第141話 呪いの影響

「闇ギルドがこんなにも簡単に壊滅するなんて……」


 闇ギルドがこれまで放置されてきたのは彼等の背後に三大貴族の一角であるロガナー家がついていたことも理由にあるが、なにより闇ギルドの戦力が強大であったことが理由として大きい。

 幹部の実力はミスリル級の冒険者に匹敵し、闇ギルドのマスター〈魔装〉のバルトロスに至っては元オリハルコン級の冒険者で、嘗ては〈三賢者〉に迫ると噂されるほどの戦士であったからだ。

 それだけの組織がたった三人によって壊滅させられた現実を、ヨルダは受け止めきれずにいた。

 その上、あのバルトロスですら赤子のようにあしらった椎名の実力には、驚きを通り越して恐怖すら覚える。

 まさに天災。決して人では抗えぬ存在。これが神人なのだと、ヨルダの心に深く刻み込まれた。

 そして、ヨルダと同じことを裏社会に身を置く組織の幹部たちは考えたのだろう。

 楽園の裏社会を力と恐怖で抑え込んできた闇ギルドは消滅した。

 しかし、それ以上に恐ろしい存在が自分たちの前に現れたのだ。いつ、その力の矛先が自分たちに向かうと分からない状況で、彼等が取るべき行動など一つしかなかった。


「闇ギルドを圧倒的な力で壊滅させ、バルトロスの醜態を晒すことで見せしめとした。最初から、これを狙っていたのね……」


 闇ギルドのアジトの周りには、まるで神に命乞いをするように深々と頭を地につける人々の姿があった。

 その大半が闇ギルドほどではないが、裏社会に名を馳せる組織の幹部たちだ。

 ほとんどが見覚えのある顔だけに、ヨルダの口からは溜め息が溢れる。

 決して他人に頭を下げるような連中ではないが、理解しているのだろう。

 椎名の気分一つで、自分たちも闇ギルドと同じ末路を辿ると言うことを――

 ヨルダでさえ、彼等と同じ立場であれば命乞いをするしかないと考える。

 相手はだ。崇め、奉り、願いを乞う存在。かよわき人間に出来るのは祈ることだけだった。

 注目が集まる中、椎名が下した判断とは――


「あの……いま、なんと?」

「冒険者ギルドとアインセルト家に任せると言ったんだ」


 アインセルト家に采配を任せると言ったものだった。

 その意味をヨルダは考える。

 これまではロガナー家が闇ギルドの背後につき、六区を支配してきた。そのあとを任せると言うことは、ロガナー家がこれまで担ってきた役割を冒険者ギルドとアインセルト家に継がせると言うことだ。

 それがどう言う意味かを考え、


「承りました……必ずや、ご期待に応えてみせます」


 ヨルダは深々と頭を下げるのであった。



  ◆


 

 周辺の住民が集まってきて、土下座し始めたときは何事かと思った。

 やはり、ちょっと派手に暴れ過ぎたらしい。秘書さんが言うには、騒ぎに気付いた六区の住民が闇ギルドの惨状を目の当たりにして自分たちにも神の怒りが落ちるのを恐れたそうだ。

 まあ、神が実在すると信じられているファンタジーな世界だしな。

 信心深い人たちが勘違いするのも理解できなくない。

 

「あの……いま、なんと?」

「冒険者ギルドとアインセルト家に任せると言ったんだ」


 とは言っても、神でもなければ貴族でもない俺に許しを乞われても困る。

 だから、この件は冒険者ギルドとアインセルト家に任せることにした。

 ギルド長が言っていたように、元から後始末はギルドに任せるつもりだったしな。

 ただ、現行犯と言うことで副会長の親父さんを拘束したはいいが、冒険者ギルドだけでは貴族を裁くことなんて出来ないだろう。そのため、最初にエミリアが危惧していたように貴族の問題が絡んでいるようなので、アインセルトくんの親父さんに頼るのが一番だと考えたのだ。

 丸投げじゃないかって? 適材適所と言って欲しい。


「闇ギルドにロガナー家ですか。噂程度には聞いていましたが、シイナ様に手をだすなんて愚かなことを……。ですが、報復に街ごと消滅させられなかっただけマシな結果と言えますね」


 屋敷に戻ったらシスターがいたので事の経緯を説明したのだが、返ってきた言葉は耳を疑うような内容だった。

 さすがの俺も不法侵入されたくらいで街を滅ぼしたりしない。

 どんな目で見られているのか気になって、そのことをシスターに尋ねてみると、


「最近は丸くなりましたが、昔のアルカなら報復にそのくらいのことはしてもおかしくありませんから」


 先代の所為だったようだ。

 昔は荒れていたと聞いていたが、理不尽極まり無いことをしていたようだ。

 そりゃ天災とか恐れられるわ。とばっちりで風評被害も良いところだった。

  

「ですが、アインセルト家に後始末を委ねたのは良い判断かと」


 シスターもエミリアと同じ考えのようで、貴族のことは貴族に任せた方がいいと話す。それでダメなら先代が動くだろうという考えらしい。

 ちゃんと仕事してくれるならいいけど……先代だしな。

 天国の扉ヘブンズ・ドアやダンジョンの封印の話を聞いた時には先代もしっかりと女王をしているんだなと感心したと言うのに、国の運営に関することは基本的に丸投げで闇ギルドみたいな連中を放置しているくらいだしな。

 メイドたちに任せきりの俺も人のことは言えないが、余り期待できない気がする。


「あの……〈巫女姫〉様」

「もう、またあなたはそんな他人行儀な呼び方を……セレスティアで良いと言っているでしょう? なんでしたらアルカみたいに『ティア』と呼んでくれても良いのですよ?」

「……では、セレスティア様。今日はどのような用件で、こちらへ?」


 一瞬迷った様子だったが目をキラキラと輝かせるシスターを見て、観念した様子で名前を呼ぶエミリア。それでも、さすがに先代のように愛称で呼ぶのは躊躇ったようだ。

 とはいえ、名前で呼ばれたことが嬉しいのか、ニコニコと笑顔を見せるシスター。

 そして、


「今日から、こちらにお世話になろうかと」

「え?」

「シイナ様から誘って頂いたのです。家族にならないかと――」


 両手を頬に当て、恥じらう様子を見せながらエミリアの質問に答えるシスター。

 確かにそんなことを言ったような記憶はあるが、微妙に違うような……。


「……シーナ、どういうことか説明してくれるのよね?」


 エミリアの迫力に気圧され、俺は事の経緯を説明する。

 たぶん、これはあれだ。同居人が増えるのに、事前に断りを入れなかったことを怒っているに違いない。

 それにシスターはエミリアからすると上司みたいなものだしな。

 上司と一つ同じ屋根の下で暮らすのは、確かに気まずいだろう。

 配慮が足りなかったと、反省させられる。


「なるほど、呪いね。それで……でも、セバスさんのことは最初から名前で呼んでなかった?」

「ん? 執事と言えば、セバスチャンだろう?」


 なにか、おかしなことを言っているだろうか?

 昔から老紳士の執事と言えば、セバスチャンと相場が決まっていると思うのだが?


「確か、アルカも昔そんなことを言っていましたね。セバスさんと言うと、アインセルト家で執事をされていた方ですよね?」

「はい。元ミスリル級の冒険者と言う話ですが、代々アインセルト家に仕えているそうです」

「だとすると、名前の由来はアルカの可能性がありますね。貴族制度を楽園に導入して、使用人をメイドと呼ぶようになったのもアルカが最初でしたから」


 やはり先代のアイデアだったのか。

 使用人の制服も見たことのあるデザインだし、そんな気はしてたんだよな。

 ちなみにエミリアから聞いた話だが〈青き国〉は長老会が国の運営を担う議決制らしく、貴族というのものは存在しないらしい。〈精霊の一族〉のなかでも特に強い力を持った十家がそれに相当するそうだ。


「事情は理解したけど、シーナの呪いって不思議よね……。家族と認識した相手なら呪いの対象外になるなんて、まるで呪いが意思を持っているみたい」

「私もそこは不思議に思っていました。認識阻害の魔導具で緩和は可能と言っても、私の呪いは自分自身でどうこう出来るものではありませんし、アルカの呪いに至っては魔法薬や魔導具でもどうすることも出来ないので……」


 そんなこと言われても、自分でもよく分かっていないしな。

 そもそもシスターに指摘されるまでは、呪いだという自覚すらなかったのだ。

 昔からこれが当たり前で、深く考えたことなどなかったからだ。


「もしかすると名前を認識できないのは副次的な効果で、呪いの効果はもっと他のものに影響を与えているのかもしれません」


 そう言われてもな。思い当たるところはない。

 敢えて言うなら人付き合いが苦手なことだが、それは性格の問題であって呪いとは関係がないと思うしな。


「シーナって時々鈍感なことがあるから、それも呪いの影響かもしれないわね」


 なんでも呪いの所為にするのは良くないと思うぞ?

 これでも勘は鋭い方なのに、酷い言い掛かりだった。

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