第145話 フォールダウン

 かわされた? いや、攻撃を外されたのだと気付く。

 それだけでなくオルテシアの剣が〈反響の指輪リフレクションリング〉の障壁を掻い潜り、俺の身体を傷つける。頬を軽く斬られた程度だが、後ろに下がるのが一瞬遅れていれば首が飛んでいたところだ。

 もっとも、どんな攻撃も一度だけ完全に防いでくれるタリスマンを装備しているので、命に関わるような攻撃は自動的に肩代わりしてくれるのだが、さすがにそれが発動するようだと負けを認めるしかない。


(ここまで追い詰められたのは、レミルと模擬戦をした時以来だな)


 レミルの場合、ほとんど力任せに障壁を突破してきたのだが、まさかこんな方法・・・・・で突破されるとは驚きだ。


「やるじゃないか。攻撃を繰り返していたのは、このためか」

「はい。闇ギルドとの戦闘の際、主様は死角からの攻撃にも完璧に対応されていた。しかも、エミリア先生たちを守る余裕を見せながら。だから、思ったんです。その障壁は魔力に反応しているのではないかと――」


 それを確かめるために、闇雲に見える攻撃を繰り返していたと言う訳か。

 正解だ。〈反響の指輪リフレクションリング〉は魔力に対して自動的に反応するように条件付けが設定されている。ようするに魔力を伴わない攻撃には反応できないと言うことだ。元々がモンスターと戦うために作られた魔導具だから、この点は仕方がない。

 とはいえ、魔力を伴わない攻撃であれば普通の魔力障壁で対応が可能だし、俺の着ているローブも銃弾くらいでは傷一つ付けることが出来ないので、これで十分だと思っていた。

 しかし、オルテシアはそれを逆手に取った。

 一切の魔力が伴わない攻撃を放つことで〈反響の指輪リフレクションリング〉の防御を突破して見せたのだ。

 そんな真似が出来るのかと言えば、普通は無理だ。魔法使いは誰しも魔力を持っているものだし、冒険者が使う武器はダンジョンの素材で作られているから、どんな安物でも魔力が宿っているからな。

 しかし、彼女にはユニークスキル〈灰被りの凶手〉がある。認識阻害系のスキルという話だが、恐らくは武器や防具の魔力も探知できないように隠すことが出来るのだろう。

 千の雨サウザンドレインが当たらなかったのも、魔力探知に頼り過ぎたことが原因だ。恐らく俺がオルテシアだと思って攻撃したものはダミーで、本人は魔力を消して隠れていたのだろう。

 もっとも、そこまで万能なスキルと言う訳ではなさそうだ。


「タイミングは良かったが、攻撃にスピードがなかった。スキルで隠蔽できる魔力には限界があるようだな」

「……正解です」


 使用できる魔力に制限があると言うことは、魔力を持つ者であれば誰でも使える身体強化にも制限が掛かっていると言うことだ。

 その所為でスピードやパワーが大幅にダウンしてしまい、俺でも目で確認してから回避できるくらいの余裕があった。

 これが人間よりも遥かに頑丈な肉体と高い身体能力を持つホムンクルスであれば、いまの攻撃で俺は負けていたはずだ。その点では、オルテシアがまだ人間であったことに安堵する。

 しかし、


「種が分かれば対処は簡単だ」


 いまのオルテシアが相手なら負ける気はしない。

 大人気ないと思うが、少し本気をださせてもらう。 


「これは回避できないだろう?」

「え……」


 空中に跳び上がり、自身の魔力を大気中の魔力と同化させることでコントロールする。

 テレジアがやっていたことの応用だ。

 魔法として放つのではなく、魔力を直接操作してカタチ・・・にする。

 テレジアは手をイメージしていたようだが、イメージするものはなんでもいい。

 例えば――


「空が落ちて……」


 闘技場を押し潰すイメージで、平たく伸ばした魔力の塊を落とす。

 千の雨サウザンドレインのように名前を付けるなら、堕ちる天空フォールダウンと言ったところか?

 これなら魔力を隠したところで無駄。回避しようにも逃げ場はない。

 彼女に残された選択肢は一つだけだ。


「はあああッ!」


 魔力を剣に集中させ、空に向かって剣を振るうオルテシア。

 良い判断だ。逃げ道がない以上、彼女が助かる道はそれしかない。

 しかし、残念なことに――


「嘘……全力の攻撃が……」


 俺が全力で構築した魔力の壁を破壊するには、魔力の練りが足らない。

 魔力操作の技術を極めるようにと生徒たちに言っているのは、これが理由だ。

 魔導具の扱いが上手くなるだけではなく、魔力操作を極めれば魔力の密度や強度を高めることが出来る。これは魔法の威力に直結する上、魔力の消耗を抑えることにも繋がる。

 そして魔力そのものを自在に操れる域にまで達すれば、魔法は不要・・になる。


「あ……」


 オルテシアの表情が絶望に染まる。もう為す術がないと悟ったのだろう。

 とはいえ、


「ここまでのようだな」


 生徒を殺すつもりなど最初からなかった。



  ◆


 試合は無事に終わった。

 いまは医務室で検査を受けているが、オルテシアにも大きな怪我はない。

 攻撃が当たる寸前、彼女にだけ攻撃が当たらないように避けた・・・からだ。

 しかし闘技場に大穴・・をあけてしまい、そのことをエミリアに叱られていた。


「やり過ぎよ。手加減するように言ったわよね?」


 確かに少しやり過ぎたような気がしなくもないが、それだけオルテシアが手強かったのだ。

 使える魔力が制限されている分、こちらの方が有利と言っても俺は戦いに関しては素人だ。武器なんて使えないし、格闘技も習ったことはない。接近戦に持ち込まれると、剣技で押し切られていた可能性があった。

 だから勝つためには、ああするしかなかったのだ。

 それに――


「あれでも加減したんだがな……」


 元々オルテシアに当てるつもりはなかったし、手加減はしたつもりなのだ。

 普段は魔導具頼りの戦闘しかしていないので、少し加減を誤ったのは否定しないが……。


「そうよね。〈楽園の主〉の後継者だもの……常識が通用するはずがないわよね」


 先代と一緒にされるのは納得が行かないのだが?

 俺は街を吹き飛ばしたりしていないしな。

 闘技場に穴をあけただけだし、まったく被害の規模が違う。


「エミリア。そのくらいで許してあげたらどうですか?」

「セレスティア様……ですが……」

「観客にも怪我人は出ていませんし、シイナ様は錬金術師です。あのくらいなら簡単に修復できますよね?」

「あ、はい。ちゃんと穴は塞がせてもらいます」


 できないとは言えなかった。まあ、実際やろうと思えば出来る。

 穴を塞ぐだけだしな。〈時戻し〉の魔導具を使うまでもないだろう。


「いい? 穴を塞ぐだけで、元に戻すだけでいいんだからね」


 念入りに釘を刺してくるエミリア。

 心配なのは分かるが、そこまで念を押されなくても分かっている。


「ところでシイナ様。参考までにお聞きしたいのですが、先程の攻撃を全力で放てば、どうなりますか?」


 シスターの問いに、どう答えたものかと考える。

 俺自身、あの手の攻撃を全力で放ったことがないためだ。

 しかし、恐らくだが〈黄金の蔵〉に仕舞ってある魔力炉とリンクすれば――


「街一つくらいは跡形もなく吹き飛ばせるかな?」


 実際にはやらないが、そのくらいは可能だと思う。

 たぶん半径三十キロくらいは攻撃の範囲内に収められるはずだ。

 というのも、俺の魔力操作が及ぶ影響範囲が最大でそのくらいだからだ。

 魔力を操作できる範囲であれば、どこまでも効果範囲を拡大することは出来る。

 いまも地味に成長し続けているしな。これも錬金術の研究や鍛練を欠かしていないからだ。


「シーナ……」

「心配しなくても、やらないからな?」

「そこは信じてるけど……」


 微妙に不安そうな表情を見せるエミリア。

 さすがに今回は少しやり過ぎたのかもしれない。

 もう少し上手く加減できるように、次からは気を付けようと反省するのだった。

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