第134話 無礼討ち

 オルテシアとテレジアが半死半生の男たちを連れてきた。

 腕や足が変な方向に曲がっているし、一体なにがあったのかと聞いてみると――

 なんでも招待状を持っていないのに自分たちも屋敷に入れろと門のところで騒いでいたそうで、テレジアが半殺し・・・にしたらしい。事情は理解したが幾らなんでもやり過ぎじゃないかと思ったのだが、


「お断りしたところ、ご主人様を『成り上がり者』と悪し様に言うので遂……」


 俺のことを悪く言われて、遂カッとなってやってしまったとのことだった。

 楽園のメイドたちもそういうところはあるが、テレジアもか……。

 主に奉仕することは、ホムンクルスたちのアイデンティティと言ってもいい。

 だからこそ、主のことをバカにされたり貶められることを最も嫌うのだ。

 しかし、さすがにやり過ぎだ。テレジアに注意してなかった俺も悪いのだが――


「テレジアさんは悪くありません。主様のことをバカにした愚か者たちには当然の報いです」

「まあ、うん……殺されなかっただけ恩情よね」


 と思っていたのだが、テレジアの擁護に回るオルテシアとエミリア。

 え? なに? この時代では、これが普通なの?

 ああ、でも貴族社会だしな。時代劇でよく見る無礼討ちって奴だろうか?

 でも俺、貴族じゃないんだけどな。


「自分は関係ないって顔をしてるけど〈楽園の主〉の後継者と言うだけで、この国のどんな貴族よりも重要人物なんだから少しは自覚しなさいよ?」 


 そんな俺の考えを見透かしたかのように、エミリアに注意された。

 エミリアの言うように、楽園の主の後継者と言うのは否定できない。

 実際、未来では〈楽園の主〉をしているしな。


「なるほどね。うん、お取り潰しでいいんじゃない?」


 そんなことを話していると、先代が話に割って入ってきた。

 先代が手に持っているのは、高級アイスで知られるメーカーのバケツカップだ。既にお好み焼きと焼きソバだけでも十人前は食べていると言うのに、この細い身体のどこにそんなに入るのか不思議だ。

 

「お取り潰しって、やっぱり貴族なのか?」

「服装を見る限りだと、貴族だと思うよ。……貴族だよね?」


 おい、先代も分からないのかよ。

 会話に割って入ってきたから、こいつらのことを知っているのかと思った。


「陛下、お待ちください。この者たちは特級貴族のロガナー家・・・・・の当主と、その従者たちです」


 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、先代ではなくオルテシアのお袋さんだった。

 特級貴族ってなんだと思っていると、エミリアが耳打ちで教えてくれた。

 なんでも、この国の貴族は等級で分けられているらしい。一番上が特級で、その下に一級、二級、三級と続くそうだ。

 三級は一代限りの名ばかりの貴族らしいが、二級以上は子供への継承が認められているらしい。なかでも特級は建国から続くこの国で最も古い貴族で、アインセルトくんの家やオルテシアの家を入れて僅か三家しか存在しないとの話だった。

 ロガナー家って、どこかで聞いた覚えのある名前だと思っていたら副会長の家か。

 ってことは、この気絶している顎髭のおっさんが副会長の親父さん?


「だから?」


 それがどうしたとばかりの先代の態度に言葉を失い、固まるオルテシアのお袋さん。特級貴族って話を聞く限りでは相当偉いと思うのだが、相手はこの国の女王だしな。

 先代からすれば、それがどうしたって感じなのだろう。

 しかし、国の重鎮をそんなことで処分していたら国が成り立たないと思うのだが?

 そもそも、


「政治に関与しないって話じゃなかったか?」

「……痛いところを突くね。でも、その権限がない訳じゃないからね。一応、これでもこの国のトップな訳だし」


 シスターと同じで先代も君臨せど統治せずと言ったスタンスで、政治に口を挟むことは滅多にないと言ったことを聞いていた。それなのに貴族を処分していいのかと思ったのだ。


「当事者はキミなんだけど、怒ってないの?」

「いや、別に」


 なんとも思っていないというのが正直な感想だ。

 俺のためにテレジアが怒ってくれたことは嬉しいが、だからと言って目の前の男たちを酷い目に遭わせてやりたいとか、仕返ししたいかと言うと、そう言う訳でもないしな。

 そもそも成り上がり者というのは事実だし、そのくらいで怒るほど沸点は低く無いつもりだ。

 もう死にかけてるし、やり過ぎじゃないかと思っているくらいだった。

 って、このままだと本当に死んでしまいそうだな。


「エミリア、これで治療してやってくれ」

「いいの?」

「死なせるつもりはないしな」


 エミリアに霊薬を渡して、治療するように頼む。

 さすがに副会長の親父さんを死なせるのはまずいと思ったからだ。

 痛い目を見た訳だし、これで十分だろう。


「キミがそれでいいならいいけど……。でも、それはそれ、これはこれだからね。貴族なら責任の取り方は分かってるよね?」

「……拝命しました。必ずや、陛下のご期待に応えて見せます」


 先代の言葉から何かを察した様子で、深々と頭を下げるオルテシアのお袋さん。

 責任まで求めていないのだが、貴族は貴族でいろいろとあるのだろう。

 そこまで口を挟むのは違う気がして、黙って見ているのだった。



  ◆



「それはアルカが正しいですね」


 やり過ぎじゃないかと思ったのだが、シスターもエミリアたちと同じ考えらしい。

 先代が問題を起こした貴族を処分するのも適切だと考えているようだ。

 ちなみに開始から既に五時間が経過していて、そろそろパーティーも終わりを迎えようとしていた。

 そのため、最後の仕上げの準備をしようと工房に必要な道具を取りに戻ったら、調理場でアイスクリームを食べているシスターを見つけたと言う訳だ。会場にだしていたアイスクリームは全部なくなったらしい。

 そういや、先代もバケツアイスを一人で食べてたしな……。しかし、調理場の冷凍庫に入れておいた予備のアイスにまで目を付けるとは、女性の甘い物に対する執着心を甘く見ていたかもしれない。


「私もシイナ様に無礼を働く者がいれば、問答無用で処分するでしょうから」


 アイスを食べながら物騒なこと口にするシスター。

 それ、俺のためじゃなくてアイスのためじゃありませんよね?

 とはいえ、身分制度が常識の時代だしな。現代人の感覚では考えられないが、無礼討ちは当然と言う考えがあるのだろう。

 問題はその無礼討ちされた相手が平民ではなく貴族と言う点だが……。

 エミリアも言っていたが〈楽園の主〉の後継者と言うのは、この国では相当に立場が上らしい。俺自身にその気がなくとも、気を付けないと今回と同じような被害者が増えそうだ。

 時代と言えば、気になっていたことをシスターに尋ねる。

 俺たち以外に人はいないし、丁度良い機会だと思ったからだ。


「ちょっと気になったんだけど、俺以外にも過去に跳ばされてきた未来人がいるのか?」


 そう思ったのには理由があった。

 焼きソバとお好み焼きを知っていたみたいだし、懐かしい味だと先代は言っていたからだ。それに楽園の地下研究所の設備が余りに充実しすぎていることに、以前から違和感を覚えていた。

 風呂はシャワー付きで、自動ドアや自販機のようなものまであったしな。

 構造が簡単なものなので魔導具で再現できなくはないが、それには元となるアイデアが必要だ。そのため、俺のように未来から過去に跳ばされてきた人がいるのではないかと思ったのだ。

 それなら先代やシスターが、俺が未来人であることを疑わなかった理由にも納得が行く。


「いえ、私が出会ったことのある未来人はシイナ様お一人です。ですが、アルカは〈渡り人・・・〉なので」


 想像と違った答えが返ってきた。

 先代が〈渡り人〉って、どういうことだ?


「その話をする前にシイナ様はこの世界を見て、どう思われますか?」

「どうって……特に不満はないけど」


 二万年も昔にしては生活に不自由を感じないし、文化水準は現代の地球とそれほど差が無いように思う。

 しかし、科学と魔法で文明の根幹となる技術に違いはあれど、人間のすることだ。

 行き着く先は同じような社会になるのではないかと、そう考えていた。

 

「そう、遥か未来から来られたシイナ様でも大きな不満を抱くことなく生活できる程度には、この世界の文明は発展しています。楽園が特別そういう環境にあると言うのは否定するつもりはありませんが、この世界には未来にはない独自の文化・・・・・がある」


 シスターの言っていることがよく分からなかった。

 それは魔法文明なのだから、当然のことのように思っていたからだ。


「固定観念が邪魔をして、シイナ様でも気付けないようですね。では、はっきりと申しましょう。この世界はシイナ様から見れば、確かに過去の世界です。しかし、それと同時に――」


 異世界でもあるのですよ、とシスターは衝撃の事実を語るのだった。

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