第138話 闇ギルド

「頼む! 俺も連れて行ってくれ!」


 俺は今、色男に土下座されていた。闇ギルドのアジトを教えてもらおうと冒険者ギルドに足を運んだら、俺とギルド長の話を偶然立ち聞きした色男に自分も連れて行って欲しいと懇願されたのだ。

 エミリアから話を聞いていたが、無事に目が覚めたみたいで何よりだ。

 しかし、どうしてまたと疑問に思っていると、


「俺は連中と面識がある。案内が出来るし、俺が一緒に行けば奴等も油断するはずだ」


 色男が自分を連れて行くメリットを話し始める。

 確かに、そういうことなら役に立ちそうではある。

 ということは、ギルド長も最初からそのつもりで色男を呼んでいたと言う訳か。

 突然、色男が応接室に飛び込んでくるから何事かと思った。


「アドリス……」

「すまなかった、エミリア。謝って済む話じゃないと分かっているけど、償いの機会がもらえるならなんだってする。だから……」


 もしかして以前の決闘騒ぎのことを言っているのだろうか?

 俺は気にしていないのだが、嫌がるエミリアに無理矢理迫っていたしな。

 ストーカーは良くないと思うのだが、この態度を見るに反省しているらしい。

 たぶんギルドで、こってりと絞られたのだろう。

 

「シーナ。私からもお願い」

「いいのか?」

「ええ、いまのアドリスからは悪意を感じない。だから罪を償う機会を与えてあげて欲しいの」


 エミリアがそう言うのであれば、反対するつもりはなかった。

 色男の行為で迷惑を被っていたのはエミリアだしな。


「いいぞ。ただし、こっちの指示には従ってもらうけど」

「ありがとう! 必ず役に立って見せる!」


 本当に心を入れ替えたのだろう。以前とは、まるで別人のようだ。

 こんな短い時間で人間って変わるものなんだな。まるででも打ったみたいだ。

 頭……? いや、違うよな。

 あの魔導具は眠っている人を目覚めさせるだけで、そんな効果はないはずだし。


「ああ……盛り上がっているところ悪いんだが、うちからも一人連れて行ってもらえるか?」


 そう言って話に割って入ってきたのはギルド長だ。

 戦力的には十分なように思えるのだが、闇ギルドって俺が思っているよりも危険な連中なのだろうか?

 あの程度の罠を回避できない時点で、冒険者以下のゴロツキ程度だと思っていたのだが……。


「別に構わないが、闇ギルドってそこまで危険なのか?」

「何人かヤバイのがいるが……このメンバーなら問題ないだろう。ひとり・・・信じられないような実力者もまじっているしな……。どっちかと言うと、後始末のことを考えてギルドも一枚噛ませて欲しいって話だ」


 テレジアの実力を一目で見抜くとは、さすがギルド長だ。

 しかし、後始末か。その辺りのことは余り深く考えていなかった。

 アインセルトくんの親父さんにでも丸投げしようと思っていたからだ。

 元は貴族のゴタゴタが原因と、エミリアも言っていたしな。

 そもそもこれ、先代の仕事じゃねと今更ながら思えてきたのだが……仕方ない。

 ここまできたら乗りかかった船だ。それに狙われているのは、どうやら俺みたいだしな。


「ヨルダです。どうぞ、よろしくお願いします」


 この前、案内してくれたギルドの女性職員だった。

 ビシッとギルドの制服に身を包んだ出来る秘書と言った感じの女性だ。

 これは恥ずかしいところを見せられそうにないと、気合いを入れるのだった。



  ◆



「闇ギルドの奴等……よりによって竜の巣・・・に手を出すとは……」


 椎名たちが去ったギルドの応接室で、深い溜め息を漏らすギルド長の姿があった。

 竜の巣と言うのは例えで、椎名の屋敷のことだ。

 冒険者ギルドは椎名にミスリル級の称号を与えたが、実際にはオリハルコン級でも足りないとギルド長は考えていた。

 しかも、そこに加えて例の噂・・・だ。

 楽園の主が椎名を本物の錬金術師であると認め、後継者に指名したという貴族の間で広まっている噂。それが事実なら、椎名の力は〈三賢者〉に迫るほどかもしれないと言うことだ。

 そのため、どうにかして椎名の階級を上げられないかと奔走していた矢先に飛び込んできたのが、今回の騒動だった。

 椎名に手を出すなど、正気の沙汰とは思えない。ロガナー家の当主が椎名の屋敷のパーティーで問題を起こし、衆前で恥を掻かされたと言う話はギルド長の耳にも入っていた。

 だからと言って闇ギルドを動かすなど、短慮な行動としか思えなかった。

 

「しかし、まいったな……。闇ギルドが壊滅すれば、楽園の裏社会は大きく混乱する。あんな奴等でも裏の秩序を保つのに、それなりに役に立ってはいたしな」


 必要悪という言葉があるが、街の秩序を保つためには闇ギルドのような存在も黙認する必要があった。

 冒険者も荒くれ者が多いが、それ以上に危険な連中が裏の世界には大勢いる。そんな法律で縛れないような連中は、更に大きな力と恐怖で抑え込むしかない。その役割を果たしていたのが、闇ギルドだ。

 ロガナー家は古くから、この国の闇を担っていた。闇ギルドの創設者がロガナー家の祖先であり、いまも闇ギルドとの関係が続いていると言う訳だ。しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。


「バカどもが……ロガナー家も、闇ギルドも、これで終わりだ」


 この一件で、裏の勢力図が大きく変わることになる。

 冒険者ギルドとして出来ることを考え、ギルド長は最悪の状況に備えるのだった。



  ◆



 以前に一度、説明したと思うが楽園の都市は六つの区画に分かれている。

 城の建っている一区に、俺の屋敷や貴族街のある二区。魔法学院や冒険者ギルドなど公共の施設が集まっている三区。主に貴族以外の一般人が生活の拠点としているのが四区と五区だ。

 四区には商店や工房などの店が集まった繁華街があり、五区には平民の暮らす住宅地が密集しているらしい。そして、ここ六区は〈裏街〉と呼ばれていて、表通りには賭け事を楽しめる酒場や娼館が建ち並ぶ煌びやかな街並みが広がっていた。

 しかし栄えているのは表通りだけの話で、治安は良くないそうだ。だから、ここに出入りするような人間はギャンブル依存症や脛に傷を持つ奴が多いと聞いて、なるほどと納得する。


「ここが闇ギルドのアジトか」


 そんな物騒な街の中心に建つ五階建ての一際大きな屋敷。

 隠れる気があるのかと言った建物だが、ここが闇ギルドのアジトらしい。

 闇ギルドって言うから、もっと地下に潜んでいるものだと思っていたのだが、こんなに目立って良いのだろうか?


「ここは娼館を兼ねてるのよ」


 そんなことを考えていると、エミリアが答えてくれた。

 なるほど。だから、これだけ大きな建物なのか。


「裏では非合法な人身売買もやっているという噂があるけどね」


 奴隷商も兼ねていると……。いろいろと救いようのない連中のようだ。

 先代も君臨せど統治せずのスタンスはいいが、こういうのを放置するのはダメだろう。

 俺が言うのもなんだが、真面目に仕事しろと言いたくなる。

 

「しかし、そうすると建物ごと押し潰すのはダメそうだな」

「……そんなことするつもりだったの?」


 逃げられても面倒だし、一気に掃除するならアジトごと片付けてしまえばいいと思っていたのだ。

 楽園のメイドたちもモンスターの巣を掃除するときは、よくやっている手だ。

 話を聞いている感じだと、遠慮の必要がない社会のゴミみたいだしな。


「なら、結界で閉じ込めてしまうか」

「え……」


 黄金の蔵と反対側の腕に装備した魔導具を起動し、結界を発動する。

 仕組みは街を覆っている結界と同じだ。

 いろいろと応用の利く魔導具で外と内を遮断し、結界内の環境を整えるのに使用されたりもする。月面都市に空気や重力があるのは、この結界で環境を整えているからだ。

 先代もこの魔導具を使って、月の環境を整えたのだろう。

 そして、空間を遮断すると言うことは、こういうことも出来る。


「結界に気付いたみたいだな」


 娼館を取り囲むドーム状の結界に気付いたゴロツキが、結界を武器で攻撃しているが無駄だ。

 この結界には物理的攻撃は勿論、魔法も効果がない。

 簡単に破れるような結界なら、都市の結界に使えないからな。

 ただまあ、デメリットもない訳じゃない。この結界、一度発動すると解除するまで動かすことが出来ないのだ。しかも、一度解除すると再起動までに相応のクールタイムがある。

 魔力消費も結構でかいしな。

 だから実戦で使えるようなものではなく、用途の限られる魔導具と言う訳だ。


「閉じ込めたのはいいけど、私たちは入れるの?」

「それは大丈夫だ。前に渡したアミュレットがあるだろう?」


 俺の屋敷には侵入者を感知する結界とトラップが仕掛けてある。

 それを回避するための御守りを、エミリアたちには持たせていた。

 この結界にも同様の仕掛けが施してあるので、同じ御守りを持っていれば出入りは自由だ。


「二人にも渡しておくか。あとで返してくれればいいから」


 黄金の蔵から取り出した御守りを、色男とギルド長の秘書にも渡す。

 それじゃあ、俺の平穏な暮らしのため、楽園の大掃除をはじめるとするか。

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