第142話 後始末の難題

 ほんの少し前に会合を開いたばかりだと言うのに、アインセルト家とサリオン家の当主が再び顔を合わせ、派閥の枠を超えた話し合いが行われていた。

 以前と一つだけ違うのは、冒険者ギルドのギルド長とサブマスターの二人も会合に参加している点だ。それと言うのも闇ギルドが壊滅し、その後始末を冒険者ギルドが任されたことにあった。


「冒険者ギルドとアインセルト家に、あとのことは任せると――」


 椎名から伝えられたことを一字一句間違えずに報告するヨルダ。

 既にギルド長とアインセルト家の当主には伝えてあるが、会議の前に情報を共有しておく必要があると考えてのことだ。

 しかし、ヨルダの話を聞いても微妙に納得していない様子を見せているのが、サリオン家の当主ロゼリアだった。


「なら、あなたたちだけで話し合いをすればいいじゃない。シイナ様から頼まれたのは冒険者ギルドとアインセルト家なのでしょう? サリオン家の力は不要なのではなくて?」


 どことなくふて腐れた様子を見せるロゼリアに、アインセルト家の当主は溜め息を漏らす。

 彼女の言いたいことや気持ちは分からないでもない。先日の話し合いはなんだったのかと言わんばかりに目の上のたんこぶだった闇ギルドが壊滅し、自分たちの知らないところでロガナー家の当主が捕らえられ、決着がついていたのだ。

 さすがは〈楽園の主〉の後継者に選ばれた人物だと感心すると共に、自分たちの話し合いと覚悟はなんだったのかと不満に思うのも無理はなかった。

 その上、椎名が頼ったのがサリオン家ではなく、アインセルト家だというのもロゼリアが納得が行かない理由にあるのだろう。


「そう言うな。お前とて分かっているはずだ。これはアインセルト家だけで片付けられるような話ではない。貴族全体の問題だと言うことが――」


 そう言って、不満を言うロゼリアを諭すアインセルト家の当主。

 冒険者ギルドとアインセルト家だけで話が片付くのであれば、とっくに話を進めている。それが出来ないのは、闇ギルドと結託して椎名を殺そうとしたのがロガナー家であると言うことにあった。

 ロガナー家の処分は勿論、貴族派の対応についても話し合う必要があったからだ。


「分かってるわよ……。シイナ様から、そのことで直接の指示はなかったの?」

「なにもありませんでした。こちらの采配に任せると……」

「だとすると、試されていると考えた方が良さそうね」


 ヨルダの話を聞き、自分たちは試されているのだとロゼリアは答える。

 この国の貴族がどう対応するのかを見るのが、椎名の本当の狙いなのだと――

 対応次第ではロガナー家だけでなく、自分たちも切り捨てられる可能性があるということだ。

 恐らく椎名と女王は最初から結託していたのだと、ロゼリアは察する。国の膿をだすために手を組み、一芝居を打った。屋敷でのパーティー自体、最初から仕組まれたものだったのだろう。


「だとすれば、甘い対応は取れんな」

「ええ、ロガナー家に責任を取らせるだけでは話が済まないでしょう。派閥の貴族たちにも相応の責任を取ってもらう必要があるわね」


 血を流す覚悟が必要なほど、大きな改革を行う必要がある。

 しかし、それでもやるしかない。女王と椎名の期待に応えられなければ、自分たちの首も危ういからだ。

 最悪の場合、楽園そのものが〈楽園の主〉に見限られる可能性があった。

 そうなれば、この国は終わりだ。


「冒険者ギルドの協力は得られると考えていいのよね?」

「この件に関しては可能な限り協力させてもらうつもりだ。ここまできたら一蓮托生だろうしな。だが、その前に相談しておきたいことが二つある。一つ目はシイナ――いや、シイナ殿の冒険者ランクについてだ」


 冒険者ランクと聞いて、眉をひそめる二人の当主。

 学院の生徒の大半が冒険者登録をしているように、貴族のなかにも冒険者登録をしている者は少なくない。実際、アインセルト家の当主やロゼリアも若い頃は学院に通い、冒険者として活躍していた時期があったのだ。

 しかし、椎名の強さは冒険者の枠に収まるレベルではない。


「いまのシイナ殿のランクは?」

「……ミスリル級だ」


 ギルド長の答えに、ありえないとアインセルト家の当主は顔を手で覆う。

 冒険者の最高峰と呼ばれるオリハルコン級ですら、椎名の実力から考えれば明らかに不足しているのだ。

 それがミスリル級など、冗談としか思えなかった。


「そう言わないでくれ。初登録でミスリル級と言うだけでも、かなりの異例なんだ」


 そんなギルド長の話を聞いて、ようやく相談の内容を当主たちは察する。

 冒険者ギルドには冒険者ギルドのルールがある。

 そのルール内で、ギルド長が与えられる最高ランクがミスリル級だった。

 オリハルコン級の冒険者になるには、国に認められるほどの偉業を為すことが求められる。ギルド長だけの推薦では、オリハルコン級の冒険者に認定できないと言うことだ。


「国から推薦をだして欲しいということか。そのくらいなら……」

「でも、理由は必要よ? 女王陛下の後継者というだけで理由になるとは思うけど、実績がないと……いえ、闇ギルドの件を公表すれば十分な実績になるわね」


 どんな流れで椎名をオリハルコン級の冒険者に推薦するかを話し合う二人の当主。

 そんな二人の話を聞きながら、どことなく困った表情でギルド長は二つ目の相談を切り出す。

 どちらかと言うと本命は、もう一つの相談の方だったからだ。


「もう一つの相談と言うのは、例のオークションの件なんだが……」

「確かにあれも実績の一つになるわね。深層のモンスターの素材が、あれほど大量に出品されることは滅多にないもの。我が家でも貴重な素材を幾つか落札させてもらったわ」

「ああ、オークションは盛況だったと聞く。かなりの売り上げだったのではないか?」


 実のところ、オークション自体は既に開催されていた。

 椎名の屋敷でパーティーが開かれた翌日、マルタ商会とギルドの共同開催でオークションが開かれたのだ。

 売り上げは過去最高益を記録し、大成功だったと言っていい。

 しかし、


「ロガナー家の代理人がメタルタートルの甲羅や貴重な素材を幾つも落札したそうだ」

「……嫌な予感がするのだけど、闇ギルドのマスターが着ていた鎧って、まさか……」


 ロゼリアの問いにギルド長は、無言で頷く。

 それは即ち椎名の素材で作った装備で、椎名の命を狙ったと言うことだ。こんなことになると思っていなかったマルタ商会の会頭から相談を受けたことを、ギルド長は説明する。

 しかも、話はこれだけで済まなかった。


「その上、その素材の代金なんだが、まだ支払いが済んでいないそうでな……」

「おい、それは……」

「闇ギルドの人間だと思うがロガナー家の使いを名乗る人間が来て、商会の人間を脅して落札した品を強引に奪っていったらしい」


 そんなことまでしていたと知らなかったアインセルト家の当主は頭を抱える。

 権力を振りかざして脅すなど貴族としてあるまじき行為だし、ましてや支払いを済ませずに商品だけを奪っていくなど前代未聞だ。

 いや、もしかするとという考えが、アインセルト家当主の頭に過る。


「では、シイナ殿にオークションの売り上げは……」

「金の工面が出来ていないそうで、まだだそうだ。しかも、その額がな……」

 

 ロガナー家が落札したとされる商品の請求書を確認して、二人の当主は目を瞠る。

 三大貴族とはいえ、簡単に支払えるような額ではなかったからだ。

 故に、確信する。最初からマルタ商会を破産させ、椎名を殺す計画を立てていたのだと――

 恐らくロガナー家の代理という人物は、既にこの世にいないだろう。

 素材の代金を請求されても、その代理人とロガナー家は関係ないと主張することで、知らぬ存ぜぬを押し通すつもりだったに違いない。強引な手だが、三大貴族の権力を用いれば不可能な話ではなかった。

 貴族と平民の間には、それだけ大きな身分差があるからだ。

 だが、今回ばかりは相手が悪い。冗談では済まない話だった。


「なんてことをしてくれるんだ。シイナ殿を相手に詐欺を働こうなど……」

「どうにかして、お金を工面する必要があるわね。ロガナー家の財産は没収するにしても足りない分は……」

「これは貴族の問題だ。誠意を見せるためにも、我々が私財から捻出するしかあるまい」


 予期せぬ支出に二人の当主の口からは大きな溜め息が溢れるのだった。

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