第132話 価値観の相違

 パーティー会場の隅っこで、ひっそりと様子を窺う若者たちの姿があった。

 魔法学院の学生――椎名の生徒たちだ。

 一人だけイスリアの姿が見当たらないが、いつもの動きやすい格好と違いレイチェルとアニタはこの日のために仕立てたドレスを纏い、イグニスやソルムも貴族が着るような凝った装飾が施された正装に身を包んでいた。


「巫女姫様とも親しげだし、やっぱり凄い人だったんだな」


 周りに倣って膝をつきながら、そんな感想を抱くソルム。

 この国の女王〈至高の錬金術師〉とソルムの故郷である〈青き国〉の〈巫女姫〉は、世界に二人しかいない神人だ。多くの人々にとって神にも等しい存在。そんな二人と対等に話が出来る人物など、これまでは〈白き国〉の〈魔女王〉くらいしかいなかった。

 神に等しい力を持つ神人の前では、貴族も平民も大差はないからだ。


「あれは、ちょっと近付けませんね……」

「ん……無理」


 レイチェルとアニタの言うように、椎名とあの二人の間に割って入る勇気はソルムにもなかった。

 どう考えても面倒臭いことになる予感しかしないからだ。

 間違いなく、ここにいる招待客の注目を自分たちも集めることになる。注目を集めるだけならいいが、目敏い商人や貴族はソルムたちを取り込もうと、あれこれと懐柔策を講じてくるだろう。

 至高の錬金術師や〈巫女姫〉と対等に接することが出来る人物に、直接声をかけられるような勇気のある人間はそうはいないからだ。懐柔しやすい方に目を付けるのは当然だった。

 本来なら招待してくれた椎名に挨拶するべきなのだが、それが分かっているからこそレイチェルやアニタも離れた場所から様子を窺っているのだろう。


「招待してくれた先生には悪いが、これは無理だな。俺たちも――」


 早めに引き上げようと、イグニスに声をかけようするソルムだったが、


「……イグニス? あいつ、どこに行ったんだ?」


 先程まで隣にいたはずのイグニスの姿が消えていた。

 どこに行ったのかと周囲を見渡し、イグニスの姿を捜すソルム。

 そして、


「先生、今日は招待ありがとうございます! おい、ソルムにみんなもそんなところで何やってるんだ? 先生に挨拶しないと――」


 親友の恐れを知らない行動に感心すると共に、目を離したことをソルムは後悔するのだった。



  ◆



「ククッ、アハハハ! キミの生徒たちは面白いね」


 腹を抱えて大爆笑する先代を見て、イラッとさせられる。

 アインセルトくんは悪くない。律儀に挨拶をしにきてくれただけだしな。

 ただまあ、タイミングが悪かった。その所為で招待客の注目を集めてしまったのだ。

 俺も先代にやられたしな。まだ放心状態の縦ロールのお嬢様の気持ちは分かる。

 しかし、他の二人も落ち着かない様子なのに、アインセルトくんは肝が据わっているのか割と平気そうだ。大貴族の嫡男と言うだけあって、注目されるのに慣れているのかもしれないなと考えていると――


「キミ、よかったら騎士にならないか?」


 先代がアインセルトくんを勧誘して、周囲にどよめきが走る。

 いつも忘れそうになるが、先代はこの国の女王なんだよな。

 女王から直接声をかけられるってことは、近衛騎士の勧誘ってことか。

 アインセルトくんの家は貴族だし、周りの反応から察するに名誉なことなのだろう。


「いえ、遠慮します!」


 しかし、それをあっさりと断るアインセルトくん。

 先程よりも大きなどよめきが招待客に走る。

 いや、驚いているのは招待客だけではなかった。


「イグニス、正気か!? 女王陛下から直接声をかけてもらう機会なんて普通ないぞ!?」

「私の記憶している限りでは三百年振りかと。確か、アインセルト家の祖先が騎士に任命されて〈炎の魔剣〉を賜ったと……」


 茶髪エルフと縦ロールのお嬢様の話を聞いて驚く。

 三百年前って……そう言えば、先代が魔導具を他人に譲ることをやめたのが二百年前って話だったか?

 そんなに長い間、女王から騎士に任命された貴族がいないなら騒ぎにもなるか。


「女王陛下には申し訳ないけど、僕は先生の騎士になるって決めてるから」


 俺の騎士に?

 ああ、もしかすると妹のことで恩義を感じてくれているのだろうか?

 そんなこと気にしなくていいのに律儀な子だ。


「いや、俺は騎士を任命するつもりなんてないぞ?」

「……え?」


 そもそも貴族でもないしな。俺が〈楽園の主〉を継承するのは二万年後の話だ。 

 それまでアインセルトくんに待ってもらう訳にはいかないし、さすがに彼も生きてはいないだろう。


「……それは僕では実力不足と言うことですか?」

「そういうことじゃない。そもそも騎士になって、どうしたいんだ?」

「それは先生みたいに、みんなを守れる人間に――」

「それは騎士にならないと出来ないことなのか?」


 アインセルトくんには、もっと相応しい職業があると思うのだ。

 仮に俺の騎士になっても、そもそも仕事なんてないしな。

 基本的に引き籠もっているので、護衛が必要な機会はほとんどないからだ。

 それに専属の護衛なんていなくても、メイドたちがいれば十分だしな。


「まったく、女王陛下の誘いを断るとは……」

「フフッ、あなたのところの跡取りは、なかなか面白い子みたいね」

「そちらは、その跡取りを屋敷から追い出し、廃嫡したという噂を聞いているが?」

「私は子供に甘いあなたと違って、サリオン家の当主として必要な対応を取っただけよ」


 聞き覚えのある声がすると思ったら、アインセルトくんの親父さんだった。

 セミロングの波打つ髪に、髪の色と同じ赤いドレスを纏った女性と親しげに話をしていた。


「ご挨拶が遅れました。陛下並びに巫女姫様におかれましては――」

「そう言うのは、今日はいいってさっき言っただろ?」

「しかし……いえ、仰せのままに」


 アインセルトくんの親父さんと赤いドレスの女性が膝をつき、丁寧に挨拶をしようとしたところを先代が止める。うんざりとした表情をしていることからも、本気で面倒臭いと思っているのだろう。

 まあ、シスターも気にしていない様子だしな。むしろ、放って置いてくれと言わんばかりに食事に集中している。

 どうやらアイスクリームが気に入ったらしい。ちなみにケーキとアイスも〈黄金の蔵〉に仕舞ってあったものだ。この前、ギャルの妹に会いに日本へ行った時に、メイドたちのお土産として大量に買っておいたものだった。

 レギルから貰った魔法のカードがあるので、調子に乗って少し買いすぎたと思っていたのだが、まさかこんなところで役に立つとはな。

 そうだ。アインセルトくんの親父さんが来ているのなら――


「あ、それって〈神樹の酒〉だよね!?」


 と、世界樹の酒が入った大樽をだしたところで先代が食いついた。

 言い忘れていたが、この時代では世界樹の果実から作った酒を〈神樹の酒〉と呼んでいるそうだ。


「し、神樹の酒だと!?」

「精霊祭の招待客だけに振る舞われるという……」


 先代の所為で、また注目を集めてしまった。

 そう言えば、こっちだと貴重な酒という話だったな。

 自分たちだけで飲むのも気が引けるし、招待客にも振る舞っておくか。


「エミリア。この酒をみんなに振る舞ってくれるか?」

「え……いいの?」

「ああ、足りなかったら言ってくれ」


 丁度エミリアの姿が目に入ったので声をかけ、招待客に酒を振る舞うように頼む。

 こういう段取りは、彼女の方が手際がいいと思ってのことだ。


「前から気になっていたのですが、一体どのくらいの量を所有されているのですか?」


 シスターに聞かれて、すぐに答えられずに蔵の中を確認する。〈黄金の蔵〉を始めとした空間倉庫系の魔導具は、頭に思い浮かべるだけで中身を確認できるのが良い点だ。

 しかし、あらためて確認すると、まだ加工していない世界樹の実も結構余ってるんだよな。

 えっと――


「樽酒が百に、一升瓶が二千本ってところだな」

「商売でも始める気ですか?」


 いや、商売にするなら、このくらいじゃ全然足りないと思うのだが?

 なんかの番組で見たことがあるのだが、日本の成人一人当たりの酒の消費量は年間八十リットルくらいみたいな話があったはずだしな。樽酒が丁度七十リットルくらいなので現代の地球の人口を考えると、あっと言う間に品薄になるのは目に見えている。

 まだまだ世界樹の実はあるので増産しようと思えば出来るが、そんなことをしていたらいずれ世界樹の実の在庫も切れるしな。一年に何度か実をつけるとはいえ、一度に収穫できる量は多くないので、それだけでは生産が追い付かない。だから商売にしないで、友人や身内に振る舞うだけに留めているのだ。

 と言っても、これまでは振る舞うような友人もいなかったので、酒の在庫は増えていくばかりだったのだが……。楽園のメイドたちも甘い物の方が良いみたいで、余り酒は飲まないしな。


「なるほど……錬金術師様・・・・・にとっては〈神樹の酒〉もその程度・・・・の価値なのですね。女王陛下が友人のように振る舞い、対等に扱われるのも納得できます。よろしければ、私にも一杯いただけますか?」


 そう言って話しかけてきたのは、アインセルトくんの親父さんと一緒にいた女性だった。 

 どことなく見覚えのある雰囲気の女の人だなと思っていると――


「ご挨拶が遅れました。私はサリオン家当主のロゼリアと申します。いつもがお世話になっております。錬金術師様」


 オルテシアとお嬢様の母親と知って、納得させられるのだった。

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