第129話 金と銀

「もう半日も休まずに作業されていますし、少し休憩されては如何ですか?」


 お茶の準備を進めながら休憩を勧めてくる生徒会長もといオルテシア。

 あれからずっと俺の助手として、身の回りの世話をしてくれていた。

 学院に戻っても大丈夫だと言ったのだが――


「この身と魂は、既に主様・・へ捧げていますので」


 と言って、頑なに譲らなかったのだ。

 まあ、明後日には地上へ戻る予定だし、オルテシアにも学院は卒業するようにと言ってあるので大丈夫だろう。

 大学を卒業間近で中退している俺が言うのもどうかと思うが、出来ることなら学校は卒業しておいた方が良いと思うのだ。それに世界が危機的な状況だからこそ、日常を大切にするべきだと思っていた。

 あの時こうしていれば良かったと、後悔してからでは遅いしな。

 ただ、一つだけ心配していることがあった。


「本当にその髪で学院に戻るのか?」 

「……変でしょうか?」

「いや、綺麗な髪だとは思うけど」


 オルテシアの髪の色だ。

 いまのオルテシアの髪は妹と同じ赤色ではなく銀髪・・に変わっていた。

 俺が前言を撤回してオルテシアをホムンクルスに改造したと言う訳ではない。魔法で赤く染めていただけで、これが彼女が持つ本来の髪の色らしい。というのも、オルテシアの一族は〈精霊の一族〉の血が混じっているらしく、加護を得た神の色が身体的特徴に現れるそうだ。

 その特徴はほとんどが髪の色に現れるそうで、オルテシアもスキルに目覚めた日に髪の毛が銀色に変わったとの話だった。

 銀色の髪は〈灰の神〉の加護を受けた不吉の象徴として知られているため、母親の命令で髪の毛を赤く染め、学院でもスキルのことは学院長以外には伏せ、ずっと隠していたそうだ。

 なのにオルテシアは姿を偽ることをやめた。

 生まれ変わると決めた以上、もう自分を偽りたくないのだそうだ。

 オルテシアの髪を見た時には驚いたが、俺自身は特に何とも思っていない。そもそもホムンクルスたちも銀髪だしな。むしろ、妙な共通点に驚かされ、〈灰の神〉に興味を持ったくらいだった。

 ただ、この件で一つだけ気になっていることがあった。


「もしかして、ホムンクルスも変な誤解を受けてるんじゃないか?」


 銀色の髪が不吉の象徴なら、ホムンクルスたちも誤解を受けているんじゃないかと思ったのだ。

 厳密には瞳の色が違うので、よく見れば違うことは分かるのだが――

 オルテシアは赤い瞳をしているが、ホムンクルスたちは例外なく全員が金色の瞳をしているからな。


「まあ、確かに誤解は受けてるね。でも、そのお陰でホムンクルスだとバレることなく人間社会に溶け込めているんだけど」


 先代の声がしたので振り返ると、オルテシアが用意してくれたお茶と焼き菓子を先に堪能していた。

 とはいえ、そういう利点もあるのかと話を聞いて納得する。


「そもそも彼女たちが銀色の髪をしているのって、生命の水が原因なんだけど」

「……生命の水ですか?」 

「そこに流れてるでしょ。黄金の液体が――」


 先代が指摘するように装置の周りには黄金色の液体が流れていた。

 ホムンクルスの材料にもなっている錬金術の素材だ。

 賢者の石から精製される液体で、謂わば生命の根源とも言える水がこれだった。


「金は繁栄と創造を、銀は死と破壊を司るみたいな話が〈精霊の一族〉に伝わっていると思うけど、金と銀はどちらも根源を同じとする力なんだよ。力の方向性が違うだけでね」


 その特徴が、ホムンクルスたちは髪と瞳の色にでているのだと先代は説明する。

 これには俺も驚かされる。ホムンクルスの特徴である銀色の髪と黄金の瞳に、そんな理由があることを知らなかったからだ。

 俺がオルテシアと一緒になって感心している姿を見て――


「いや、なんでキミが知らないんだよ……」

「先代が残した魔導書にそんなこと書かれていなかったしな」


 ツッコミを入れてくる先代に、アンタの所為だと答える。先代の遺した魔導書には錬金術のレシピは記されていた。しかし、どうしてそうなるのかと言った具体的な説明は何も書かれていなかったのだ。

 そもそもクッキング講座みたいなノリの魔導書に、そんなものが書かれているはずもない。それに三十年やそこらではレシピの再現だけで手一杯で、詳しく研究している暇なんてなかったしな。

 まあ、そもそも理由なんて分からなくても結果がでているのであれば、別にいいかなというノリだった。

 そのことを話すと――


「……普通はそんなノリで錬金術を極めたりできませんよ?」


 いつの間にか、お茶会に加わっていたシスターにまで酷いツッコミを入れられた。

 いや、レシピ通りにやるだけなら誰にだって出来るだろう?

 料理を失敗する人って、大体はレシピ通りに作っていないのが原因だ。

 それに〈解析〉を使えば構造は分かるから、あとは技術が追いついていれば再現は難しくない。繰り返し同じものを作っている内に、ここはこうした方がいいとか、これはこの素材でも代用できるんじゃないかとか、レシピを分解して構築できるようになってくるしな。

 料理のアレンジと似たようなものだ。


「アルカほどの天才はいないと思っていましたが……」

「錬金術に関する造詣の深さなら、まだ私の方が上だと思うよ。でも魔法式の構築はカルディアを凌ぐレベルだしね……。これは才能の差かなと思うよ」


 正直まだ先代を超えたと思っていないのだが、随分と高く評価されているようだ。

 先代のは半分くらいお世辞も入っていると思うけど。

 そもそも〈黄金の蔵〉と同じ魔導具を未だに再現できていないしな。

 その点から考えても、やはり先代の錬金術の腕は俺よりも上だと思う。

 ただ魔力操作の技術など、基礎的な部分では差はないようだ。

 魔法式の構築は先代が言うように、俺の方が得意みたいだしな。たぶん高度に最適化された現代のプログラミング技術を取り入れている分、この時代の魔法式よりも効率化されているのだろう。


「ああ、カルディアと言うのは〈白き国〉の〈魔女王〉のことさ。私やティアほどじゃないけど、彼女も凄い天才でね。もう百年生きていれば、私たちと同じ領域に立ててたと思うんだけど……残念でならないよ」


 十年前の〈大災厄〉で死亡したとされる〈白き国〉の女王か。

 そう言えば、先代やシスターと並んで〈三賢者〉の一人に数えられてるって話を書物で見たな。

 噂を聞く限りでは、相当に凄い人だったのだろう。

 

「それをキミ……錬金術を学んで何年だって?」

「三十年ちょっとかな?」


 質問に答えたら、なぜか大きな溜め息を漏らす先代。

 なんかバカにされている気がするのだが、そこまで変なことではないと思う。

 独学なら三十年ほどで、ここまで錬金術を極められなかったと思うしな。

 環境が整っていたことと先代の遺した魔導書のお陰だと、そこは感謝している。

 でも、この人を見ていると素直に感謝する気になれないんだよな……。


「まあ、そのお陰で助かったけどね。これで計画を実行に移せそうだ」


 先代に頼まれた封印装置についてだが、魔法式の構築は終わっていた。

 あとは最後のチェックを残すのみで、明日中にはすべて終わらせる予定だ。

 しかし、気になっていたことが一つあった。


「地上に出現したゲートをどうやって、ここに固定するつもりなんだ?」


 この装置を使えば〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉を安定させることが出来る。

 しかし、先代の話によると〈天国の扉〉は地上に出現したとのことだ。

 そのため、ダンジョンの最深部に固定するのであれば、ここに〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉を持ってくる必要がある。

 転位魔法とは離れた二つの場所を繋ぐ魔法なので、よく漫画やアニメに登場するテレポートのような魔法は存在しない。転移陣によって双方の出入り口を繋げる必要がある訳だ。

 だから〈帰還の水晶リターンクリスタル〉の転位先を書き換えるのと同じで、魔法式を改変して転位座標を変更するやり方がセオリーだ。

 当然、先代も同じことを考えているはずだが、それってようするに――


「キミが考えている通りだよ。〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉なんて大層な名前がついていても転移陣であることに変わりは無いからね。なら直接触れて転位座標を書き換えてやればいい。私のスキルなら、それが可能だ」


 億を超えるモンスターの巣に飛び込んで、魔法式を改変する必要があるってことなんだよな……。


「ホムンクルスたちにも協力してもらうから大丈夫さ。それよりキミには、もう一仕事頼みたい」

「ここで装置を見守って欲しいって言うんだろう?」

「察しがいいね」


 念には念を入れておきたいのだろう。俺が先代でもそうする。

 乗りかかった船である以上、そのくらいは協力するつもりだった。

 そうでないと、安心して元の時代に帰ることも出来ない。

 それに帰ると言っても〈無形の書〉の研究に半年はかかると思うしな。


「それで、計画はいつ実行するんだ?」

「一年後だ。各国との調整があるし、避難民を楽園で受け入れるのに時間が必要だしね。帰還の目処は立てているみたいだけど、キミもそのくらいは魔導具の開発に時間が掛かるだろう?」


 半年どころか、まだ一年は帰還できそうになかった。

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