果の対象外となる条件ではない気がする。
そのことを三人に相談してみる。しかし、
「確かに、そう言われてみると不思議ですね」
「私やエミリア先生にだけ、共通した何かがあるのでしょうか?」
分からないようで、シスターとオルテシアも首を傾げる。
たぶんエミリアとオルテシアにだけ、なにかしらの共通点があると思うんだよな。
それが分かれば、解決策も見つかりそうなのだが――
「ご主人様。もしかすると――」
三人で悩んでいると、テレジアがなにかに気付いた様子を見せるのだった。
◆
「セレスティア」
「はい」
「セレスティア」
「はい」
「……もういいか?」
実験はこのくらいで良いだろう。
名前を呼ばれたことが余程嬉しかったのか、さっきからずっとこの調子だった。
しかし、これでテレジアの考えが正しいことが証明された。
エミリアとオルテシアに共通する点。それは
浴衣を着たセレスティアの胸元で輝く銀色のペンダント。どうやら呪いの対象から外れる条件は魔導具を身に付けていることらしい。ただ、なんでも良い訳じゃなくエミリアに渡した〈黄金の祝福〉やオルテシアに使った〈
ちなみにセレスティアに渡したペンダント型の魔導具は、俺が身に付けているタリスマンと同じもので、どんな攻撃からも一度だけ装備者を守ってくれる身代わりのアイテムだ。
「ふと思ったのですが、天使の素材を使った魔導具で呪いそのものを無効化したりは出来ないのですか?」
「無理だな。あくまで呪いの影響を受けにくくするだけで、呪いそのものを無効化するほどの効果はないみたいだ」
ガックリと肩を落とすセレスティア。何を期待したのかは分かるが、あくまで呪いの影響を受けにくくなると言うだけで、自分にかかった呪いを解除したり無効化するほどの効果はないみたいなんだよな。
しかし、
「気休め程度かもしれないが、そのペンダントを付けていれば呪いの影響を弱めるくらい効果はあるはずだ」
「……それって具体的には?」
「常に後光が差していて思わず平伏したくなる状態から、カリスマが全身から溢れていて尊敬の眼差しを向けられるくらいの差かな?」
「目立つことに変わりは無いのですね。とはいえ、かなりマシのように思えます」
誰彼構わず平伏されるよりはマシと思うが、実際どのくらい効果があるかは分からない。そもそもセレスティアの場合、既に〈巫女姫〉としての名前が売れすぎていて呪いの効果とか余り関係ないように思えるからだ。そこはもう、有名税と思って諦めるしかないだろう。
問題はどうして天使の素材で作った魔導具だけに、こんな効果があるのかだ。
考えられるのは、呪いの原因となっている力が天使と関連があるという可能性だ。
以前セレスティアは、この呪いを
これはあくまで仮説だが、ホムンクルスのように天使が神の創造した人造生命体だと仮定すれば、天使の素材には神の力が宿っていて呪いに対する耐性を持っている可能性がある。
この仮説を立証するには、もう少しサンプルが欲しいところだ。
生きた天使を捕まえることが出来れば、なにか分かりそうなんだけどな。
「感謝します。また一つ、借りが増えてしまいましたね」
「気にしないでくれ。俺もなんだかんだと助けられてるしな」
こういうのは持ちつ持たれつだと思うしな。
推薦状や〈無形の書〉の件では、セレスティアに随分と助けられている。
どちらかと言えば、俺の方が世話になっているように思う。
「主様、私にも魔導具をいただけないでしょうか? できれば、普段から身に付けられるものを……」
「ん? 〈
実際、オルテシアのことは名前で呼べているしな。
ということは、しっかりと魔導具の効果が発動していると言うことだ。
「そうですよね……」
セレスティアの胸元を見て、残念そうに肩を落とすオルテシア。
そう言えば、テレジアにも〈黄金の蔵〉の機能を模倣して作った試作品の魔導具を渡しているのに、オルテシアにはまだ何も渡してなかったな。
一応、メイド服も様々な機能が付与された魔導具の一種なのだが、これからのことも考えるとオルテシアにも何か魔導具を見繕ってやるべきかもしれない。
「ちょっと考えてみるから、少し時間をくれるか?」
「本当ですか!? はい、幾らでも待ちます!」
そんなに魔導具が欲しかったのだろうか?
期待に目を輝かせるオルテシアを見て、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。
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