第140話 無敵の鎧
「気にくわねえな。その余裕ぶった態度……
先代のことだろうか? 中身は男らしいけどな。あの人……。
話を聞いている限りだと、闇ギルドのボスは先代と戦ったことがあるようだ。
益々、先代の尻拭いをさせられている気がしてならない。
「だが、その余裕もすぐに絶望へ変わる! これを見ろ!」
ガバッと身体に纏った外套を脱ぎ捨てる闇ギルドのボス。
最近、全裸の男と縁があるため、現代でも時折出没するという伝説の変態コートが一瞬頭を過る。
しかし、外套の下から現れたのは裸ではなく銀色に輝く全身鎧だった。
更に兜も隠し持っていたようで、フルフェイスで完全武装する闇ギルドのボス。
なにがしたいのか、さっぱり分からないのだが――
「はは、驚いて言葉もでないようだな! これこそメタルタートルの
その疑問に副会長の親父さんが答えてくれた。
と言っても、説明されるまでもなくメタルタートルの素材で作った鎧というのは一目見て分かっていたのだが、それでどうしてここまで自信満々になれるのかが分からないのだ。
「分かっていないようだな。メタルタートルの甲羅には物理的な攻撃は勿論、魔法を弾く効果がある。即ち! どんな攻撃も通さない無敵の戦士のできあがりということだ!」
興奮した様子で熱弁する副会長の親父さん。
まあ、うん……メタルタートルの甲羅に攻撃が通りにくいのは確かだ。
だからメイドたちの訓練場にも素材として用いている訳だしな。
それは分かるのだが、別に
「気を付けてください。あの男が〈魔装〉と呼ばれているのは、どんな魔導具でも装備できる〈
秘書さんの説明で、自信満々の理由はそれかと納得させられる。
魔導具は便利なようで誰にでも扱えるものではない。なかには誰でも使えるような魔導具もあるが、そう言ったものは汎用性に特化していて効果が抑え目に作られている。
俺の〈
ただなあ……それ、俺も出来るんだよな。
俺自身は、これまで相性の悪い魔導具と言うのに出会ったことがないのだ。
「喋りすぎだ。だが、これで貴様が俺に勝てない理由は分かっただろう?」
いや、まったく分からないのだが……。
どうして魔導具を使えることが勝敗に影響するのか意味が分からない。
便利なスキルだなとは思うけど、ただそれだけだ。
「錬金術師を名乗ってはいるが、貴様も俺と似たようなスキルを所持しているのだろう? だから様々な魔導具を駆使して、周囲を欺いてきた訳だ。だが、同じ魔導具使いでも俺とお前では決定的に違うところがある。それは――戦士としての力量だ!」
確かにたくさんの魔導具を装備しているし、俺自身の力と言うよりはどれも魔導具の力と言って良いだろう。
戦士としては二流どころか、一般人に毛の生えた程度の力量しかない。
武器なんて扱えないしな。
「見ろ! この武器を――」
「あ、あれは〈壊魔の戦斧〉!」
闇ギルドのボスが持ちだした巨大な戦斧を見て、色男が驚きの声を上げる。
あの斧、そんなに凄い武器なのだろうか?
「あれはどんな魔法障壁でも破壊する魔導具です! 魔法使いにとって天敵とも言える伝説の斧に、どんな攻撃もきかない鎧なんて……まさか、闇ギルドがここまで強力な魔導具を揃えていたなんて!」
「一旦、退きましょう!」
焦った様子を見せる色男と秘書さん。
結界を破壊する効果を持った魔導具とかありきたりだし、よくあると思うのだが?
俺の〈黄金の蔵〉にも同じような魔導具が幾つも入っている。
ただ、そうした魔導具に共通して言えることだが、
「ペテン師め! この俺に喧嘩を売ったことを、あの世で後悔するがいい!」
どんな障壁でも破壊できる魔導具なんて存在しない。
頭上に振り下ろされる斧に向かって、俺は〈
「なに――!?」
自分の放った攻撃の衝撃で、後ろに弾き飛ばされる闇ギルドのボス。
そして、その勢いのまま壁をぶち抜き、建物の外へと放り出される。
もう一度言うが、どんな結界や障壁も破壊できる魔導具なんてものは存在しない。
魔法には属性と別に系統が存在する。魔法障壁にも種類があり、魔力を障壁として展開する一般的なものから俺がゴロツキどもを閉じ込めるために使った空間を遮断するようなものまで、その種類は様々だ。
空間系の障壁を破壊するなら空間に作用する魔導具を用いる必要があるし、封印系の特殊な結界を破壊するなら魔法式の破壊に特化した魔導具を用いる必要があると言ったように、それぞれ対応する魔導具が違う。
解析するまでもなく一目見ただけで分かったが、あの斧には一般的な魔力で展開された障壁を破壊する効果があるようだが、それ以外の結界や障壁を突破できる力はなかった。
「な……な、な……」
呆然とする副会長の親父さんの横を通り過ぎ、闇ギルドのボスを追って壁に空いた穴から俺も飛び降りる。
メタルタートルの鎧を着ているので生きているとは思ったが、五階から落ちたと言うのにピンピンしていた。
「く……こんなバカな……どんなインチキを使いやがった!」
インチキと言えば、確かにインチキのようなものだろう。
俺が使ったのは、厳密には魔法障壁ではないのだから――
攻撃を防ぐのではなく攻撃の向きを鏡のように反転させることで、自身に向けられた攻撃を反射しているのが〈
だから魔力の障壁を破壊する斧で〈
突破する方法があるとすれば、反射の魔法式そのものを破壊するか、反射しきれないほどの攻撃をぶつけるしかない。以前、竜王の特殊個体が放ったブレスくらいの破壊力があれば〈
「だが、お前の攻撃も俺には通らないはずだ!」
もう一つ、闇ギルドのボスが勘違いしていることがある。
メタルタートルの甲羅は確かに物理攻撃だけでなく魔法にも高い耐性がある。
だからと言って、攻撃が通らない訳ではないのだ。ユミルやレミルなら身体能力だけで圧倒することが可能だろうし、魔法や魔導具を用いれば他のメイドたちでも余裕で対処が可能だ。
そもそも攻撃が通らないのであれば、モンスターを倒しようがないしな。
更に言うならどれだけ強い装備を身に付けていようと、人間である限りは弱点がある。
例えば――
「――〈
「お前なにを――ぬあッ!」
足を取られ、身体が地面に沈んでいくボス。
魔力を含んでいれば、どんなものでも俺は構成を弄ることができる。
その力を使って、ボスの足下の地面を底なし沼に〈再構築〉しただけの話だ。
同じようなことは土魔法でも可能なので、俺の生徒でも出来るはずだ。
「まさか、こんな手で俺が……卑怯な真似を……」
戦いに卑怯も何もないと思うのだが?
それに、これはあくまで一例であって他に方法がない訳ではない。
「舐めるな――!」
魔力を爆発させて推進力とすることで上空に飛び上がり、泥から脱出する闇ギルドのボス。そのまま大地へ叩き付けるように斧を大きく振りかぶる。さすがに、こんな子供騙しで倒せるほど甘くはないらしい。
先程と同じように弾き返すのは簡単だが、メタルタートルの鎧は無敵ではないと理解させるのに一番手っ取り早いのは、やはりこの方法だろう。
「
魔力を含んだものであれば、俺はあらゆるものに干渉できる。
それは〈解析〉が可能なものであれば、どんなものにでもだ。
「な――俺の斧と鎧が!?」
スキルで分解され、塵となって消える装備。
その一瞬の隙を突き、指輪のスキルを発動する。
「――
指先から放たれた火と雷の魔法が闇ギルドのボスに直撃し、爆風を巻き起こす。
もう一つの弱点。それはモンスターと違い、人間は脆いという点だ。
魔力で肉体を強化できるとはいえ、どんな魔法使いでも隙を突かれればナイフ一本で殺されることだってある。自らの装備を過信したバカなら初級魔法でも倒すことは容易と言うことだ。
土煙が晴れ、あとに残されたのは――
「服まで分解するつもりはなかったんだけどな。悪い」
焼け焦げた真っ裸の大男だった。
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