第146話 女王の判決

 貴族派の反発が予想されていたのだが、貴族会議で下された処分について実際に意義を唱えてきたのは一部の貴族だけで、ほとんどの貴族は降格や私財の没収と言った処分を受け入れた。

 それと言うのも椎名が闘技場で見せた力が、彼等の想像を遥かに超えていたことが理由として大きい。椎名の力を目の当たりにしたことで、闇ギルドを壊滅させたその力が自分たちに向くことを恐れたのだ。


「で? 処分に反発した貴族たちは?」

「既に捕らえてあります。事の重大さを理解できぬ者に、楽園の貴族は務まりません」


 そのことについて謁見の間で、アインセルト家の当主から報告を受けるアルカの姿があった。

 膝をつき、頭を伏せながら女王の反応を窺うアインセルト家の当主。

 貴族を代表する者として、やるべきことはやった。しかし、これが正解であったのかは蓋を開けてみなければ分からない。

 相手は王であり、神でもある存在だ。

 貴族会議で決まったことでも、女王の気分次第で幾らでも覆る可能性があった。

 神の御心を人が察するのは難しい。そのことを建国の時代から女王の剣となり盾となり、楽園を支えてきたアインセルト家は、他のどんな貴族よりも深く理解していた。

 女王派を率いているのは、それが理由だ。


「まあ、いいんじゃない? 後輩くんにも言われたけど、こんな時だけ政治に口を挟むのもどうかと思うしね。処分が妥当ならケチをつけるつもりはないよ」


 アルカの言葉に、ほっと安堵の息を吐くアインセルト家の当主。

 最悪、粛清の嵐が吹き荒れることを恐れていたからだ。

 実際、貴族派に属していた貴族たちは全員、楽園から追放する案も浮上していた。

 しかし、自分の意思で派閥を選べる貴族など稀だ。ほとんどは生まれながらにして立場が決まっており、なかには寄親・寄子の関係からロガナー家に従うしかなかった貴族もいる。

 派閥のトップが起こした問題の責任をそうした者たちにまで負わせ、全員を楽園から追放してしまえば禍根を残す上、国家の運営にも少なくない影響を及ぼすことになる。だから処分を軽くすることで、恩情を示す必要があった。

 今回、処分を免れた貴族たちにとっても、明日は我が身と言えるからだ。


「そもそも当事者が気にも留めてないからね」


 椎名のことを言っているのだと、アインセルト家当主は察する。

 実際、散歩に行くようなノリで闇ギルドを壊滅させた椎名からすれば、鬱陶しい虫を潰した程度の認識でしかないのだと感じていた。

 闘技場で見せた圧倒的な力。あれを見た者であれば、逆らう気など起きない。

 紛れもなく〈至高の錬金術師〉や〈巫女姫〉と同類の存在だと、アインセルト家の当主は確信していた。


「となると、あとはロガナー家の処分だけだね。私のところに来たのは、それが理由かな?」

「はい。貴族会議での処分は既に決まっておりますが、三大貴族の一角を処分するとなると陛下の沙汰がなければ難しいので……」


 ロガナー家の処分。それは同格の貴族と言えど、アインセルト家やサリオン家だけでは難しいことだった。

 楽園に三家しか存在しない特級の貴族には、幾つもの特権が与えられている。そのため、本来はロガナー家の当主を捕らえるという行為自体、簡単に行く話ではないのだ。それが許されたのは、闇ギルドと結託して椎名の命を狙ったという罪状があったからだ。

 しかし一時的な拘束ならともかく、これもロガナー家の当主を裁く理由とするのは難しかった。

 闇ギルドとロガナー家の関係はこの国の貴族であれば誰でも知っていることだが、闇ギルドが勝手にやったことだと言い逃れをされてしまえば、それ以上の追及は難しいからだ。

 大貴族と犯罪者の主張のどちらに正当性があるかなど、考えるまでもないだろう。

 黒でも白と言い張れてしまうだけの権力が三大貴族にはある。それ故にロガナー家の罪を明らかなものとし、貴族会議の処分を後押しする一言を女王の口から引き出したかった。


「どんな処分が妥当だと思う?」

「当主は勿論のこと一族郎党、処刑を免れないものと考えます」


 即ち、ロガナー家は取り潰すと言うことだ。


「まあ、そんなところが妥当だろうね。でも、当事者がそれを望んでいないんだよね」

「……は?」

「ロガナー家の跡取りがいただろう? 彼のスキルが有用らしくてね。研究に協力させるからと言って減刑を求めてきた。オルテシアや学院の生徒だけなら無視してもよかったんだけど、彼の研究には協力すると約束しちゃったからなあ……」


 本当に困ったものだよと笑うアルカを見て、アインセルト家の当主は「これが楽園の主か」と心の中で呟き、納得した表情を見せる。

 親の罪を子にまで負わせることに、同じ子を持つ親としてアインセルト家当主も思うところがなかった訳ではない。しかし、それが貴族だ。

 信賞必罰を示し、後顧の憂いをなくすためにも必要な処分だと考えていた。

 だが、それは復讐を恐れてのことだ。神が人を恐れる理由などない。


「ですが、国が荒れる原因となりかねません」

 

 そうと分かっていても、貴族としての考えをアインセルト家当主は女王に伝える。

 アルカや椎名にとってたいした問題ではなくとも、政治に携わる者として国の秩序を乱す要因を放置は出来ない。ロガナー家の跡取りにその気がなくとも、のちにロガナー家の血を継ぐ子孫を担ぎ上げる者が現れないとも限らないからだ。


「まあ、そう考えるよね。自分で作っておいてなんだけど、国や貴族のしがらみって面倒臭いなと思うよ。人間のさがって言うのかな? ロガナー家だって昔はあんなのじゃなかった。祖先は面白い奴だったんだけどね」


 どこか寂しそうにアルカは語る。

 人を腐らせるには十分過ぎるほどの歳月が経ってしまったと――

 しかし、どれだけの時間が経とうと、アルカは覚えていた。

 いまは亡き友人――〈魔女王〉の名で知られるカルディアに責任を取らされて一国一城の主になったとはいえ、アルカも建国当初は良い国にしようと頑張っていた時期があったからだ。

 だけど普通の人間とは違い、アルカは不老不滅の存在だ。建国当初から苦労を分かち合った者たちも時の流れには逆らえず、アルカから見れば短い生涯を終えて姿を消していった。

 そんなことを繰り返している内に、国に対しての興味を失い、人間に対しても期待を抱かなくなっていったのだ。

 椎名には女王としての責任があると言ったが、いまはそこまでこの国に思い入れがある訳ではなかった。ただ、最後まで責任を取ろうと思っているのは、いまは亡き友人に対する義理があるからだ。


「サリオン家の当主にはああ言ったけど、キミたちの祖先の功績を忘れた訳じゃない。キミたちにとっては祖先のことでも、私には過去のことだからね。だから今回は大目・・に見てあげるよ」


 伏せた顔を青くしながら、これは最後通告だとアインセルト家の当主は受け取る。

 これ以上、煩わせるようなら楽園に住む人々を見限ると神は言っているのだと――

 国が荒れるとか、貴族がどうとかはアルカにとって、どうでもいいことだった。

 そんなものよりも彼女にとって、友人との約束の方が大切だからだ。

 そうでなければ、こんな機会など設けずに関係した者たち全員を処分している。

 故に――


「私財を没収の上、ロガナー家の当主は斬首。ロガナー家の跡取りが後輩くんの研究に協力することを条件に、他の者は楽園からの追放処分とする」


 それが、せめてもの恩情。〈楽園の主〉の下した決定だった。

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