第147話 時間と空間

 今日はダンジョン最深部にある先代の研究施設へやって来ていた。普段は屋敷の工房で魔導具の研究を行っているのだが、やはり設備が整ったこちらの方が作業が捗るからだ。

 とはいえ、明後日は講義が入っているので、ここに滞在できるのは二日が限度と言ったところだ。帰りは〈帰還の水晶リターンクリスタル〉があるので一瞬なのだが、行きはそうも行かない。どれだけ急いでも深層まで半日はかかるしな。

 せめてダンジョン内の任意の場所に転移できるような魔導具が作れれば良いのだが、いまのところ上手く行っていないんだよな。

 深層から下層、下層から中層と言ったように下から上へ転移することは可能なのだが、逆はどう言う訳か、階層を隔てるゲートに邪魔されて転移が上手く行かないのだ。

 楽をさせまいとするダンジョンの意志のようなものを感じなくもない。ユニークスキルを付与した魔導具が作れない件も含めて、目に見えない法則のようなものがダンジョンにはあるのだろう。

 だから、それを解明する意味でも〈無形の書〉には注目していた。なにせ未来で俺がノルンから受け取った〈無形の書〉には、時空間移動のスキルが付与されていたことが分かっているからだ。


 同じような魔導具なら俺の〈時戻し〉も時間を操作する系統のスキルに分類されるが、あれは壊れたものを元通りに修復する程度の効果しかなく、戻せる時間も三十分くらいが限度と言ったように様々な制約がある。しかし、この魔導書はそう言った制約を課すことなく、どんなスキルでも保存することが可能なようなのだ。

 しかも〈アスクレピオスの杖〉のように使い捨てと言う訳ではなく、スキルの使用に必要な魔力さえ用意できれば、保存されたスキルを何度でも使用可能という特徴があった。

 その上、調べた限りでは、付与できるスキルも一つじゃないみたいなんだよな。

 魔導書には既に二十近いスキルが保存されていて、どうやらスキルの内容に応じて消費されるページ数が変わるようだ。全部で二百ページほどの魔導書だが、既に半分のページが埋まっていた。

 任意で保存したスキルの消去も可能のようで、そう言う意味でもこの魔導書の性能はデタラメだ。少なくとも、いまの俺の腕では再現が不可能なほど高度な魔導具であることが分かる。

 例えるなら〈黄金の蔵〉に匹敵するほどの魔導具だ。

 しかし、だからこそ研究のしがいがあった。


 余談ではあるが、当然この魔導書のおかしなところには先代も気付いていて〈魔女王〉に入手経路を問い詰めたことがあったらしい。しかし、国に古くから伝わるもので詳しくは知らなかったという話だった。

 そんな国の宝をシスターに譲って良かったのかと思うが、この魔導書にも大きなデメリットがあったそうだ。それが魔導書に保存されたスキルを使用するには、通常の数倍の魔力が必要になるそうで〈魔女王〉は勿論のこと人間に扱えるような代物ではなかったらしい。

 そのため、国の宝物庫に眠っていて長く使用されることがなかったことから、シスターの手に渡ったと言うことだった。先代曰く自分が譲ってくれと言った時には断られたそうで、嫌がらせだと言っていた。

 恐らく先代に渡すと危険だと判断したのだろう。それでシスターに預けたのだと、俺は判断した。

 さすがは先代やシスターと肩を並べた人物だけのことはある。ナイス判断だ。

 

「ご主人様。クリストフ様が目を覚まされました。こちらへご案内してもよろしいでしょうか?」

「お、気が付いたのか。なら、連れてきてくれるか?」


 そんな風に〈無形の書〉を眺めながら考えごとをしていると、テレジアから声をかけられた。

 エミリアとシスターは用事があって今回はきていないのだが、代わりにテレジアとオルテシアの二人が同行してくれていた。そして、もう一人――研究を手伝ってもらうために同行してもらった人物がいた。

 本来は片道三日かかる深層までの道程を半日で走破したため、目的地に到着した時には口も聞けないほど疲れきっていて、いままで医務室で休ませていたのだ。一気にダンジョンを駆け抜けるためにテレジアに運んでもらったのだが、あれが良くなかったのかもしれない。

 なにせ背負うのではなく、魔力で作った手で持って運んでいたからな……。


「クリストフ様をお連れしました」

「し、失礼します!」


 その乱暴な運ばれ方をした人物というのが、副会長だった。

 と言っても、彼もオルテシアと一緒で学院を卒業したので、既に学生と言う訳ではないのだが――

 ここに彼がいるのは、親父さんの件があったからだ。

 元から彼のスキルには目を付けていて協力をお願いしようと思っていたのだが、そんな時に例の襲撃事件が起き、ロガナー家の当主と闇ギルドの関係が明るみになったのだ。

 そして当主は処刑を免れず、家族も楽園からの追放処分となったそうだ。


「あの……ありがとうございました。俺……生意気なことばかり言って迷惑をかけたのに助けてもらって……」


 そこは俺のお陰と言う訳でもないんだけどな。オルテシアたち生徒会の元メンバーが学院で署名を集め、副会長に罪が及ばないように嘆願書を学院長を通して先代に送ったからだ。

 最悪、父親と一緒に処刑されていた可能性もあると言うのだから、危ないところだったと本当に思う。親の罪を子供にまで負わせるのはどうかと思うが、なにせ貴族社会だしな。特権を与えられている分、不正を働いた時の罰則も厳しくなっているのだろう。

 思うところがまったくない訳ではないが、それがこの国のルールなら俺が口を挟むようなことではない。どんな事情があるにせよ、副会長の親父さんが闇ギルドと繋がっていたのは事実だしな。

 だが、親父さんが処刑に至った経緯を考えると、彼には恨まれても仕方がないと思っていた。

 俺が彼の父親を処刑台に送ったようなものだからだ。

 恨み辛みを言うくらいの権利はある。

 だから覚悟していたのだが、思っていたよりも落ち着いていた。

 むしろ、どことなく憑き物が落ちたかのような表情をしている。

 

「礼ならオルテシアたちに言ってやれ。それより困っていることはないか?」

「あ、はい。大丈夫です。エミリア先生に働き口を紹介してもらって、母と弟たちも〈青き国〉に移住することになったので」


 エミリアとシスターが一緒にきていないのは、これが理由だ。

 路頭に迷うところだった副会長の家族に、エミリアが仕事を紹介したのだ。それで今はシスターと二人で、副会長の家族を〈青き国〉まで案内しているところだった。

 もっとも〈大災厄〉のことを考えると、それでも安心できないのだが――

 楽園からの追放というのは、そう言う意味でも厳しい処分なのだろう。


「それで……俺のスキルが本当に研究の役に立つんでしょうか?」


 そして彼はと言うと、俺の研究を手伝ってもらうことになった。

 一応、楽園からの追放処分を受けた身なので、ここで生活してもらうことになるが、オルテシアとテレジアの二人には交代でここの管理をお願いすることになっているしな。

 学院の仕事があるため俺は週末にしかこっちに来られないが、衣食住に関しては問題ないだろう。


「自分のスキルをどの程度把握してるんだ?」

「え……」


 やっぱり自覚していなかったのか。

 俺が彼を協力者に選んだのは、ちゃんと理由があってのことだ。

 以前、副会長のスキルを解析した時から、実は気になっていたことがあった。

 行ったことのある場所に限定されるとはいえ、魔力の消費を気にすることなく転移できるスキルは便利だと思う。しかし、ユニークスキルとして見た場合、彼の能力は他のスキルと比べて見劣りする。

 使用条件が限定されるのに〈帰還の水晶リターンクリスタル〉と違ってダンジョンの出入り口に転移することすら出来ないからだ。

 ただ、それは恐らく――魔力量が足りていないからだ。

 必要な魔力量を満たしていないから、スキルの能力が大幅に制限されてしまっているのだと俺は考えていた。

 彼自身、勘違いしているスキルの能力。それは――


「時空間転移。それがキミのスキルの正体だ」


 空間だけでなく時間を超越するスキル。

 それが、彼のユニークスキル〈青き旅人〉の本来の力だった。

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