第143話 魔導具の価値

 テレジアに呼ばれて応接室に顔をだすと、そこにはケモ耳少女の親父さんがいた。

 いつもと様子が違いガチガチに緊張した様子が見て取れる。

 一体なにがあったのかと思っていると、


「こ、こちらがオークションの売り上げ金です」


 マジックバッグから小さな袋を山ほど取り出し、差し出してきた。

 袋の中にはオリハルコン硬貨が一万枚はいっているそうだ。

 前金としてもらったのが五十枚だったことを考えると二百倍だ。

 表情が硬いと思ったのは、これが理由かと納得する。

 大金を持ち歩くと緊張するしな。俺も根が小市民なので気持ちがよく分かる。


「随分と多いな」

「は、はい。お陰様でオークションが白熱して高く売れましたので。それに、そちらにはギルドに卸された素材の代金も含まれております」


 ああ、そう言えばエミリアに言われてギルドにも素材を売ったんだった。

 すっかりと忘れていたが、あの時の素材の分も含まれているのか。

 しかし、オリハルコン硬貨一万枚か。俺が学院から貰っている給料が銀貨で三十枚ほど。これは現代の金額に換算すると三十万円ほどになる。大凡銀貨一枚あたり一万円と考えると分かり易い。

 他にも鉄貨や銅貨など市場で主に流通している貨幣の他、滅多に使われないミスリル硬貨など様々な種類があるそうなのだが、そうしたものは目にする機会はほとんどないそうだしな。オリハルコン硬貨もその一つだ。

 この手の硬貨は大きな商会でしか使えないと、エミリアから説明を受けている。

 とはいえ、解析を試みてみるとオリハルコンの含有率は二割ほどと言ったところだ。稀少金属とはいえ、混ぜ物でこのサイズだしな。まあ、良いところ一枚十万円くらいと言ったところだろう。

 それでも、十億円ってことか。物凄い大金だ。

 これで使用人たちにも給料を払えそうだし、屋敷の管理も大丈夫そうだな。


「テレジア、半分預けておく」

「よろしいのですか?」

「ああ、エミリアやセバスチャンと相談して必要になったらそこから使ってくれ」

「畏まりました」


 他にもいろいろとお金は必要だろうしな。

 屋敷に関することは、テレジアたちに任せるのが一番だと考えていた。

 残りの半分は取り敢えず〈黄金の蔵〉に入れておけば良いだろう。

 五億円と言えば大金だが〈黄金の蔵〉に入れておけば盗まれる心配もない。

 

「あの……それで錬金術師様。メタルタートルの件なのですが……」


 メタルタートルの件?

 追加で欲しいと言う話だろうか?


「メタルタートルの甲羅のことか?」

「あ、はい。やはり、ご存じでしたか……。まずは謝罪させてください」


 そう言って、深々と頭を下げるケモ耳少女の親父さん。

 状況がよく分からず、首を傾げていると――


「お恥ずかしい話ながら足りない分はアインセルト家とサリオン家の当主様にもお金を用立てて頂きまして……」

「うん? それじゃあ、この金は?」

「はい。そこには両家からご支援頂いた分も含まれております」


 ようやく事情が理解できた。

 俺に相談もなく追加の注文を取ってしまったことを謝ってたんだな。

 話の流れから察するに、アインセルトくんの親父さんやオルテシアのお袋さんがオークションでメタルタートルの甲羅を落札することが出来ず、どうにかして手に入らないかとケモ耳少女の親父さんに相談したと言ったところなのだろう。

 随分と多いなと思ったら、その分の代金も含まれていたんだな。

 俺がメタルタートルの甲羅を持っていなければ、どうするつもりだったのかと疑問は残るが、商人として優秀な親父さんのことだ。以前に倉庫で見せた素材の量から、まだ隠し持っていることに気が付いていたのだろう。

 さすがは商人。抜け目がない。

 とはいえ、別に怒っている訳ではない。そのくらいの素材なら〈黄金の蔵〉にたくさん余っているからだ。

 親父さんには世話になりっぱなしだしな。なにかお返しがしたいと思っていたので丁度良い。とっておきのを見繕うか。

 あ、でもメタルタートルの甲羅を持って帰るのは大変だよな……。


「持ってきているマジックバッグは、それだけか?」

「あ、はい。それが、なにか?」


 親父さんが持っているのはエミリアが使っているものと同じ小型のショルダーバッグだ。このタイプのは日常使いには悪くないのだが、容量が小さいんだよな。さすがにメタルタートルの甲羅は入りそうにない。

 余っているマジックバッグもおまけ・・・につけとくか。

 商人なら役に立つだろうし、お返しには丁度良いと考えるのだった。



  ◆



「これは、なんと立派な……」


 銀色に輝く甲羅を前に、驚きを隠せない様子を見せるアインセルト家当主。

 メタルタートルの甲羅が市場に出回ることは滅多になく、楽園のオークションで出品されたのは実に三十年振りのことだ。あのサイズの甲羅でさえ滅多に出回ることはないと言うのに、目の前にある甲羅はこれまでに見たことがないほどの大物であった。

 

「メタルタートルの話をしたら、この甲羅を渡されたと?」

「はい。このような代物を買い取る資金力など現在いまの商会にはありませんし、お断りしようとしたのですが……アインセルト家とサリオン家で分けるなら丁度良いサイズだろうと」

「……なに?」


 マルタ商会の会頭の言葉で、なにかに気付いた様子を見せるアインセルト家当主。


「……この甲羅を売却したとして、どの程度の額になると思う?」 

「今回の損失分を補填したとしても余るくらいかと……」


 やはり、そういうことかと当主は確信する。

 サリオン家の当主が考えていたように、自分たちは試されていたのだと――

 このメタルタートルの甲羅はその回答なのだと、当主は受け取る。

 その上で、


「この甲羅は当家とサリオン家で買い取る。その資金を六区の開発に回せ」

「当主様、それは……」

「次代の王となられる御方が器を示されたのだ。ならば、我等も器を示さねばならん。サリオン家の当主とて文句は言うまい」


 椎名の想いに応えるため、アインセルト家の当主は決断を下す。

 そこに――


「あの……申し上げ難いのですが、もう一つありまして」

「……もう一つ? まて。そう言えば、このメタルタートルの甲羅はどうやってここまで運んだのだ?」


 嫌な予感がして当主の視線が、会頭が大事そうに抱える鞄に目が行く。


「この錬金術師様から頂いたマジックバッグなのですが、どうやら国宝級の機能が付与されているようでして……」


 会頭の説明を聞き、当主は再び頭を抱えることになるのだった。

 


  ◆



「……オリハルコン硬貨が一万枚ですか。小国の国家予算に匹敵する額ですね」


 テレジアが椎名から預かったというオリハルコン硬貨の話を聞き、その額に驚くセレスティア。

 オリハルコン硬貨の価値は銀貨に換算すると一枚あたり五百枚分の価値がある。彼女の立場であれば用立てられない金額ではないが、それでも簡単に動かせるような額ではなかった。

  

「そのお金はテレジアさんが預かっておいて。私はさすがにちょっと……」

「セバス様もそう仰っていました。怖くて持ち歩けないと」

「それが普通の反応よ」


 テレジアが預かったお金は半分の五千枚だが、それでも大金だ。

 現代のお金に換算すると凡そ二百五十億円。

 マジックバッグに入れておくにしても持っているだけで気が休まらないほどの金額だ。

 その点から言えば、テレジアなら安心して預けられる。

 彼女をどうこう出来る人間が〈三賢者〉や椎名以外に存在するとは思えないからだ。


「ですが、さすがシイナ様ですね。それだけの大金をメイドに預けられるなんて」

「テレジアさんのことを信頼しているってことなんだろうけど……」


 さすがに金銭感覚がおかしくなりそうだと、エミリアは溜め息を吐く。

 しかし椎名にとっては、たいしたことではないのだろうとも思っていた。

 モンスターの素材を売るだけでも大金を得られるが、椎名の魔導具が持つ価値はそんなものを遙かに超える。マジックバッグ一つを見ても、値をつけられないほどの価値があるからだ。

 実際、テレジアが椎名から買い出し用にと持たされている腕輪型のマジックバッグは、セレスティアが使っている〈楽園の主〉が製作したものと同じくらいの性能がある。ようするに国宝級の代物と言うことだ。


「苦労しますね。エミリアも……」

「なんですか。その見守るような温かい眼差しは……」

「私もアルカと知り合った当時は、同じような苦労をしたので」


 なんとなくセレスティアの言いたいことが分かり、エミリアは納得させられるのだった。

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