第137話 貴族の派閥

 楽園の貴族と言えど、その実態は一枚岩ではない。

 誰しもが同じ考え、同じ志を抱いていれば良いが、そうはならないのが人だ。

 人が集まれば、当然のように派閥が生まれる。

 そのため、楽園の貴族は現在三つの派閥に分かれていた。

 女王派と貴族派、そのどちらにも属さない中立派の三つに――


「当主の座を息子に譲るそうよ」


 そう話すのは、中立派の貴族を束ねるサリオン家の当主ロゼリアだった。

 三日前に開かれた貴族会議によって、ロガナー家の責任を追及する声が上がった。

 議題の内容は、王家への侮辱罪だ。

 楽園の主の後継者と認められた椎名は事実上、女王の身内として扱われる。即ち、その椎名を『成り上がり者』と揶揄することは、王家への侮辱に当たるとサリオン家が主張したのだ。

 建国の母にして偉大な神人の一人である〈楽園の主〉なくして楽園の繁栄はありえないというのが、女王派と中立派の共通見解だ。しかし、そうした考えに異議を唱えているのが、ロガナー家を頂点とした貴族派であった。

 確かに〈楽園の主〉は楽園を建国した偉大な存在だが、ここまで国を繁栄させ築き上げてきたのは貴族である自分たちであり、女王は国の象徴であるべきだと彼等は主張していた。

 ようするに女王から王権を取り上げ、自分たちが名実共に国のトップに立ち、国家の運営を主導すべきというのが彼等の主張と言う訳だ。そのため、ロゼリアは簡単に話が進むとは思っていなかったのだ。

 ロガナー家の反発。いや、貴族派の反発が予想されたからだ。

 しかし、


「あの男が引き下がったと言うのか?」


 ロガナー家の当主は引退を宣言し、当主の座を息子に譲ると回答してきた。

 それは自身の罪を認めたと言うことだ。ロガナー家の当主のことをよく知るアインセルト家の当主は、ありえないと言った反応を見せる。

 そんなに物分かりの良い男であれば、苦労はしない。パーティーに現れたのも、難癖をつけて楽園から椎名を追い出す算段を立てていたのだと考えていた。

 本物の錬金術師が現れる訳がないという思い込みと、学院の講師一人を楽園から追放するくらい簡単だと考えていたのだろう。実際それが可能なだけの力がロガナー家にはあった。

 しかし、彼は見誤った。椎名が権力でどうこう出来るような存在ではないと言うことと、既に女王と顔見知りであったことを知らなかったからだ。


「十中八九、なにかを企んでいるのでしょうね」


 アインセルト家の当主がありえないと考えるように、ロゼリアも同じ考えだった。

 これまでの貴族派の主張を考えると、このまま引き下がるとは思えないからだ。

 少なくとも彼等にとって、椎名は都合の悪い存在だ。

 表では反省しているように見せて、裏で暗殺者を差し向けたとしても不思議ではない。

 とはいえ、


「ねえ、貴族派がなにか仕掛けたとして、女王陛下が後継者とお認めになった方を傷つけられると思う?」

「……無理だな。面識があるからこそ言えるが、まったく底の知れない御仁だ。女王陛下が対等に扱われていると言うことは、そういうこと・・・・・・なのだと私は考えている」

「同感ね。私もよ」


 当主の二人は、椎名が神人・・である可能性が高いと考えていた。

 そもそも中立派のロゼリアですら、国の運営は貴族が担うべきだと思っていながらも〈楽園の主〉は必要だと考えていた。

 相手は人ではなく神だ。人間にどうこう出来る存在ではない。

 崇め、奉り、願いを乞うべき存在で、人の尺度で捉えて良い相手ではないからだ。

 そのことを貴族派の貴族たちは勘違いしている。数百年の歳月が神人が〈人類の守護者〉と呼ばれると同時に、決して抗えぬ天災・・であるという恐怖を記憶から薄れさせてしまったのだろう。

 

「とはいえ、なにもしない訳には行かないのよね……」


 ロガナー家の当主がなにをしようと、椎名を傷つけられるとは思えない。

 しかし、ロゼリアは女王から直接命じられたのだ。

 恐らく女王はこの機会に貴族派を処分し、国の膿を出し切るつもりでいるのだと察せられる。即ち、なにもしなければ貴族派と同様に不要な存在として切り捨てられる可能性が高いと言うことだ。


「サリオン家はシイナ様を次代の〈楽園の主〉として支持するわ」

「アインセルト家も同様だ」


 それは女王派と中立派が手を組み、貴族派の排除に動くことを意味していた。

 五百年を超える長い歴史のなかで、楽園は大きな転換期を迎えようとしていた。



  ◆



 今日は仕事が休みなので〈無形の書〉の解析を進めようと思っていたら――


「侵入者です。如何致しましょうか?」


 テレジアがまた手足の骨が砕けた犠牲者を七人も連れてきた。

 全身黒ずくめで如何にも怪しい連中だが、どうやら俺の仕掛けた罠に嵌まっていたそうだ。

 でも、手足の骨が砕けるようなトラップを仕掛けたかなと思って尋ねると――


「それは私がやりました。無力化する必要がありますから」


 うん、どのみち骨は砕かれるんだな。テレジアが過激なことはよく分かった。

 まあ、侵入者に慈悲を掛けるほど俺も優しくはないが……。前回助けたのは副会長の親父さんだったからと言うのと、少し侮辱されたくらいで命まで奪うのはやり過ぎじゃないかと思ったからだ。 


「それで目的は吐いたのか?」

「まだ、なにも……自害しようとしたので気絶させて連れてきましたが」


 自害って……。

 明らかに裏の人間って感じだな。

 しかし、こいつらの正体が分からないことには対処のしようがない。


「たぶん、その人たち闇ギルドの人間ね」


 そんな風に悩んでいると、エミリアが答えてくれた。

 闇ギルドとか、如何にもと言った感じの組織の名前だ。


「……闇ギルド?」

「冒険者くずれの犯罪者たちが集まっているギルドがあるのよ。暗殺、強盗、恐喝なんだって金を積めば依頼を受ける危険な連中よ。目立ち過ぎたし、シイナの命でも狙ってたんじゃないかしら?」


 なるほど、楽園にも裏社会の人間みたいなのはいるんだな。

 まあ、当然と言えば当然か。これだけ大きな街なら、悪事を働く人間もなかにはいるだろう。

 しかし、命を狙われるようなことをした覚えはないのだが……。花火・・の件があるので目立ち過ぎたというのは否定するつもりはないが、注目を集める切っ掛けとなったのは先代の所為だしな。


「拷問したところで吐かないだろうし、依頼主の名前も知らないでしょうね」 


 そんなところだろうなとは思っていたが、やはりその辺りは徹底しているようだ。

 だとすると、こいつらは用済みと言うことになるのだが――


「アインセルト家に引き渡しましょう」


 と、エミリアが言ってきた。

 状況から言って、貴族のゴタゴタの可能性が一番高いそうだ。

 俺が〈楽園の主〉の後継者に選ばれたことを快く思わない貴族がいるらしく、アインセルト家に侵入者を引き渡すことで貴族のことは貴族に対応してもらおうというのがエミリアの考えだった。

 良い案だとは思うが、アインセルトくんの親父さんには世話になりっぱなしだしな。俺の方でも打てる手は打っておきたい。


「ご主人様、私からは大掃除・・・を提案します。この手の連中は一度の失敗で諦めません。元凶を絶ってしまうのが一番かと」


 過激な発言だが、テレジアの言い分にも一理ある。

 貴族の方はアインセルトくんの親父さんに任せるとしても、闇ギルドを放置は出来ないしな。

 やはり、こういうのはテレジアの言うように元凶を叩くのが一番はやい。しかし、さすがにテレジア一人に任せるのは心配だ。多勢に無勢だから心配していると言う訳ではなく、やりすぎてしまわないかと言った方を心配していた。

 楽園のメイド――ホムンクルスの強さは俺が一番よく知っているからだ。

 昔、同じようなことがあったんだよな。

 アメリカでギャングを相手にメイドたちが大立ち回りして壊滅させる事件が――

 いつもなら面倒で丸投げするような案件だが、今回は俺も動くべきだろう。


「闇ギルドのアジトって分かるか?」

「え……ギルド長なら知っていると思うけど……」

「なら、これから聞きに行くか。エミリアは、こいつらのこと頼む」

「え、え?」

 

 危なくないのかって? 街のゴロツキに負けるほど弱くはないつもりだ。

 それに実力があるなら、犯罪に手を染めなくてもダンジョンに潜って稼げばいいだけだ。この手の連中に共通して言えることだが、モンスターに敵わないからダンジョンで得たスキルで悪事を働くと言った輩が多いのだ。

 ようするに実力的には三流以下のゴロツキが多いと言うことだ。

 実際、俺の仕掛けた罠であっさりと捕まっているしな。たいした連中でないことは見て取れる。

 基本的に平和主義のつもりだが、それが通用しない相手がいることも理解している。そう言った相手に何も対処しないのは、弱腰と見られて舐められるからな。

 テレジアの言うように、こういう連中は諦めが悪い。不法侵入だけなら対処は容易いが、街中で襲われると面倒なので潰しておいた方がいいだろう。


「主様、私もご一緒してよろしいですか?」

「オルテシアもか。ううん……まあ、いいんじゃないか?」

「ありがとうございます」


 テレジアに実力で劣ると言っても、オルテシアも弱い訳じゃないしな。

 学生にしては、それなりにやる方だ。

 経験を積ませると言う意味では丁度良いだろう。

 

「ちょっと待って! そういうことなら私も行くわ」

「え……そいつらはどうするんだ?」

「セバスさんにお願いするわ。あの人、ああ見えて元ミスリル級の冒険者だから大丈夫よ」


 セバスというのは、うちの屋敷で執事をしてくれている老紳士だ。

 佇まいから只者じゃないと思っていたけど、元冒険者だったのか。

 本当に凄い人が来てくれたものだ。


「そういうことなら、いいか。大丈夫だと思うけど、気を付けろよ」

「うん……どっちかと言うと、シーナがやり過ぎないか心配だからついていくんだけど……」

「なんか言ったか?」

「なんでもないわ……とにかく、まずは冒険者ギルドに行きましょう」


 こうして、俺、エミリア、オルテシア、テレジアの四人で、闇ギルド討伐のための臨時パーティーを組むことになるのだった。

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