第133話 天災と教訓

「元気にやっているようね。給仕服・・・がよく似合っているわ」

「はい。貴族の生活より、こちらの方があっているようです」


 久し振りの母と娘の再会のはずだが、妙な緊張感が漂っていた。

 二人とも笑顔なのだが、ギスギスしているというか……。

 親子喧嘩して家を追い出されたと言っていたしな。いろいろとあるのだろう。

 家族の問題だし、俺が口を挟むことではない。

 そう分かっているはずなのだが――


「彼女はよくやってくれていますよ。とても助かっています」


 俺が口を挟んだことで戸惑った様子を見せるオルテシアのお袋さん。

 家族の話に口を挟まれて戸惑う気持ちは分かる。ただ、この件は俺も無関係とは言えないので、誤解を解いて置く必要はあると思ったのだ。

 というのも、年頃の娘が家出をしたと思えば、男の家に転がり込んでいたのだ。

 年頃の娘を持つ親子さんが怒ったり心配する気持ちも理解できるんだよな。

 しかし、俺とオルテシアはそういう関係ではない。雇用主と使用人の関係だ。だからオルテシアがメイドとして役に立っていることを説明すれば、お袋さんも安心するはずだと考えてのことだった。

 

「ですから、どうか安心してください」

「それは……いえ、見苦しいところをお見せしました。どうか、お許しください」


 どうやら分かってもらえたようだ。心配したが、理解のある良い人じゃないか。

 たぶん喧嘩と言うのも、些細な行き違いが原因なのだろう。

 結婚している訳ではないが、俺にも子供レミルはいるしな。この歳になってようやく気付いたこともある。 

 親の心、子知らずと言うが、逆も然りだと――

 俺もレミルのことをちゃんと理解しているかというと、そうでもないからな。 

 オルテシアの髪のことをお袋さんが伏せるように言っていたのは、たぶん娘を心配してのことだと思うのだ。自分の子供が差別されたり迫害を受けるのを、よしとする親はいないからな。

 オルテシアが学院で酷い扱いを受ける可能性を危惧したのだろう。

 しかし子供のためだからと言って、なにも理由を説明しないのは親の怠慢だ。

 うちの両親もそういうところがあって、なにを考えているのか分からないことがよくあったしな。俺が言うのもなんだが、家族であってもコミュニケーションは大事だと思う。

 とはいえ、


「こちらこそ出過ぎた真似をしました」


 これ以上は親子の問題なので、俺が口を挟むことではない。

 出来ることなら仲直りしてくれることを願うのだった。



  ◆



 オルテシアが椎名の屋敷に転がり込んだことは、ロゼリアも知っていた。

 そうなることを見越して、オルテシアを屋敷から追い出したのだから――

 勿論、他にも理由はある。〈灰の神〉の加護を持つオルテシアに、三大貴族の一角であるサリオン家の当主を継がせる訳には行かない。そのため、元より学院を卒業したらオルテシアを廃嫡する予定を立ててはいたのだ。

 そして、それはオルテシアも承知していたことだった。

 というのも、銀色の髪が不吉の象徴など迷信だと思うかもしれないが、その迷信が民に不安を抱かせ他家に付け入る隙を与えることになる。楽園有数の貴族であるサリオン家でも、いや三大貴族の一角に数えられるサリオン家だからこそ、隙を見せる訳には行かない事情があった。

 だからサリオン家の当主として、ロザリアは非情な決断を下した。

 その結果、オルテシアが椎名の元へ行けば、アインセルト家に続いてサリオン家も椎名と繋がりを持つことが出来る。家の役に立たないと思っていた娘が、思わぬ幸運をもたらしてくれるかもしれないと期待してのことだった。

 しかし、


「……釘を刺されてしまったわね」


 そんな考えなど、椎名には見透かされていたのだとロゼリアは察する。

 ただ錬金術の才に恵まれただけの若者ではない。見た目以上の狡猾さと強かさを持った傑物だと、ロゼリアは椎名を評価する。

 いや、至高の錬金術師や〈巫女姫〉のことを考えれば、見た目通りの年齢と考えるのは浅はかだった。数百年、もしかすると数千年の時を生きている怪物である可能性は捨てきれないからだ。

 それなら椎名が本物の錬金術師あることにも説明が付く。

 だとすれば、


「あの方も神人しんじんなのかもしれないわね……」


 人の身で神の領域へと至った現人神あらひとがみ。それなら〈至高の錬金術師〉が楽園の後継者に椎名を選んだ理由にも納得が行く。もしそうなら人間如きにどうこう出来る相手ではない。人類の守護者などと呼ばれているが、神人は気分で国を滅ぼせるような怪物でもあるからだ。

 実際、国を興す前の〈至高の錬金術師〉は天災・・と恐れられ、手に負えないほど荒れていた時期があった。世界の果てに荒野が広がっているのも、二人の神人が争った後だと伝えられている。

 だから忘れてはならないと、神人を有する国に生きる人々は戒めてきたのだ。

 決して神人を利用しようとしてはならない。崇め、奉り、願いを乞うのだと――

 幼い頃からロゼリアも聞かされて育ってきた。


「でも、それが分かっただけでも大きな収穫ね」


 そのため、警告で済んだのは運が良かったと、ロゼリアは考える。

 椎名の機嫌一つで、サリオン家はこの世から消えていたかもしれないからだ。

 それだけの力が神人にはあり、それが許される存在でもある。  

 だと言うのに――


「愚かなものね」


 メイドに怒鳴っている顎髭を生やした中年の男を見つけ、ロゼリアは溜め息を吐く。話の内容を聞く限りでは、招待客でもないのに敷地に入ろうとして止められたようだ。

 しかし、それでも諦めず男は自分がロガナー家の当主だと怒鳴っていた。

 アインセルト家やサリオン家と並び、三大貴族の一角に数えられる楽園の高位貴族だ。

 当然、ロゼリアも面識のある人物だった。

 

「あの男がどうなろうと放って置いても良いのだけど、陛下もいらっしゃるし……」


 ここで見過ごせば、自分たちにも累が及ぶかもしれないとロゼリアは考える。

 無関係な者にまで責任を負わせるほど、この国の女王は横暴ではない。しかし、椎名に迷惑をかけた人物の行為を見過ごしたと知れれば、確実に心象は悪くなる。なにより、そのことで椎名との関係が悪くなるのは避けたかった。

 自分がどれほど愚かな行為をしているかを教えてやれば、あの男も引き下がるだろうと考え、ロゼリアはメイドと男との間に割って入ろうとする。

 しかし、


「ぐあッ! な、なんだ――急に身体がおも……く……」


 声をかける前に、ロガナー家の当主が倒れた。

 護衛と思しき従者たちも全員、なにか強い力で上から押さえつけられているかのように大地に横たわる。

 男たちの身体が地面にめり込んでいく光景を目にして、目を瞠るロゼリア。


「重力魔法? いえ……あれは……」


 ロゼリアは魔力視・・・に長けていた。だからこそ、目に見えない魔力を実体として捉えることが出来る。見えないのようなものが、男たちを押し潰している光景がロゼリアには見えていた。

 息を呑むほどの絶大な魔力だ。ただのメイドがこれほどの力を持っている訳がない。

 しかし銀色の髪と黄金の瞳を見て、ロゼリアはメイドの正体を察する。

 ホムンクルス――錬金術によって生み出されし、人造生命体。

 そう、メイドの正体はテレジアだった。


「き、貴様――このようなことをしてただで済むと……!」

「あなたが誰であろうと関係ありません。先程あなたは、なんと言いましたか?」

「な、なにを……」

「ご主人様のことを『成り上がり者』と、そう言ったのですよ? 私のことなら、なんと言われようと構いません。ですが、ご主人様のことを悪し様に言うのであれば――」

「ぐあああああああッ!」


 身体を押さえつける圧力が増し、絶叫を上げる男たち。

 大きく陥没する地面。腕や足が変な方向に曲がり、白眼を剥くロガナー家の当主。

 骨の砕ける音が聞こえてくるかのような惨状に、ロゼリアも言葉を失う。


「お、おい。あそこで倒れてるのって……」

「間違いない。ロガナー家の当主様だ」

「三大貴族の当主とその護衛が一方的に? あのメイドは一体……」


 さすがに他の招待客たちも騒ぎに気付いた様子で、会場が騒がしくなる。

 このままでは大変なことになると考えたロゼリアが、テレジアを止めに入ろうとした、その時。


「テレジアさん、そこまでにしてくれますか?」


 ロゼリアよりも先に、オルテシアの声が響くのだった。

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