第131話 次代の王

 あっと言う間に時間が過ぎ、パーティー当日がやってきた。

 時刻は正午過ぎ。屋敷の庭に設けたパーティー会場には、続々と招待客が集まってきていた。

 どうして屋敷の中ではなく外なのかって?

 招待客の数が想定していた数よりも遥かに多くなったこともあって、屋敷の中では手狭だったのだ。アインセルトくんの親父さんに頼まれて招待客の数を増やしたのだが、まさかこんなことになるとはな……。

 それに俺の提案したアイデアを実行するのに、外の方が都合が良かったというのも理由にあった。

 俺のアイデアと言うのは屋台・・だ。

 会場には焼きソバやお好み焼きの他、金串に肉と野菜を刺したバーベキューに、ケーキやアイスクリームなどのデザートも用意してある。

 材料は市場で仕入れたものを基本的に使ってはいるが、この時代では手に入らないものや調味料などは〈黄金の蔵〉に仕舞ってあったものを提供していた。ようするに現代の地球で購入したものだ。

 特に焼きソバやお好み焼きで使うソースの味は、簡単に再現できるものじゃないしな。

 錬金術で再現すればいいじゃないかって?

 そう簡単に上手く行くなら苦労はしない。世界樹の酒が錬金術で作れたのは、あれ自体が魔力を宿した魔法のアイテムだからだ。

 錬金術で作れるのは、あくまで魔導具や魔法薬と言った魔力を宿したアイテムだけで、地球の調味料にそんなものは含まれていないからな。俺のスキルでも〈解析〉や再現は出来ないと言う訳だ。

 それにパーティーの料理を屋台でだすようにしたのは、他にも理由があった。

 アインセルトくんの家が使用人を寄越してくれたとは言っても、これだけ招待客が多いと完璧に対応するのは難しい。しかし屋台なら給仕の必要がないので、少ない人数で対応が出来る。

 それにエミリアに確認を取ったが、目の前で調理したものを提供する形式のパーティーは見たことがないと言っていたので、物珍しさも相俟って丁度良いのではないかと考えた訳だ。


「この食欲をそそる香ばしい匂い……これは一体なんだ?」

「焼きソバです。お一つ如何ですか?」

「う、うむ。では一つ頂こうか」


 実際、招待客の反応を見る限りでは悪くなさそうだった。


「美味い! はじめて食べる味だが、甘辛く複雑に絡み合った味が素晴らしい。このソースは一体……」


 焼きソバのソースだな。

 日本の食品メーカーの努力の結晶です。


「この肉と野菜にかかっているソースも絶品だぞ。こんなに香ばしい肉を食べたのは初めてだ」

「それを言うなら、こちらのオコノミヤキ・・・・・・という料理も素晴らしい。ふんわりとした口当たりの生地に肉や細かく刻んだ野菜が練り込んであって、濃厚な黒いソースの上にさっぱりとした白いソースがよく馴染んで……」

「ソースの上にふりかけられたケズリブシ・・・・・と言うものも凄いぞ……。料理にコクと旨味を加えて見事な味の調和を実現している。この世にこのような食べ物があろうとは……。是非とも、うちの商会で取り扱いたいものだが……」


 こっちは焼き肉のタレと、お好み焼きソースにマヨネーズだな。

 ちなみにお好み焼きの上にかかっている削り節も日本で買ったものだった。

 焼き肉のタレやマヨネーズは家庭でも作れなくはないが、メーカーの味を完璧に再現できるかと言うと怪しい。化学調味料を使っているものを健康に悪いなんて言う人もいるが、俺は食事に一番大切なものは味だと思っている。

 料理が美味しくなければ、食事は楽しくない。家庭でもお手軽に店の味が食べられるようにと、食品メーカーの努力の結晶がこれらのソースには込められていると俺は思っていた。

 少々熱く語ってしまったが、アインセルトくんの親父さんが絶賛してくれた世界樹の酒も伝統的な製法ではなく錬金術を用いて作られたものだ。錬金術だってやっていることは似たようなものだしな。 


「焼きソバじゃないか! それにお好み焼きまで!? うわ、懐かしい・・・・! この味が食べられる日がまたくるなんて――」


 また一人、ソースの味の虜になった人物がいるようだ。

 しかし、聞き覚えのある声だなと思って声のした方を振り向くと、


「先代じゃないか……」


 そこには先代がいた。

 口の周りにべったりとソースをつけ、あれもこれもとメイドに注文している姿は、とてもこの国の女王には見えない。注文を受けたメイドたちも、若干引いた様子を見せているし……。

 招待客も先代に気付いて、固まって動けない様子だ。

 なにやってるんだ。この人は……。


「こんなところで、なにやってるんだ? そもそも招待状を送った記憶がないんだが?」

「あ、それだよ! それ! 酷いじゃないか!? ティアのところに招待状を送って、私には招待状をださないなんて――」


 声を掛けるなり、招待状をださなかったことに文句を言ってくる先代。

 そんなこと言われても、俺はこの国の貴族じゃないしな。

 貴族でもない一般人が、国のトップに招待状なんて送らないと思うのだが?

 シスターに招待状を送ったのは学院への紹介状を書いてもらった件と、エミリアが知り合いだったことが理由として大きい。パーティーを企画した時点で先代とは、まだ面識すらなかったしな。

 そのことを伝えると――


「いや、私たち、もう知り合いだろ? 知り合ってから結構時間が経つよね?」


 結構もなにも知り合ってから二週間くらいしか、まだ経っていない。

 それに先代の依頼で封印装置の魔法式を構築していた訳で、ずっと缶詰状態だった状況でどうやって招待状を送れと言うのか……。無茶を言わないで欲しい。

 そもそもパーティーのことは先代も知っていたはずだ。招待して欲しいなら時間は幾らでもあったのだから直接相談してくれれば良かったのに、どうして今頃になってと疑問に思う。


「はあ、だから言ったでしょう? パーティーに招待して欲しいのなら本人に確認するべきだと……。いつ誘ってくれるのかと、ずっとソワソワして待っていたんですよ。この人……バカですよね」


 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、シスターだった。

 今日はフードを被っているのかと思ったが、そう言えば呪いの件があったな。

 これだけ大勢の人がいる場所でフードを取れば大惨事になりそうだ。


「女王陛下!」

「巫女姫様もおられるぞ!」


 と、思っていたら手後れだった。

 食事の手を止め、一斉に膝をつく招待客たち。

 あれだな。やっぱり呪いとか関係ないんじゃないかと思う。

 シスターの立場を考えると、傅かれるのが当たり前になっているだろうしな。

 というか、俺も認識阻害の外套でこっそりと招待客を観察していたと言うのに、先代とシスターの所為で注目を集めてしまった。


「おい、どうにかしろよ。お前の所為だぞ」

「酷いな! 私だけじゃなくティアにも言いなよ!?」

「……私はフードを被っていますし、正体を一応隠していますから。こうなったのは、あなたの所為ですよ。アルカ」


 シスターの名誉のために、そういうことにしておこう。

 実際、認識阻害のローブを纏っている訳だし、注目を集めなければバレなかったと思うしな。

 大騒ぎした先代が一番悪い。


「ああ、どうせ私が悪いですよ。おい、キミたち。今日は無礼講だ」

「し、しかし、陛下……」

「キミたちがそんな態度だと、私が困るんだよ。二人の協力がないと世界が滅びるかもしれないのに、これで怒らせて協力してもらえなくなったら、その責任をキミたちが取ってくれるのかな?」


 おい、ちょっと待て。

 その言い方だと変な誤解が――


「陛下が〈巫女姫〉様と同等の扱いを?」

「そもそも、あの男はいつからあそこにいたんだ?」

「さっきのやり取りは見間違いではなかったのか……」

「では、やはりあの噂は……」


 案の定、妙な誤解が生まれていた。

 一斉に招待客の視線が俺に集まる。

 ニヤニヤと笑う先代を見て、意趣返しをされたのだと気付くが、


「……やってくれたな」

「自己紹介の手間が省けただろ? 感謝して欲しいね」


 深々と頭を下げる招待客たちを見て、手遅れであることを悟るのだった。

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