第135話 並行世界

「異世界って、どういうことだ? ここは過去の世界じゃないのか?」

「無形の書を使われたのは、ダンジョンの中ではありませんか?」


 確かにシスターの言うように、俺が黒い魔導書を開いたのはダンジョンの中――楽園だった。

 しかし、それと異世界の話にどういう関係があるのかと思っていると――


「ここはシイナ様の生まれ育った世界の過去ではなく、ダンジョンから見た過去の世界です」


 そう説明するシスターの話を聞いて、もしかしたらという考えが頭を過る。

 俺は大きな勘違いをしていたのかもしれないと気付かれたからだ。

 現代の地球に魔法文明の痕跡が残っていない理由。

 そして、大災厄によって世界が滅びたというユミルの話と、ここがダンジョンから見た過去の世界だと言うシスターの話が確かなら、そこから辿り着く答えは一つしかないからだ。


「異世界って、そういうことなのか? もしかしてダンジョンと言うのは、俺たちの世界だけじゃなく幾つもの世界で起きている現象なのか?」


 一つの世界ではなく、複数の世界で起きている現象なのだとすれば――

 これまで感じていた違和感に説明が付く。


「理解が早くて助かります。正確には異世界ではなく異なる歴史を辿った並行世界の一つと言う方が正しいかと思いますが……」


 地球や月の存在から察していたが、やはり並行世界なのか。

 俄には信じがたいような話だが、シスターが嘘を言っているとは思えない。

 それにダンジョンがあるのだから、並行世界が存在しないとも言い切れないだろう。

 むしろ〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉や神の試練の話を踏まえると、納得の行く話だった。


「アルカがダンジョンを封印したことで、他の世界にダンジョンが転移・・したのでしょう。恐らくはシイナ様の世界に――」

「だとすればダンジョンを封印しなければ、俺たちの世界にダンジョンが現れることはなかったと言うことか?」

「そうとも言い切れません。私たちが試練に失敗すれば世界は滅び、ダンジョンは次の世界へと転移するはずです。そうしたことを気の遠くなるような時間、繰り返してきたのだと思います。幾つもの世界を滅ぼして――」


 俺が思っていた以上に、ダンジョンは厄介な代物らしい。

 ダンジョンを創造した神と言うのは、相当にたちの悪い存在のようだ。


「だとすれば、先代が〈渡り人〉と言うのは……」

「お察しの通りです。アルカはこことは異なる世界。ダンジョンに滅ぼされた世界の人間です」


 やはり、そういうことだったのか。

 恐らく先代のいた世界は、現代の地球に近い文明を持つ世界だったのだろう。


「と言っても、こーるどすりーぷと言うもので眠っていたらしく〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉や神の試練について、アルカはなにも知らなかったようですが……。気が付いたらダンジョンで目覚め、こちらの世界にきていたと本人は言っていました」

 

 なかなか壮絶な人生を歩んでいそうな話だった。

 しかし、コールドスリープって……現代の地球よりも発展していたんじゃないか?

 先代がどこで錬金術を学んだのかずっと謎だったが、もしかするとその辺りに理由があるのかもしれない。この世界で唯一、先代だけが錬金術を使えるのは、元は異世界の技術だからと考えれば合点が行くからだ。


「でも、いいのか? 俺から聞いたことだけど、勝手にそんな話をして……」

「アルカは自分のことを多くを語ろうとしないでしょうし、これからのことを考えればシイナ様はもっとダンジョンのことを知っておくべきだと思いますので。ただ、一つだけお願いがあります」


 ダンジョンについて、確かに俺は知っていることが少ない。

 もっと、いろいろと知るべきことがあると俺自身も思っていた。

 だから、いまも図書館で調べものを続けている。知らないことを言い訳にしたくはないからだ。

 しかし、


「世界を、未来を救ってください」


 想像もしなかったことを頼まれ、呆然とする。

 世界を救う? 俺が?

 でも確かにシスターの話を聞く限りでは、俺の世界にもいずれ危機が迫る可能性は十分考えられる。〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉はダンジョンの最深部に封印されていると言っても、その先に続く世界〈奈落アビス〉は今も存在し続けているからだ。

 奈落を攻略しない限り、危険が去ったとは言い難い。

 それにダンジョンを創造した神や、先代やシスターの前に現れたという天使の件もある。


「私たちに出来なかったことを、シイナ様ひとりに託すのは卑怯かもしれません。ですがシイナ様であれば、それが可能だと私は考えています。恐らくアルカも……」


 シスターの話を聞いて、右腕に装備した〈黄金の蔵〉に視線を落とす。

 先代が多くの魔導書や魔導具を残した理由が、少し分かった気がしたからだ。

 だからこそ、


「約束はできない」 


 出来るかどうかも分からないことを軽い気持ちで約束するべきではないと考えた。


「俺は俺にできることを精一杯やるだけだ」


 やれるだけのことはするつもりだが、俺ひとりに出来ることには限界がある。

 でも、まったく自信がない訳ではなかった。

 俺ひとりなら無理かもしれないが、ユミルたちがいるからだ。


「その言葉が聞けただけで十分です。安心して、私も後のことを託せます」


 フードを取り、どこか覚悟を決めた表情で笑うシスター。

 先代が女王としての責務を果たそうとしているように、シスターにも守りたいものがあるのだろう。

 俺もその覚悟に応えたいとは思うが――ん? 待てよ?

 ここが俺の世界の過去じゃないのだとすれば、歴史が変わる心配とかしなくてもいいと言うことじゃないか?

 ようするに、もっと積極的に干渉したとしても未来に影響はないと言うことだ。


「前に言ってた計画なんだけど、ちょっと内容を修正してもらってもいいか?」

「え……はい?」


 実のところ、あれからずっと考えていたことがあったのだ。

 上手く行けば〈天国の扉〉の件だけでなく、モンスターのことも解決できるかもしれない。


「なにをされるおつもりですか?」

「世界樹も、精霊も、人間も、誰一人として犠牲にしない方法だ」

「そんなことが……」


 確実に出来るとは言えない。先代とシスターの計画にケチをつけるつもりはないが、もっと良い結末を迎える方法があるのなら試して見る価値はあると思い、提案するのだった。



  ◆



「……とんでもないことを思いつくね」

「不可能だと思うか?」

「いや、試して見る価値はあると思う」


 先代の了承も得られた。これで気兼ねなく準備に専念できる。

 この計画には〈無形の書〉も必要になるしな。

 こっちは予定通り、解析を進める必要があった。


「でも、どうしてそこまで? ここはキミの生まれ育った世界じゃない。危険を冒す必要はないはずだ」

「それを言うなら先代もだろ?」

「……ティアに聞いたのか。でも、前にも言ったように私は女王だ。この国を守る責務がある。でも、キミには……」

「理由ならある。この世界には、エミリアたちがいるからな」


 この世界にはエミリアだけでなく、オルテシアやテレジア。それにシスターや先代、アインセルトくんたちもいる。他にもたくさんの知り合いがいるなかで、世界がメチャクチャになると分かっていて黙って見ていることなど、やはり俺には出来そうにない。

 その結果、どうなるかなんて後で考えればいいことだ。


「ああ、うん……それ、本人に言ってあげた方が喜ぶと思うよ」


 エミリアに? 計画のことを話しても良いのだろうか?

 ああ、でもエミリアも〈巫女姫〉の後継者って話だし、関係者と言えば関係者なのか?


「ところで、さっきから何してるんだい?」

「ん? ああ、パーティーも、もうすぐ終わりだしな。最後のシメをしようかと思って――」


 先代は俺の準備している筒状の魔導具が気になるらしい。論より証拠と言うしな。

 説明するよりも、やって見せた方が早いだろうと思い、魔導具のスイッチを押す。 

 すると――


「これは……花火・・か」


 夜空に咲く一輪の花。

 そう、俺がパーティーのシメに用意したのは花火だった。

 と言っても、花火職人と言う訳ではないので、魔導具で再現したものだが――

 光魔法でイメージを夜空に投影して、花火を打ち上げているように見せているだけだ。

 しかし視覚だけでなく音にも拘っているので、かなり再現度は高いと思う。

 これなら、きっとみんなも驚くはず――


「敵襲だ!」

「一体、どこの国が――」

「防御結界を張れる者は前へ! 魔法が飛んでくるぞ!」


 予想しなかった方向で騒ぎになっていた。

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