第136話 覚醒の大槌
「兄様も父様も狡いです!」
週明け、学院に行くとアインセルトくんの妹がお冠だった。
怒っている理由は単純で、俺の屋敷のお披露目パーティーに参加させて貰えなかったからだ。
貴族の習わしらしく、社交界デビューは城で一年に一度開かれる建国記念の祝賀会でと決まっているそうだ。なんでもベッドで半年もの間、寝込んでいたために社交界デビューが遅れたことが原因らしい。
姿を見ないと思ったら、そんな習わしがあったとは……。どんまいとしか言いようがない。
そう言えば、パーティーに参加していなかった生徒がもう一人いたなと思い出し、姿を捜すも講義にも参加していないようなので生徒たちに何か知っていないかと尋ねてみると、
「先生、エミリア先生から聞いていらっしゃらないのですか? イスリアさんなら休学届をだして、いまは一時帰国されていますよ。帰りは一ヶ月後になるとのことです」
縦ロールのお嬢様が教えてくれた。なるほど、帰省中だからいなかったのか。
そういうことならエミリアも教えてくれたらいいのに、ああでもパーティーの準備で忙しかったしな。
今回も彼女の協力がなければ、無事に終えることは出来なかっただろう。
正直、頭が上がらないくらいエミリアには感謝している。
「そう言うことなら仕方ないな。今日の講義をはじめるか」
「先生」
出欠を取って講義を始めようとした、その時だった。
どこか思い詰めた様子で、真剣な表情を向けてくるアインセルトくん。
どうかしたのかと思っていると――
「先生に言われたことをずっと考えていたんです。騎士じゃないとダメなのかって言葉……先生がなにを伝えようとしたのか、ようやく分かった気がします」
ああ、あのことか。
俺の騎士にならなくても、他に幾らでも道はあると諭したのだ。
恐らく別の目標が見つかったのだろう。
思い留まらせた甲斐があったというものだ。
「僕はアインセルト家の人間です。いずれ父の後を継いでアインセルト家の当主になる。だから、もっと大きな視野を持たないといけない。より多くの人たちを守れるような人間になるようにと、先生は諭してくれたんですよね?」
ああ、うん……そうなのか?
そこまで深く考えてアドバイスした訳ではないのだが、それが彼の選択なら俺は応援するだけだ。
人生に正解なんてないからな。
結局、自分が納得できるかどうかだと俺は考えている。
「自分でそう決めたのなら頑張れ。応援してる」
「はい! あの……それで……」
まだ何かあるようで、どこか話し難そうにするアインセルトくん。
他の生徒たちも様子がおかしいと思っていると、
「僕たちは、まだ先生にいろいろと教わりたいと思っています。だから……先生、学院を辞めたりしませんよね?」
突然そんなことを訊かれるのだった。
◆
どうやら俺が学院を辞めるという噂が広まっているらしい。
どうして、そんなことにと思っていると――
「先日のパーティーの噂が広まっているからだと思うわ」
と、学院の食堂で一緒に昼食を取りながらエミリアが理由を説明してくれた。
先代が後継者に俺を指名したという噂が、貴族の間で広まったことが原因らしい。
そこから憶測を呼び、学院の講師を辞めるという話に繋がったそうだ。
なるほど、先代の所為と言う訳か。
「それで、どうするの?」
「どうするもなにも、楽園の後継者になったら講師を続けたらダメな決まりでもあるのか?」
「そういうのは特にないけど……」
ここを辞めたら無職になるしな。
先代の後継者と言っても、俺自身が偉い訳じゃないしな。
貴族と言う訳でもないし、国から給金を貰っている訳でもない。
その辺りを考えると、いま仕事を辞めるのは得策と思えなかった。
それに――
「せめて、自分の生徒くらいは最後まで責任を持ちたいしな」
生徒たちのためにも、中途半端に投げ出すような真似はしたくなかった。
アインセルトくんたちは、次が四回目の試験だ。
半年後の試験に合格すれば、卒業資格を得ることが出来る。
それまでは学院の講師を続けたいと思っていた。
「シーナらしいわね」
「エミリアはどうするつもりなんだ?」
「私も続けるつもりよ。辞める理由もないしね」
そりゃそうだよなと、エミリアの話を聞いて頷く。
ブラックな職場ならともかく学院の講師はかなり待遇が良い。
メニューは限定されるが学食は無料で、講義も受け持った生徒だけ教えていればいいので週に三回しか仕事をしなくていい。それで一般的な仕事よりも高い給料を貰えるのだ。
先日の試験監督も特別手当が支給されたしな。
正直かなり割の良い仕事だと思っている。
この仕事を紹介してくれたシスターには、感謝してもしきれないくらいだ。
「そう言えば、妹は帰省中なんだって?」
「ええ、霊薬を届けてくれるように頼んだのよ。それにアドリスのことを長老会に報告する必要もあるから。本当は私が行くつもりだったのだけど、パーティーの準備があったでしょ?」
自分が行くから姉さんは先生の手伝いをしてあげてと、妹が言ってくれたらしい。
エミリアを残してくれて俺も助かった訳で、妹には感謝しかない。
「しかし、あの色男。まだ目が覚めないのか」
「ええ、いまはギルドの療養所で診て貰っているわ。傷は完治しているのだけど、目覚めなくて……。神官の方が言うには、心の病が原因である可能性があるそうよ。錬金術に眠りから覚めない人を目覚めさせる薬はないのよね?」
以前にも言ったと思うが、霊薬や万能薬も心の病には効果がないしな。
錬金術と言えど、万能ではない。当然、できないことはある。
ただ、本当に打つ手がないかと言えば、
「あるにはあるんだが……」
「え、あるの?」
ない訳ではなかった。
寝ている人間を強制的に起こす魔法のアイテムならある。
しかし、使うのを躊躇するくらい見た目がアレなんだよな。
「どうしてもと言うなら貸してもいいけど……」
「貸す? 薬じゃなくて魔導具なの? なんとなく嫌な予感がするのだけど……」
その嫌な予感は当たっていた。
◆
「……本当にこれで目が覚めるのか?」
「シーナはそう言っていました。正直に言うと、少し不安ですが……」
冒険者ギルドのギルド長の手には、巨大な鎚が握られていた。
二メートル近い身長のギルド長ですら、両手で抱えなければいけないほど大きな鎚だ。
どう見ても武器にしか見えないが、これでもサポート系の魔導具らしい。
銘は〈覚醒の大槌〉と言って、その効果は――
「これで叩けば目覚めるそうです。どんな深い眠りでも一発だと……」
眠っている人間を叩き起こす。それだけだった。
この大槌で殴れば、どんな深い眠りについている人間でも飛び起きると、エミリアは椎名から説明を受けていた。
しかし眠りから覚めるどころか、トドメを刺してしまいそうな見た目にギルド長も躊躇する。
「……どうしてもやらないとダメか?」
「覚悟を決めてください。それとも、私たちにやらせるつもりですか?」
ギルドの女性職員にしてサブマスター。ヨルダの言葉に何も反論できず、唸るギルド長。もしもの時のことや立場的な問題も考えると、自分がやるしかないと言うのはギルド長も分かっていた。
それに本当はエミリアがやろうとしたのだが、ギルド長が待ったをかけたのだ。
自分が代わりにやると言ったからには、今更あとには引けない。
「……悪いな。死んでも化けて出てくれるなよ?」
そして――
「うおおおおおおお!」
ベッドに横たわるアドリスの頭目掛けて、一気に大槌を振り下ろすのだった。
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