第126話 灰の眷属

「オルテシア。もしかしてと思ったけど、やっぱりキミか……」


 生徒会長を見て、やれやれと言った様子で溜め息を吐く先代。

 どうやら二人は知り合いだったらしい。

 そう言えば、生徒会長の家はアインセルトくんの家と同じ貴族だったな。

 それなら面識があっても不思議ではないか。

 一応、こんなのでも先代は楽園の女王だしな。


「キミ、またなんか失礼なこと考えてない?」


 鋭い。

 元男でも女性に性転換すると勘が鋭くなったりするのだろうか?


「もういいよ……というか、よく彼女が隠れていることに気付いたね」

「普通に分かると思うが?」

「いやいや、分かる方がおかしいからね!?」


 なんとなくとしか言いようがないのだが、ぼんやりと見えるんだよな。

 魔力探知を極めれば、このくらいは誰にでも出来ると思っていた。

 先代なら余裕だと思っていたのだが、どうやら俺の方が感覚が鋭いらしい。


「彼女のスキルは〈灰被りの凶手〉と言って認識阻害系のスキルで、魔力と気配を完全に隠蔽することができるんだよね」


 なるほど、スカジの能力みたいなものか。

 しかし、凶手とか物騒な名前のスキルだな。女騎士のような見た目からは想像もつかないようなスキルだ。

 不意を突くと言う意味では、それらしい格好をするよりも効果的と思うけど。

 それにしても〈灰〉ね。確か、金髪エルフが〈灰の国〉について話してたな。

 死者の眠る国と言う話だったが、てっきり迷信の類かと思っていた。

 俺が調べた限りでは、赤、青、緑、紫、白、黒と六つの国で信仰されている神々の名しか記されていなかったからだ。これらの神の名を冠したスキルが、この時代ではユニークスキルと呼ばれていた。

 なのにスキルの名を冠している神が他にもいたことに驚きだ。


「灰の神は恐れられているので、加護を受けている者も忌み嫌われるんです。ですから……」


 隠していると、シスターの話を聞いて合点が行く。

 というか、それなら本人の許しもなしに言ってよかったのか?


「な、なんだよ。その目は……別にいいだろう? 私から言わせればスキルは所詮スキルだし、灰の神だけ差別する連中がおかしいんだよ。それにキミはそんなことで差別するような人間じゃないだろう?」


 それはその通りなのだが、それでも勝手にバラしちゃダメだろう。

 先代に友達が少ない理由が分かった気がする。

 そうだろうとは思っていたが、人付き合いが得意ではないのだろう。

 まあ、俺も人のことは言えないけど……。

 

「あの……先生……」


 どこか真剣な表情で、話に割って入ってくる生徒会長。

 反応から察するに盗み聞きしていたことを反省しているのだろう。

 しかし、こんなところで立ち話をしていた俺たちにも責任がないとは言えない。

 秘密の話をするなら、もっと別のところですることも出来たはずだしな。


「私を先生のホムンクルスにしてください」


 と思っていたのだが、意味不明な告白をされるのだった。



  ◆



「まあ、そんなことだろうとは思ったよ」


 ケラケラと笑いながら酒を呷る先代。ちなみに酒を提供したのは俺だ。

 アインセルトくんの親父さんに贈った酒の話を聞いていたらしく、「私も飲みたい」と駄々を捏ねるものだから根負けしてだしてやったと言う訳だった。

 世界樹の酒くらい自分で作ればいいのにと思ったのだが――


「ここの世界樹が実をつけるのに、まだ千年は掛かるよ? 青き国の世界樹から実を採るとティアが怒るしさ」

「当然です。世界樹を絶やす訳にはいきませんし、計画に必要だからは用意して差し上げましたが、あれは〈青き国〉の世界樹ですから」


 そういうやり取りがあった。

 俺が楽園を見つけた時には、既に世界樹は巨大な大樹に成長していたしな。その上、これまで収穫した実はすべてイズンが保管してくれていたので、かなりの量の実があったのだ。

 だから売るほどはないと言っても、俺と楽園のメイドたちだけじゃ消費しきれないほどの量の酒がある。

 と、話が脱線したが、問題は生徒会長の件だった。

 

「そんなことって……もしかして前にもあったのか?」

「二年前かな? 学院長の紹介で謁見を求めてきてね。面白そうだから会ってみたんだけど、何を言うかと思ったら自分をホムンクルスにして欲しいって頼まれてさ。最初、この子はなにを言ってるんだって耳を疑ったよ」


 そりゃ、驚くのは当然だ。

 俺も、なにを言われているのか理解できなかったしな。

 そもそも、いまだに生徒会長の考えを完全に理解できていない。

 できるできないの話をするなら、人間をホムンクルスにすることは可能だ。

 しかし、それは――


「〈霊核〉を移植するってことだしね。それも一部じゃなくて、肉体から完全に魂魄を抜き取るということだ。そんなことをすれば当然だけど――」


 人間としての生を捨てると言うことだ。

 即ち、それは先代の言うようにを意味していた。

 生まれ変わると言い換えることもできるが、一度死ぬことに変わりは無い。

 ただ――


「落ち着いたみたいです。やはり、あのスキルが理由のようですね」


 誰だって死ぬのは怖い。生まれ変わるとしてもだ。

 それでも生徒会長はホムンクルスになることを望んだ。

 そんなことを考えるに至った理由があるからだ。


「スキルに死者の魂を奪う効果とか本当にあるのか?」 


 灰の神の力を宿したものは死後その魂を神に捧げ、灰の眷属に生まれ変わるという言い伝えがあるそうだ。そして未来永劫〈灰の神〉に仕え、死者の国で過ごすことになるという話だった。

 ただの迷信じゃないかと思ったのだが、どうやら生徒会長はその話を信じているらしい。


「迷信とは言い切れないかな。実際に人間がモンスターに変わる事例があってね。その全員が〈灰の神〉のスキルを宿していたんだよ」


 それもあって〈灰の神〉の名を冠するスキルを持つ者は、疎まれるようになったと先代は説明する。

 人間がモンスターに変わるね。もしかして、ヤマタノオロチもそうだったのだろうか?

 現代のスキルはこの時代とは違う神の名を冠しているが、名が違うだけで根幹とする力は同じのはずだ。もしかするとスキルのなかには、そう言ったものがあるのかもしれない。

 だとすれば、生徒会長が死を覚悟しても生まれ変わりたいと考えるのは分からないではない。誰だって自分が化け物に変わる姿を想像すれば、恐れるのは当然だからだ。

 

「それだけが理由ではないようです。夢で見るそうなのです。モンスターとなり自我を失った自分が家族を手に掛ける姿を――。スキルに目覚めてからずっと、同じ悪夢にうなされていると言っていました」


 シスターの話を聞き、そんな悪夢を見続ければ無理もないかと考える。

 とはいえ、どうしたものかな。

 そういう事情なら、どうにかしてやりたいとは思う。

 しかし、シオンやサーシャの時とは事情が異なる。生きている人間をホムンクルスに転生させるというのは倫理的な問題以前に、俺もどういう結果になるのか分からないのだ。

 シオンのように記憶が継承されるかもしれないし、もしかしたら記憶を失うかもしれない。

 先代が応じなかったのは、それも理由にあるのだろう。

 記憶を失うということは、まったくの別人に生まれ変わるのと大差がないからだ。

 

「この件はキミに任せるよ」

「丸投げかよ……。生徒会長の家は楽園の貴族なんだろう? 女王なら臣下の相談くらい乗ってやれよ」

「逆だよ、逆。女王だから特定の誰かを特別扱いはできないのさ」


 言っていることは理解できる。

 理解できるのだが、面倒臭がっているだけのように見えてならない。

 そもそも魔導具の件からして、やり方が極端すぎるんだよな。

 戦争が起きたのは事実としても、他に幾らでも方法はあったはずだ。

 俺も魔導具を他人に譲渡する時は、使用者制限などの条件付けを行っている。ギャルの妹に譲渡したマジックバッグも本人しか使用できず、盗まれても自動的に転移して手元に戻ってくる魔法式を組み込んでいた。

 だから、あくまで俺の想像ではあるが、面倒臭くなって魔導具の譲渡をやめたのが真相ではないかと思っていた。


「ああ、そうそう。肝心なことを相談するのを忘れてたよ。ティアからキミがここに現れることを聞いて、待っていたのには理由があってね。実は頼みたいことがあるんだ」

「……頼み?」


 先代の言葉に嫌な予感を覚えつつも、黙って相談の内容を聞くことにする。

 ここまでの話の流れからして厄介事の予感しかしないが――


「〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉の封印をキミに手伝ってもらいたいんだ。報酬は〈無形の書〉でどうかな?」


 予想通りの厄介事というか、断れない取り引きを持ち掛けてくるのだった。 

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