第130話 パーティーの準備
封印装置の魔法式を完成させた俺は、凡そ二週間ぶりに地上へ戻ってきていた。
久し振りの我が家は、やはり落ち着く。まあ、この屋敷で暮らしはじめてまだ一ヶ月ちょっとしか経っていないのだが、それだけここでの生活が充実していると言うことなのだろう。
これもエミリアとテレジアのお陰だな。
二人のお陰で充実した毎日を送れていると感謝していた。
金髪エルフのことを名前で呼ぶようになったのかって?
ああ、それは――
「主様、食後の御茶は如何ですか?」
オルテシアのことを名前で呼ぶなら付き合いの長い金髪エルフのことも、ちゃんと名前で呼ぶべきだと思ったからだ。
実際の話、もっと前からエミリアのことは名前で認識していたのだ。口にだす時はちゃんと名前で呼んでいたしな。ただ、渾名で呼ぶ方が慣れてしまっていることから金髪エルフと呼称し続けていただけだ。
渾名で覚えるのは五十年以上、続けてきたことだしな。今更、癖は抜けない。
「これ、緑茶か?」
「リョクチャと言うのですか? 巫女姫様から譲って頂いたのですが……」
緑茶があることに驚いたが、青き国の特産品だったりするのだろうか?
話を戻すが、オルテシアが屋敷でメイドをすることになった。
理由は簡単で髪の毛の件で母親と喧嘩したそうで、家を追い出されたらしい。原因の一旦は俺にもあるので、行く当てがないと言うオルテシアを放っては置けなかったと言う訳だ。
念のため、学院長には事情を伝えてあるので恐らくは問題ないだろう。それにあとは卒業試験を残すのみなので、このままここで働かせて欲しいと言うのが本人の希望だった。
魔法学院を卒業して就職希望先がメイドというのは、どうかと思うのだが……。
まあ、将来的に楽園でメイドとして働いてもらうつもりだし、予行練習と思えばいいだろう。
ただ、一つだけ腑に落ちないことがあった。
というのも、その卒業試験と言うのが――
「オルテシア。試験のことなんだが……本当に俺でいいのか?」
「はい。学院長の許可も得ています」
彼女の希望で、俺が卒業試験の
卒業試験は学院で培った成果を発表する場でもあるらしく、基本的に余程のことがなければ不合格になったりはしないそうだ。
そのため、戦闘を得意とする者であれば大半は学院の講師かギルドの冒険者が相手を務め、みんなの前で試合をするのが通例となっているとの話だった。その相手に俺が指名されたと言う訳だ。
余り戦闘は得意ではないので遠慮したいのだが、オルテシアの希望だしな。
それに学院長の許可を得ていると言うのであれば、断る理由もない。
「シーナ。ちゃんと手加減しなさいよ」
オルテシアから御茶を受け取りながら、注意を促してくるエミリア。
手加減もなにも、何度も言うようだが錬金術師は戦闘職じゃない。
魔導具で実力を補っているだけで、俺自身の戦闘力なんてたいしたことないんだけどな。
「オルテシアも無理しないようにね」
「いえ、少しでも主様に本気をだして頂けるように全力を尽くすつもりです」
真面目なオルテシアの回答に、複雑な表情を見せるエミリア。
とはいえ、オルテシアからすれば卒業が掛かっている訳だしな。余程のことがない限り不合格になることはないと言っていたが、逆に言えば不甲斐ないところを見せれば不合格もありえると言うことだ。
気合いが入るのは当然だろう。
これは俺も気を引き締めて試験の相手を務める必要がありそうだ。
「しかし、
ジト目でこちらを睨んでくるエミリア。なにか変だろうか?
楽園のメイドたちも普段からこんな感じだし、特におかしなことはないと思う。
オルテシアは住み込みで、屋敷のメイドをしてくれている訳だしな。
そもそも彼女の事情はエミリアにも話してあるはずだ。
それに――
「そのことは話しただろう?
エミリアとテレジアには、昨日の内に俺の正体について教えていた。
テレジアは特に驚いた様子はなく、むしろ納得している感じだった。
一方でエミリアはと言うと理解はしてくれたのだが、微妙に納得が行っていないようで昨日から様子が少し変なのだ。彼女なら信じてくれると思っていただけに、この反応は誤算だった。
「勿論、シーナの話は信じているわよ。私が怒っているのは、そこじゃないのよ」
そうなのか?
疑われているんじゃないかと思ってショックを受けていたので、それを聞いて安堵する。
でも、それなら何が納得いかないのか、理由が分からなかった。
「彼女の事情も理解しているわよ。でも、どうしてもっと早く話してくれなかったのかと思って……」
その点については、申し訳ないと思っている。
でも、こういうのってタイミングが大事だしな。
「ご主人様。エミリア様はご主人様の秘密を知ったのが、オルテシア様の後であることを気にされているのですよ」
「テ、テレジアさん!?」
なるほど?
俺が秘密を打ち明けたのが、オルテシアの後だったことを気にしていたのか。
順番とか、そんなの気にする必要ないのに……。
まあ、それだけ俺のことを気に掛けてくれていたと言う訳か。
「事情を話したと思うが、仕方がなかったんだ。オルテシアのことは俺にも責任があるからな。それでも、エミリアには感謝してるよ。一番頼りにしていると言ってもいい」
「シーナ……うん、そうよね。ごめん、私が悪かったわ」
どうやら納得してくれたようだ。
しかし、相変わらず面倒見の良い奴だ。人が良すぎて悪い奴に騙されないかと心配になるほどだった。
その分、妹のイスリアがしっかりとしているんだろうな。
仲の良い姉妹だと本当に思う。
「それより、パーティーの準備をほとんど任せてしまったみたいで悪かったな。テレジアもすまなかった」
「いえ、ご主人様のお役に立つことが私の喜びなので、お気になさらないでください」
「そうよ。このくらいは役に立たせて頂戴」
二人には本当に感謝していた。
俺が帰ってきた時には、ほとんどパーティーの準備が終わっていたからだ。
アインセルトくんの家が寄越してくれた使用人たちも、既に屋敷で働いてくれていた。
昨日の内に挨拶は済ませたのだが、どの人も優秀そうな人たちばかりだった。
特に、あの老紳士と言わんばかりの執事さん。アインセルトくんの家に六十年仕えた大ベテランの人が来てくれたようなのだ。そんな人が手伝ってくれるなんていいのかと思ったが、息子に代を譲って志願してくれたそうだ。
話の流れから察せられるように、執事一名とメイド六名がうちの屋敷で働いてくれることになった。パーティーの手伝いと言うだけでなく、今後ずっと屋敷の管理を担ってくれるそうだ。
実際、これだけ大きな屋敷をエミリアとテレジアだけで管理するのは大変だしな。エミリアには学院の講師という仕事もあるし。だから丁度良い機会だと考え、使用人を雇うことにしたと言う訳だ。
給金については近々オークションの売り上げが入るし、足りなければまた素材を売ればいいだろう。
「ただ、まだ料理が決まってないのよね」
「そうなのか?」
「基本的なメニューは抑えてあるわ。でも、シーナの噂が広まっているから期待をされているみたいでね。招待状をだしていない貴族や商家からも問い合わせがきていて、アインセルト家が対応してくれているみたいなのよ。任された以上はシーナに恥を掻かせたくないし……」
思わぬところでエミリアとテレジアに迷惑を掛けてしまっていたようだ。
錬金術は料理のようなものだと言ったことがあるが、実際に料理が得意と言う訳ではないしな。さすがにエミリアやテレジアのようには行かないことから、二人にパーティーでだす料理は任せていたのだ。
しかし、そんなことになっていたとはな……。
「なにか目玉になる珍しい料理でもあれば良いのだけど……」
珍しい料理ね。そう言えば――
「あるぞ。なら、こういうのはどうだ」
黄金の蔵にいろいろと仕舞ってあったことを思い出し、思いついたアイデアをエミリアに話すのだった。
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