第144話 卒業試験

 以前に言っていたオルテシアの卒業試験の日がやってきた。

 試験は学院の施設ではなく国が所有する闘技場で行われることになった。なんでも普段は学院の訓練場で実施しているそうだが、結界が耐えられない恐れがあるとかで急遽こっちになったそうだ。

 というのも、学院の卒業試験は進路を決める大事な場でもあるそうで、騎士団や冒険者ギルド。それに名のある貴族のスカウトが見学に来ることが通例となっているようだ。

 そうした人たちに万が一のことがあってはならないという学院側の安全対策なのだろう。

 実際、観客席にはエミリアや俺の生徒たちと一緒にいるアインセルトくんの親父さんの姿も確認できる。とはいえ、オルテシアは卒業後もうちでメイドを続けると言っているんだよな。

 俺としては助かるので不満など一切ないが、オルテシアの実力を考えると勿体ない気がしなくもない。彼女の実力なら冒険者としては勿論のこと、噂の騎士団でも十分にやっていけると思うしな。


「胸を借りるつもりで挑ませてもらいます。私の成長を見て頂くために――」


 闘技場に入ると、いつにも増してやる気に満ちたオルテシアの姿があった。

 テレジアに教わって魔力操作の訓練をしていたようだし、この様子だと何か掴んだのだろう。

 油断をしていると足をすくわれそうなので、俺も気合いを入れ直す。


「これより、オルテシア・サリオンの卒業試験を開始する。悔いの無いように精一杯実力を出し切るように――あと、シイナ先生はちょっと加減してくれんかの。結界を壊されると修復が大変なので……」


 試験開始の合図を宣言する学院長。

 俺にだけ注意するのは、どういうことなのか気になるが……。

 結界が壊れないように、試験場をここにしたのでは?

 そんな風に考えごとをしていると、オルテシの方から仕掛けてきた。

 一気に間合いを詰め、フェイントを織り交ぜながら攻撃を放ってくるオルテシア。

 なかなか素早い動きだ。しかし、


「くッ!」


 俺の防御を突破できるほどではない。

 反響の指輪リフレクションリングの障壁に弾かれ、自身が放った剣撃の反動で弾き飛ばされるオルテシア。しかし、それでも諦めずに直ぐ様体勢を建て直し、絶え間なく攻撃を放ってくる。

 以前にも言ったと思うが〈反響の指輪リフレクションリング〉を突破するには反射の魔法式を破壊するか、反射しきれないほどの攻撃をぶつけるしかない。しかし、スピードはなかなかのものだがオルテシアの攻撃は軽い。一撃の破壊力は以前戦った闇ギルドのボスにも劣るだろう。

 となれば、魔法式を破壊する以外に手はない訳だが、これも簡単なことではなかった。

 魔法式を破壊するには、その魔法式を〈解析〉する必要がある。当然、魔法使いは簡単に自分の魔法を解析されないように魔法式に複雑な暗号を用いているし、俺の魔法式にも複製や解析を防ぐための暗号化が施してある。

 ようするに〈反響の指輪リフレクションリング〉の魔法式を破壊するには、発動された一瞬の間に魔法式の〈解析〉を試みる必要があると言うことだ。

 できない訳ではないが、そんな真似が出来るのは俺以外だと先代くらいだろう。

 だからこそ、どうやってオルテシアがこの防御を突破するつもりなのか気になる。


「反撃はしないのですか?」

  

 もう少し様子を見るつもりだったのだが、挑発してくるオルテシア。

 なんの考えもなしに、こんな挑発をする子ではない。

 だとすれば、なにか狙いがあるのだろう。

 なら、敢えて挑発に乗ってやるか。あくまで、これは試験だしな。


「上手く捌いて見せろ」


 指輪のスキルを発動して無数の魔法を頭上に展開する。

 千の雨サウザンドレインと名付けた初級魔法の絨毯爆撃だ。

 初級魔法とはいえ、これだけの数の魔法を食らえば深層のモンスターでも無事では済まない。ましてや、この狭い闘技場の空間のなかでは、ほぼ逃げ場はないと言っていい。

 足を使って逃げるのも限界がある。

 どう対処するつもりなのか、オルテシアの動きを探りながら魔法を放つのだった。



  ◆



「バカな……なんだこれは……」


 驚きに声を震わせるアインセルト家当主の姿があった。

 千を超す魔法が空を覆い尽くし、地上に降り注ぐ光景は想像の域を超えていたからだ。

 まさに天災。人間に行使できるような魔法ではなかった。


「……あの人、試験でも容赦がないな」

「生徒会長、生きてるかな?」


 一方で、冷静に試合を観察する学生たちの姿があった。椎名の生徒たちだ。

 ソルムとアニタの話を耳にしたアインセルト家当主は、同じ観客席から試合を見守る息子に尋ねる。


「イグニス、お前たちは驚いていないのか?」

「ああ、うん……ここまでじゃないけど、先生の講義って実技の時はこんな感じだから……」


 こんな戦いを訓練で行っていると聞いて、驚くアインセルト家の当主。椎名の講義が厳しいことは学院内で噂となっているので知っていたつもりだが、そこまでとは思っていなかったのだろう。

 本物の錬金術師であると噂になってからも椎名の講義に参加する生徒が増えない理由の一つに、講義の内容が厳しすぎるというのがあった。

 普段の講義では魔力が尽きるまで魔法薬の調合を黙々とさせられ、週に一度の訓練場を使った講義では椎名をモンスターに見立てて生徒全員で挑むと言った無茶な内容の訓練を繰り返していた。

 イグニスたちの成長が著しいのは、この講義の内容が原因と言っていい。

 しかし、それだけについて行ける者が少なく、興味本位で椎名の講義を覗き見た者は全員が自分たちには無理だと諦め、学院でも一握りの才能と根性の両方が備わった変わり者以外は残らないと言った状況を生み出していた。


「なるほどね。キミたちが学生のレベルから逸脱しているのは、それが理由か」

「女王陛下!? それに〈巫女姫〉様!」


 いつからそこにいたのか?

 後ろから掛けられた声に当主が振り向くと、そこには二人の神人の姿があった。

 女王と巫女姫の登場に慌て、当主は勿論のこと生徒たちや他の観客たちも膝をつこうとする。

 しかし、


「ああ、そういうのいいから。こんな貴重な試合はなかなか見れないよ。キミたちも、しっかりと目に焼き付けておくといい」


 アルカは不要だといい、試合に集中するようにと促す。


「確かに学生のレベルではありませんね。彼女のレベルになると騎士団でも、そうはいないのでは?」

「うん、互角以上に戦えるのは騎士団長くらいかな?」


 騎士団と言うのは女王直轄の組織で、楽園の最高戦力だ。

 ほとんどが魔法学院の卒業生で構成されていて、いまの騎士団長は学院長の弟子だった。

 その騎士団長とオルテシアを比較するアルカの評価に驚き、周囲に動揺が走る。それもそのはずで〈楽園の主〉を除けば、この国で最も強いと噂されているのが騎士団長だからだ。

 世界でも〈三賢者〉を除けば、トップクラスの実力者だ。年若いオルテシアがそのレベルの実力者と比べられるなど、信じられないのも無理はなかった。

 ましてや、このなかには銀髪・・というだけで侮っていた貴族も少なくない。

 灰の神の加護を受けた者に対する差別は貴族のなかにもある。

 いや、貴族だからこそ、受け入れられない実情があるのだろう。


「ですが、これだけの魔法を浴びれば、姉様でも……」


 どこか不安げな表情で、試合を見守るレイチェル。

 三賢者に迫る力を持つと噂される椎名の力は、普段から講義を受けている生徒たちが一番よく知っているからだ。だからこそ、オルテシアの勝利するイメージが湧かないのだろう。

 試験とはいえ、最悪の場合は死に至るケースもない訳ではない。

 そのため、レイチェルが姉のことを心配し、不安を覚えるのも無理はなかった。

 しかし魔法の雨が止み、土煙が舞い上がる中――


「さすがオルテシアさんね」


 エミリアの瞳には、椎名に肉薄するオルテシアの姿が映っていた。

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