第139話 蹂躙
「予想通りの展開だけど……圧倒的ね」
テレジアとオルテシアが先行し、そのあとに椎名が続くカタチで闇ギルドの制圧作戦は進行していた。
大半は冒険者くずれのならず者で実力的にはたいしたことないが、なかにはミスリル級の実力を持った元冒険者もいる。その上、幹部に至ってはオリハルコン級に届く実力者もいると噂されているのだ。
それが、まったくと言って良いほど相手になっていなかった。
目に見えない魔力の手のようなもので、為す術なく地面に押さえつけられる闇ギルドの構成員。テレジアが強いことは分かっていたが、その見たこともない戦い方にエミリアは目を奪われる。
(精霊や属性の力を一切感じないと言うことは、純粋な魔力を操っていると言うことよね? そんなことが出来るなんて……)
魔法は通常、精霊の力を借りたり魔法式を使って発動するものだ。
魔力に属性を付与し、指向性を与えることで魔法として完成する。
それを魔力そのものを操って物理的な攻撃力を持たせるなんて使い方は普通しない。というか、効率が悪すぎて並の魔法使いには使いこなせないと言った方が正しかった。
精霊の補助や魔法式なしに魔力そのものを手足のように操るには、並外れた魔力操作の技術と膨大な魔力を必要とするからだ。
テレジアはスキルが使えない。〈原初〉の六人やレミル。それにシオンやサーシャが特殊なだけで、通常のホムンクルスは人間離れした身体能力と魔力を持つ代わりにスキルを使うことが出来ないからだ。
だとすれば、これは彼女の純粋な魔力操作の技術だと察せられる。
テレジアがホムンクルスだというのはエミリアも知っていたつもりだが、あらためて人間ではないのだと実感する。こんな真似は普通の人間には出来ないからだ。そう、普通の人間には――
「テレジアも大分、魔力操作が上手くなってきたな」
「恐縮です。まだまだ、ご主人様には遠く及びませんが……」
「俺の方が年季が長いしな」
椎名に攻撃を仕掛ける度に、弾け飛ぶ闇ギルドの構成員たち。
テレジアのような派手さはないが、椎名の魔力操作の技術も常軌を逸していた。
攻撃を反射する魔法やスキルは他にも存在するが、どれも魔力消費が大きく常時展開し続けることは難しい。それを敵の攻撃に合わせて
卓越した魔力操作の技術。
いや、息を吸うように魔力を操れなければ成立しない神業的な技術だった。
「はは……こんな相手に俺は決闘を挑んだのか……」
どこか自虐的な笑みを浮かべるアドリスの気持ちが、エミリアも理解できない訳ではなかった。
これだけの真似をして椎名は自分の身を守るだけでなく、エミリアたちにも攻撃が届かないように配慮する余裕すら見せているからだ。
桁違いの一言では済まない。これが〈楽園の主〉の後継者。
本物の錬金術師の力なのだと実感させられる。
「貴様等、よくもやってくれたな! ここがどこだか分かって――」
言い切る前にオルテシアが
血飛沫で廊下が赤く染まり、男の絶叫が響く中――
オルテシアは右手に持った剣で、容赦なく男の首をはね飛ばす。
「この男、〈豪剣〉の異名を持つ元ミスリル級の冒険者ですね。闇ギルドの幹部の一人です」
大男の死骸を確認して、闇ギルドの幹部の一人だとヨルダは口にする。
しかし、そんな強敵をあっさりと倒しておきながら、オルテシアは納得していないようだった。
「主様やテレジアさんのように上手く手加減ができません……」
椎名やテレジアは殺さない程度に加減をしているが、それは圧倒的な実力差があるから出来ることで自分には難しいと実感しているからだ。
いまの大男も捕らえるつもりで戦っていれば、倒すまでに相応の時間が掛かっただろう。思わぬ苦戦を強いられていたいたかもしれない。だから最初から全力で殺しに行く必要があった。
この差は大きいと、オルテシアは感じていた。
「くそッ、化け物共め! 止まれ! こいつらがどうなってもいいのか――」
娼婦を人質に取ろうとした別の幹部も、テレジアの目に見えない手で押し潰される。
「自業自得とはいえ、ちょっと敵に同情するわね……」
明らかな過剰戦力。
相手が悪すぎると、エミリアは悪党たちに同情するのだった。
◆
思っていた以上に、オルテシアが容赦なかった。
少しも躊躇しないで敵の首をはね飛ばすあたり、彼女も冒険者なんだなと実感させられる。これが平和な日本なら、探索者であったとしても普通は人殺しを躊躇するものだからだ。
まあ、海外ならまた事情は違うんだろうけど。
しかし、
(特に何も感じないものだな)
スタンピードの時もそうだったが、目の前で人が死んでも何も感じない。
俺が薄情なのか、シスターの言っていた呪いの影響なのかは分からないが……。
そう言う意味では、俺も一般的な現代人の感覚から外れてしまっているのだろう。
だからと言って、オルテシアを責めている訳じゃない。相手は人質を取るような悪党だしな。捕らえたところで死刑は免れないとギルド長の秘書さんからは聞いているし、殺されても当然の奴等だ。
俺やテレジアには殺さずとも捕らえることが可能な能力があるだけで、危険を冒してまで捕らえる必要はないと考えていた。
それに俺たちが相手をした悪党も、何人かは死んでいると思うしな。
殺さない程度に加減をしていると言っても、打ち所が悪ければ死に至るからだ。
「ここが最後の部屋だな」
一通り建物の中を探索して、最上階の部屋まで辿り着いた。
魔力探知で確認しながら進んできたので、討ち漏らしはないはずだ。
一際、豪奢な扉。扉の向こうに魔力反応を二つ感じることから、ここに闇ギルドのボスがいると見て間違いないだろう。
逃げずに待っているとは自信の表れか、それとも――
「テレジア、オルテシア。ここからは俺が先に行く」
「ですが……」
「大丈夫だ」
仮に奇襲を受けたとしても、俺の〈
二人の実力でも十分対応が可能だとは思うが、念のためだ。
ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開ける。
扉を開けた瞬間、魔法が飛んでくるのを警戒したのだが、なにもなかった。
魔力反応も部屋の奥から動く様子はなく、観念したのかと思いながら部屋の中へ足を進めると――
「なぜだ! なぜ貴様がここにいる!?」
副会長の親父さんと目が合うのだった。
◆
「なぜだ! なぜ貴様がここにいる!?」
それはこっちの台詞なのだが、なんでここにいるんだ?
副会長の親父さんが闇ギルドのボスだったとか?
三大貴族の当主だと聞いているし、さすがにそれはないと思うのだが――
「狼狽えるな。お前が噂の錬金術師か」
なるほど、こっちが闇ギルドのボスか。
全身に黒い外套を纏い、額から右頬にかけて火傷のような傷痕のある大男だ。
これまでの相手とは違い、なかなか洗練された魔力を身に纏っているのが分かる。
「気を付けてください。あの男は〈魔装〉のバルトロス。元オリハルコン級の冒険者です」
只者ではないと思っていたら、秘書さんが教えてくれた。
中二病ぽい二つ名だが、色男と同じランクの元冒険者らしい。
色男と同じくらいか……それって、たいしたことないような?
いや、仮にも闇ギルドのボスだしな。油断は禁物だろう。
「くっ、バルトロス! その男を殺せ!」
「フン、言われるまでもない。だが、勘違いするな? お前のためにやるんじゃない。〈至高の錬金術師〉にやられた傷が疼くんだよ。だから、こいつで試させてもらう。いまの俺の力が奴にどれだけ通用するかを――」
副会長の親父さんに殺したいほど恨まれるようなことした覚えはないのだが、どうやら闇ギルドのボスと仲間のようだ。
あれかな? 時代劇でよく見る代官と越後屋みたいな関係か。
いや、闇ギルドだと越後屋と結託しているヤクザの方が正しいのか?
しかし、至高の錬金術師って先代のことだよな。
と言うことは、顔の火傷は先代にやられたのか。
「正直、やる気が全然湧かないな……」
「フンッ、余裕ぶっていられるのも今のうちだけだ」
事の発端といい、先代の後始末をやらされている気がして憂鬱になるのだった。
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