第152話 青き国

 あれから三ヶ月。精霊祭に招待された俺は、エミリア姉妹やシスターの案内で〈青き国〉へやって来ていた。

 勿論、テレジアとオルテシアの二人も一緒だ。

 それに――


「もう、フードを取っても大丈夫だぞ」

「あ、はい」


 副会長も連れてきていた。

 折角なので〈青き国〉に移住した家族に会わせてあげようと思ったからだ。

 ちなみに副会長が身に付けているのは、俺やシスターと同じ認識阻害の外套だ。

 楽園からの追放処分を受けているので、念のため楽園にいる間は身に付けてもらっていると言う訳だ。

 昨晩は俺の屋敷に泊まってもらったしな。

 全員一緒に〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を使って〈青き国〉へ向かった方が効率が良いためだ。


 しかし、この三ヶ月で顔付きも引き締まって、随分と逞しくなったと思う。

 実際、最初の頃と比べると比べ物にならないほど、身に纏う魔力が洗練されていることが分かる。さすがにオルテシアやテレジアに届くほどではないが、それでも俺の生徒たちに引けを取らないくらいの実力は身についていた。

 これなら予定を早めて、実験に協力してもらっても大丈夫そうだ。シスターの話によると、残された時間は余りないようだしな。

 実はあれからシスターに大事な話があると言われ、一年後に予定されている作戦が半年早まることを報されたのだ。例の〈星詠み〉で不吉な未来が見えたらしい。それも世界の滅亡に関わる未来が――

 魔女王の結界だが十年は保つと聞いていたので驚かされたが、なにしろダンジョンに関することはほとんど分かっていないのが現状だしな。〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉については尚更だ。

 予期せぬ事態が起きたとしても、別に不思議な話ではない。

 ただ、予定よりも随分と早まってしまったので、俺の方もこの三ヶ月は寝る間も惜しんで準備に時間を割いていた。そのお陰もあって〈無形の書〉の解析については、ほぼ終わっている。まだ試しておきたいことはあるが――


「折角の招待だしな。楽しまないと損か」


 折角の招待だ。

 難しい顔をしていては楽しめないし、招待してくれた相手にも失礼だろう。

 一旦忘れて、お祭りを楽しむことにする。

 根を詰めたから良い仕事が出来るとは限らないからだ。

 どんなことにもオンオフの切り替えが大事だと俺は思っている。


「賑わってるな」


 話に聞いていたように、自然豊かな景色が目の前に広がっていた。

 現代の地球では考えられないような大きさの木々があちらこちらに見受けられ、その樹の上に家のようなものも確認できる。例えるなら森に囲まれた大樹の国と言うのが、イメージしやすいだろう。

 それにしても賑やかだ。活気に溢れていると言って良いだろう。

 あちらこちらに屋台が建ち並び、縁日を彷彿とさせる賑わいを見せていた。

 まさに、お祭りムード一色と言った様子だ。


「驚いた? 普段は静かな街なんだけどね」


 エミリアの話では、今日から十日間、夜通しでお祭りが続くそうだ。

 十年に一度のお祭りとは聞いていたが、想像以上に大きな催しらしい。

 それにしても――


「大きいな」


 街の奥にそびえ立つ大樹が目を引く。この世界の世界樹・・・だ。

 世界樹はその名の通り、世界に一本しか存在しない神樹だ。

 世界樹が精霊を生み、精霊が魔力を生む。

 この世界に魔力が満ちているのは、世界樹が存在するからだ。

 しかし、大きい。俺の知っている世界樹よりも更に大きかった。

 てっきり楽園の世界樹は成長しきった姿だと思っていたのだが、あそこから更に大きくなるのか。


「驚かれているようですね。無理もありません。この星が誕生した時から、ずっと世界を見守り続けている神樹ですから」


 この星が誕生した時から存在するって、それ何十億年前の話だ?

 シスターが前に言っていたように、ここが並行世界の地球なら同じ歴史を辿っているとは限らないが、それでも想像も及ばないほどの歳月が経過していることは察せられる。確かにそれなら、この大きさにも納得が行く。

 ちなみに楽園の世界樹が八百メートルほどの高さで、こっちの世界樹はその倍くらいはありそうだ。

 もう、ここまでくると山だな。


「先生。先を急いだ方がいいかも……」


 立ち話をしていると、エミリアの妹の緑エルフが先を急ぐように催促してきた。

 呪いのこともあるし、シスターのことを心配しているのだろうか?

 認識阻害の外套を装備しているし、俺もいつもの装備をしているので目立たなければ大丈夫だと思うのだが――


「エミリア様よ。エミリア様がお帰りになられたわ」

「エミリア様、巫女姫様はご一緒なのですか?」


 街の人たちに囲まれているエミリアを見て、なるほどと納得するのだった。



   ◆



「エミリア用に認識阻害のローブを用意した方が良さそうだな」


 結局、行く先々でエミリアが声をかけられて、かなりの時間が掛かった。

 今更だが、この国ではエミリアも有名人なんだよな。

 巫女姫の後継者として、顔と名前が売れているからだ。


「ごめんなさい……。いつもは、ここまでじゃないのだけど……」

「あなたの所為ではありません。恐らく長老会の一件もあって皆、儀式が無事に行われるのかを気にしているのでしょう」


 エミリアを励ますように長老会のことをだし、自分の所為だと話すシスター。

 エミリアが気に病まないように、彼女なりに配慮しているのだろう。

 しかし、儀式ってなんのことだ?


「先生、ご存じないのですか? 最終日に世界樹の広場で儀式が行われるんです。セレスティア様と一緒に姉さんが世界樹に奉納する舞いを披露するんですよ」


 首を傾げていると、エミリアの妹が教えてくれた。

 所謂、神楽と言う奴か。その踊りをエミリアがシスターと披露すると?

 それなら注目を集めるのも頷ける。


「それじゃあ、シーナ。明日はお屋敷の方に迎えにいくから」

「ああ、ここまで案内ありがとうな。また、明日」


 屋台の建ち並ぶ通りを抜けたところで、エミリア姉妹と別れる。

 これから副会長を家族のところに案内するそうだ。

 ちなみに俺とテレジア。それにオルテシアの三人は、シスターの家でお世話になることが決まっていた。

 シスターの家は世界樹の近くにあるらしく、街の中心部から離れているらしい。

 木漏れ日が差し込む森の中を、世界樹に向かって真っ直ぐに歩いていると――

 

「着きました。ここがの屋敷です」


 巨大な鳥居が見えてきた。

 確かにシスターの二つ名は〈巫女姫〉だが、家が神社だったとは予想外だ。


「これって神社だよな? もしかして……」

「ああ、やはり分かりましたか。アルカの設計です」


 予想通り先代が絡んでいたようだ。

 それにしても〈巫女姫〉だから神社って安直すぎないか?

 メイド好きの俺が言えたことではないが、思いっきり趣味に走っただけのような気がする。でも世界樹を御神木のようなものと考えれば、それを奉っている神社ということでおかしくもないのか?

 楽園にも世界樹のための神社を建てた方が良いのだろうか?

 帰ったらイズンに聞いてみるか。


「巫女姫様、お帰りなさいませ」

『――お帰りなさいませ』 


 鳥居を潜り抜けると、巫女服を着た女性たちが出迎えてくれた。

 三十人くらいはいるだろうか?

 参道の左右にズラリと巫女さんが並んでいる光景は圧巻だ。しかも、正月の神社にいるようなアルバイトの巫女さんじゃない。身体から滲み出る洗練された魔力が、全員只者でないことを物語っていた。

 オルテシアの表情も少し硬い気がする。たぶん巫女さんたちの実力を感じ取っているのだろう。一人一人がオルテシアに匹敵するほどの実力者みたいだしな。これが本職の巫女さんか。


「そちらの御方は……」


 俺の方を見て、どこか戸惑った様子を見せる巫女さん。

 腰元まで届く長い黒髪に、深いスミレ色の瞳が目を引く綺麗な女性だ。

 たぶん、このなかで一番偉い巫女さんなのだろう。

 よく見ると袴の色が違うようで、この人だけ白と紫の巫女服を着ているしな。

 意匠も若干、他の巫女さんの巫女服よりも凝っている気がする。


「この方はシイナ様と言って、アルカの後継者です」

「〈楽園の主〉の後継者。では、噂の錬金術師と言うのは……」


 なにやら注目されている気がする。ここでも、やはり先代は有名人らしい。

 なにせ、あれでも一応は女王だしな。


「ですが、よろしいのですか? ここは……」

「構いません。シイナ様は神人わたしたちと同格の存在です。そのつもりで対応なさい」

「畏まりました。皆、お客様にご挨拶を――」

『精霊殿へようこそ、シイナ様。よろしくお願いします』


 そう言って一斉に頭を下げる巫女さんたちに圧倒されるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る