第128話 ギアスロール

 帰還の水晶リターンクリスタルで学院に帰還したエミリアは〈巫女姫〉から預かった手紙を学院長に見せ、事の経緯を説明していた。

 試験中にイレギュラーと遭遇したことや、椎名が〈楽園の主〉の研究を手伝うことになって深層に残ったことを説明しないといけなかったからだ。それに生徒たちの追試験についても相談したいと考えていた。

 課題を達成できなかった以上は不合格という扱いになるが、事の経緯を考えると巻き込まれた生徒たちが不憫すぎる。生徒会に至っては、そもそもの課題が適正と言えるものではなく学院側の落ち度もあると考えてのことだった。


「そういうことなら全員合格でよかろう」

「え? よろしいのですか?」

「女王陛下だけでなく〈巫女姫〉様の太鼓判もあるしの。深層に辿り着ける時点で実力は申し分ない。追試験の必要はなかろう」


 学院長の対応はあっさりとしたものだった。

 まるで最初から決めていたかのような学院長の対応に、やはり今回の件に〈楽園の主〉と〈巫女姫〉の二人が関わっていることを、学院長は最初から知っていたのだとエミリアは察する。

 とはいえ、学院長の立場を考えれば、あの二人の頼みを断ることは難しい。

 恐らくは学院長も被害者なのだと察した上で、エミリアはもう一つの相談をする。


「学院長。それでオルテシアさんのことなのですが……」


 相談の内容とは、オルテシアのことだ。

 表向きは椎名の助手と言うことで、オルテシアは深層に残ることになった。

 しかし、


「分かっておる。儂も彼女の事情は把握しておるからの」

「知っておられたのですか?」

「彼女を女王陛下に引き合わせたのは儂だからの。御主はシイナ先生から話を聞いたのかの?」

「はい。それとオルテシアさんからも直接……」


 学院には話を通しておく必要があると考え、椎名はオルテシアの事情を話した上でエミリアに学院長への伝言を頼んだのだ。


「サリオン家とは遠縁で、あの子のことは幼い頃から知っておったからの。昔から才能のある子だったが、まさか〈灰の神〉の加護を受けるとはの……。そのことで苦しんでいることは知っておったが、儂ではどうすることもできんかった」


 だからオルテシアの頼みを聞き、女王陛下に引き合わせたのだと学院長は話す。

 しかし、彼女が望むような結果は得られなかった。

 女王陛下の判断が間違っているとは学院長も思っていない。

 むしろ結果が分かっていて、女王陛下――師に相談した自分の判断を悔いていた。

 結局そのことで余計にオルテシアを追い詰めてしまったと考えたからだ。


「シイナ先生には感謝せんといかんな。いや、女王陛下が本物の〈錬金術師〉であると認められたからには若様・・と呼ぶべきかの」


 オルテシアの件は学院長の立場からすれば、感謝しかなかった。

 それに〈至高の錬金術師〉が認めた以上、椎名は本物の錬金術師と言うことになる。

 それはこの国の――楽園の後継者として認められたと言うことを示していた。

 この国で暮らす者であれば、誰もが敬意を表すべき相手だ。

 一人の講師として扱うことなど、もはや出来るはずもなかった。


「彼女のことは分かった。もう学院には戻らぬと言うのだろう?」


 オルテシアの願いを学院長は知っていた。

 彼女が自らのスキルに思い悩み、灰の神に魂を捧げることを恐れていたことを――

 そのため、彼女はホムンクルスになることを望んだ。公にはホムンクルスのことは伏せられているが、楽園の三大貴族には〈楽園の主〉よりホムンクルスが一体ずつ預けられている。そこで彼女は知ったのだろう。

 ホムンクルスの錬成に人間の魂が使われていることを――

 だから、もうオルテシアは学院に戻らないと学院長は考えていた。

 錬金術によってホムンクルスに生まれ変わるということは、オルテシアという少女は人間としての生を終え、永劫の時を生きる超常の存在として生まれ変わることを意味しているからだ。

 しかし、


「いえ、十日ほど休むから追試験をするなら、その後にして欲しいと……」

「は?」


 予想しなかった話をエミリアから聞かされ、学院長は呆然とするのだった。



  ◆



 生徒会長の件だが、彼女の願いを叶えてやることにした。

 ただ条件付きではあるが――


「契約ですか?」

「そうだ。死後、キミの魂は俺が貰う。それが、この契約の内容だ」


 彼女をホムンクルスにすることに同意したが、それは死後の話だ。

 立ち合いは先代とシスターに頼んだ。


「ですが、死ぬと私は〈灰の神〉に……」

「当然その懸念はあるよな。だからキミの魂は俺が預かっておく」

「え?」


 ポカンと口を開けて驚く生徒会長。まあ、その反応が普通だよな。

 魂を預かるって言われても理解できないのは当然だ。しかし錬金術において魂とは、極めて重要な意味を持つ研究テーマだ。ここの理解を深めなければ、ホムンクルスを生み出すことなんてまず出来ない。

 だから、その研究過程で生まれた魔導具がたくさんある。

 その一つが――


「〈魂の契約書ギアスロール〉だ」


 この〈魂の契約書ギアスロール〉だった。

 魂を縛る契約書。この契約書に記されたことは絶対に遵守される。

 灰の神というのがどういう存在かは知らないが、加護を与えたから魂を寄越せなんて一方的な契約は成立しない。そのため、契約と呼べるほどの拘束力はないのではないかと考え、オルテシアを〈解析〉させてもらったのだが思った通りだった。

 それなら〈灰の神〉に魂が連れて行かれる前に、契約してしまえばいい。

 この〈魂の契約書ギアスロール〉で、生徒会長の魂を縛る。それが俺の考えた秘策だった。


「ここに血判すれば、キミの魂はギアスに縛られる」

「……そうすれば、モンスター化することもないのですか?」

「絶対とは言い切れないが、俺はその可能性が高いと考えている。それに――」


 もしもの時のために先代とシスターに立会人となってもらったのだ。

 俺が元の時代に帰ることになったとしても、先代が対処してくれるはずだ。

 先代は面倒臭そうに最後まで渋っていたが、元々は先代が彼女から乞われた願いだ。それを俺に押しつけるのであれば、このくらいは責任を取るべきだとシスターと二人で説得したと言う訳だ。

 

「わかりました。先生を信じます」


 ナイフで指を切り、契約書に親指を押しつける生徒会長。

 すると〈〈魂の契約書ギアスロール〉〉に生徒会長の身体から漏れ出た光が吸い込まれる。

 ギアスロールに吸い込まれた光は、彼女の魂の一部だ。

 これで彼女の魂はギアスに縛られ、契約の内容に従って死後に俺のもとへと送られる。

 

「この契約が果たされるのは、二万年後かもしれないけどな」

「……二万年後ですか?」

「話は聞いていたんだろう? なら察しているとは思うけど、俺は未来からきた人間だ。いまから二万年後の楽園からな」


 彼女には、正直に話しておくべきだと思った。

 シオンのように記憶を引き継げるかどうかはやってみないと分からないが、この契約が果たされれば彼女は楽園のメイドとして第二の人生を送ることになるからだ。

 そうすれば、俺にとって彼女は家族も同然だ。

 騙すような真似はしたくないし、なにより嘘は吐きたくない。


「では、先生は……」

「〈楽園の主〉だ。と言っても未来・・のって但し書きがつくけどな」


 俺の話に、納得した様子で頷く生徒会長。

 冗談のような話だが、彼女なら信じてくれるのではないかという予感はあった。

 そうでなければ、こんな話をしたりしない。頭のおかしい奴だと思われるのがオチだしな。


「……なにしてるんだ?」

「契約が果たされるのが遥か未来のことだとしても、願いを叶えて頂けるのであれば、先生に身体と心を捧げると決めていましたから。ですから、どうか私の忠誠をお受け取りください」


 片膝を突き、臣下の礼を取る生徒会長。

 そんなことを望んでやった訳ではないのだが、それで彼女が満足するのなら――


「ああ、これからよろしく頼む――オルテシア」


 自然と彼女の名を口にしていた。

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