第127話 卵が先か、鶏が先か

 無形の書は〈魔女王〉からシスターが譲られたものだ。

 それを取り引きの材料に先代が持ち掛けてくるのは腑に落ちないが、


「では、こちらをどうぞ」

「え? 先に貰ってもいいのか?」

「シイナ様を信用していますから。それにアルカが強引にお願いしたのも事実です。計画に加担している以上、その責任は私にもありますから」


 と言って、シスターが先に報酬を渡してくれたのだ。

 先代とは大違いだ。二人は大昔に喧嘩をした仲だと言う話だが、きっとそれも先代が悪かったのだろう。

 早速、無形の書について調べたいところだが、俺は約束を守る男だ。

 まずは先代から頼まれた魔法式の構築から取り掛かることにした。

 それに研究が上手くいったとして、このまま元の時代に帰るのは後味が悪い。そのため、〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉を封じれば問題がすべて解決する訳ではないが、できる範囲で協力したいとは考えていた。

 世界樹が消え、精霊がいなくなると言うことは、魔力が世界から失われて魔法が使えなくなると言うことだ。これまで魔力で動いていた魔導具も、すべて同様に使えなくなるだろう。

 楽園も例外ではない。この時代の月に魔力が満ちているのも、世界樹のお陰と言う話だった。

 そのため世界樹が失われれば、月もいずれは人の住めない星となる。

 魔法文明は終焉を迎えると言うことだ。

 それでも、先代たちの計画が成功すれば人類の滅亡だけは阻止できる。

 だが、この話を聞いて一つだけ気になることがあった。


「ダンジョンのなかに都市を造ろうしていたのは、どう言う訳だ? ダンジョンを封印するのが目的ってことは、移住のために造っていた訳じゃないのか?」

「ああ、そのことか。その様子だと街はちゃんと出来ていたみたいだね。あれは人間のための街じゃない。彼女たち――ホムンクルスの街だよ」


 魔力がなければモンスターが存在を維持できないように、魔力がなければホムンクルスも生きてはいけない。だから先代はダンジョンに街を造り、ホムンクルスたちを一緒に封じる計画を立てたのだと説明する。

 彼女たちが目覚めた時、そこで生活していけるように物資を送り込み、街を造ったと言う訳だ。 

 親心と言う奴か。先代の意外な一面を知って驚くと共に安堵する。名前をつけないで番号で呼んでいるくらいだから、もっと道具のように扱っているのかと思っていたからだ。

 その話をすると――


「情が移るから名前をつけないそうですよ。別れが悲しくなるからって」

「あ! それ、誰にも言わないって約束だろ! なんで言っちゃうかな!?」


 シスターが理由を教えてくれた。

 なるほど、思っていたよりも人間らしい一面があるようだ。

 しかし、それなら尚のこと一緒にいてやれなかったのかと思ってしまう。


「そこまで心配なら一緒にいてやることは出来なかったのか?」

「無理だよ。私はこれでも女王だからね」


 民を捨ててホムンクルスたちと一緒にいることは出来ないと先代は話す。


「何千年と生きていると言っても、魔力がなければ私たちもただの人だ。いずれ私やティアも死ぬ。それでも私たちは民を見捨てることが出来ない。なりゆきで女王になったのは確かだけど、それでも責任はあるからね。キミだって、そうなんだろう?」


 否定できなかった。俺も楽園のメイドたちを見捨てることは出来ない。

 先代が自国の民のために地上に残ることを決めたように、俺はどちらかしか選べないのだとすれば楽園のメイドたちと共にいることを選ぶだろう。

 それは俺が〈月の楽園エリシオン〉の主だから――

 彼女たちの主となった責任が、自分にはあると考えているからだ。 


「キミはそれでいい。だから安心して託せる・・・


 先代の伝えたいことが、なんとなく分かった気がした。

 俺はたぶん、この人から託されたのだ。

 自分が出来なかったことを――

 楽園のメイドたちと共にあることを――


「二人して、なんだよ。その目は……」

「いや、不器用だなと思って」

「同意します。この人は昔からそういうところがありますから」


 先代は納得行っていない様子だが、この点はシスターと同意見だった。

 なんとなくだが、ユミルたちは先代の気持ちを察していた気がする。

 道具のように扱われていたなら、あんな風に先代を慕っていないと思うからだ。

 先代の想いは、楽園のメイドたちにも受け継がれているのだろう。

 しかし――


「一度解析したことのある装置だから魔法式を再現するのは簡単だけど、これって誰が開発したことになるんだ?」

「ううん? キミの魔法式だから、キミが開発したことになるんじゃないの?」


 卵が先か、鶏が先か。

 封印装置の魔法式を構築しながら、俺と先代は共に首を傾げるのだった。



  ◆



「み、巫女姫様!?」


 床に平伏するアインセルトくんたちと、バツが悪そうな表情のシスター。

 素顔を晒していることを忘れていたらしく、目覚めたばかりの生徒たちと顔を合わせてしまったらしい。

 先代の時も生徒たちは同じような反応をしていたので、呪いの効果と言われても分からないけど。どっちかと言うと、シスターの呪いはうっかり・・・・の方じゃないかと思う。

 俺の時も、うっかりローブのフードを取っていたしな。


「みんな頭を下げてるけど、エミリアは大丈夫なのか?」

「ええ、そうでないと〈巫女姫〉様の後継者には選ばれていないわ」


 そういうものなのかと感心する。

 そう言えば、生徒会長も大丈夫そうだな。

 スキルの力なのかと思って尋ねてみると――


「あ、はい。私のスキルは認識阻害系のスキルなので……」


 同じ系統のスキルの効果は受けにくいと、生徒会長は答える。

 だからシスターの素顔を見ても平気だったと言う訳か。


「それより、さっきの話だけど……シーナはここに残るのよね?」

「ああ、悪いんだけど先に戻って、テレジアにもそのことを伝えておいてくれるか?」


 金髪エルフには、先代の研究を手伝うことになったと説明していた。

 とはいえ、二週間後には屋敷のお披露目パーティーがあるしな。

 長くとも十日程度で帰るつもりでいる。そのことはエミリアにも伝えてあった。


「これは?」

「〈帰還の水晶リターンクリスタル〉という魔導具だ。転移先は月のダンジョンの入り口に設定してあるから、使えば一瞬で街まで戻れるはずだ」


 金髪エルフたちが休んでいる間に、ここの設備を使わせてもらって〈帰還の水晶〉の転移先を書き換えておいたのだ。

 実は、あれから既に二日が経過していた。

 なかなか起きてこないから心配したが、みんな余程疲れていたのだろう。

 ちなみに例の色男は、まだ目覚めていないそうだ。

 シスターの話では精神に深いダメージを負っているらしく、このまま目覚めない可能性もあるとの話だった。どうにかしてやりたいとは思うが、霊薬や万能薬も効果がないみたいなんだよな。

 自然に目が覚めるのを待つしか無い状態らしい。

 そのため、〈青の国〉に連れて帰るという話を聞いていた。


「転移って……まあ、シーナのすることだしね」


 なにやら呆れられている気がする。

 転移魔法なら副会長もスキルの力とはいえ使っていたし、そこまで珍しいものではないと思うのだが?


「そうだ。転移と言えば、この指輪のことなのだけど……」


 俺がプレゼントした指輪を見せて、自分たちの身に起きたことを話し始める金髪エルフ。どうしてあんなところにいたのか不思議だったが、どうやら中層から転移してきたらしい。

 それも俺が渡した指輪の力で――

 確かに金髪エルフに渡した指輪には願いを叶える力がある。しかし、使えないはずの転移の魔法を金髪エルフが使ったと聞いて首を傾げる。願いを叶えるという効果は、あくまで使用者が実現可能なものに限られるからだ。

 ようするに、この指輪は不可能を可能にするものではなく最後の一押しを助けてくれる魔導具と言うことだ。


「……私にそんな力が?」

「少なくとも魔導具だけの力ではないはずだ」


 そのことを説明すると、自覚がなかったようで金髪エルフは驚いた様子を見せる。


「エミリア。もしかして、世界樹の声が聞こえたりはしませんでしたか?」

「あ、はい。確かに聞こえましたけど……」

「それですね。きっとシイナ様の指輪が、あなたのなかに眠る巫女の力を引き出したのでしょう。そして、世界樹があなたの願いに応えてくれたのだと思います」


 だから世界樹の元へと転移したのではないかと、シスターは話す。

 なるほど、確かにそう考えると筋が通っている。

 精霊は魔力のあるところなら、どんな場所にでも一瞬で移動することが出来る。

 精霊の母である世界樹なら、そのくらいのことは出来ても不思議ではない。

 そう言えば、イズンの姿も見ていないな。

 精霊はどこにでもいるから、いまも見ているのかもしれないけど――


「ああ、そうだ。生徒会長は残ってくれるか?」

「え……」


 あれから彼女の願いにどう応えるべきかを考えていたのだ。

 そして、


「条件付きだが、キミの願いを叶えてやる」


 俺なりの回答をだしたのだった。

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