第125話 為すべきこと
予想はしていた。
そもそも地上の文明が跡形もなく滅びるほどの災害となると、自然に発生したものとは考え難い。これだけ高度な文明が存在した痕跡が、なに一つ残っていないのは奇妙だからだ。
それが、地上に〈天国の扉〉が現れたことが原因だと言うなら理解できる。恐らくは重点的に人間の暮らす街や集落を狙って攻撃を加え、地上から消し去ってしまったのだろう。
近代兵器を遥かに凌駕する力を持った〈奈落〉のモンスターであれば可能だ。
だが、そうすると一つ疑問が浮かぶ。
「先代や〈
先代とユミルたちがいて滅亡を止められなかったというのが信じられないのだ。
確かに〈奈落〉のモンスターは強大だが、倒せないというほどのものではない。
いまのところ確認されているモンスターで一番強いのが神獣だが、それもユミルなら単独で撃破できるような相手だし、他の〈原初〉のメンバーでも二人以上でかかれば余裕で倒せる程度のモンスターでしかない。
それ以上のモンスターがいるなら話は別だが、〈顔無し〉と呼ばれる天使のようなモンスターが何千、何万体いようとユミルたちに勝てるとは思えなかった。しかも、そこに先代やシスターもいるのだ。
十年前の戦いで亡くなったという話だが、〈魔女王〉も二人に近い力を持っていたはず。
なのに為す術なく文明が滅ぼされたというのが理解できなかった。
「モンスターを倒すだけなら難しくないよ。でも、それが
どれだけの強者であろうと、体力と魔力は有限だ。
圧倒的な物量で消耗戦を強いられれば、勝ち目はないと先代は話す。
無限に湧くか……確かに、それが本当なら厄介な話だ。
「ああ、だから〈
「そういうこと。さすがに理解が早いね」
ダンジョンの中に〈奈落〉のゲートがあった理由が分かり、納得する。
モンスターが無限に湧き続けるのであれば、その供給元を断つのが一番が早い。
俺が先代の立場でも〈天国の扉〉の封印を真っ先に考えるはずだ。
「ここに〈
なんとなく察してはいたが、やはりダンジョンを封印したのも先代だったようだ。
天国の扉をここに封印して、ダンジョンの入り口も閉ざした。
そうすることで〈奈落〉のモンスターが地上に溢れるのを防いだのだろう。
しかし、
「その様子だと、結局地上は滅びたみたいだけどね」
そう、先代の言うように地上の文明は跡形もなく滅びてしまった。
ここにゲートがあったということは、封印が間に合わなかった訳ではないのだろう。
だとすれば、地上が滅びた可能性として考えられる回答は一つだ。
「十年前の戦いで〈
「さすがに察しが付くよね。いまは結界に封じ込められているけど、まだ地上にいるよ。その数は軽く
やはり、そういうことだったのか。
それだけの数のモンスターがいれば、人類が滅ぼされるのも納得が行く。
ようするに対応が遅すぎたのだ。
しかし既に手遅れだと分かっていて、先代は〈天国の扉〉を封印しようとしている。
ということは、まだ諦めてはいないのだろう。
「俺に手伝えることは?」
「少なくとも地上に関することならない。魔力を断つ方法もティアに任せているしね」
「……魔力を断つ?」
魔力を断つと聞いてシスターの方を向くと、彼女が先代の代わりに答えてくれる。
「〈青き国〉には精霊を生み出す大樹〈世界樹〉があります。そして魔力は精霊によって生まれ、世界樹がなければ精霊も存在できない。世界樹がなくなれば、いずれ地上から魔力は消失するでしょう。そうすれば……」
魔力がなければ活動できないモンスターも、いずれ地上から消える。
それが先代とシスターの考えた地上からモンスターを一掃するための計画だった。
下手をすると何百年も時間の掛かる計画だが、それしか方法がなかったのだろう。
そしてそれだけの時間があれば、地上の文明が消滅するのに十分な時間だ。
まさに痛し痒しだな。一矢報いるための計画と言った感じだ。
「もしかして、ホムンクルスたちがここにいないのは――」
「ああ、モンスターを封じている地上の結界を監視してもらっている。私の計算だとまだ十年は保つはずだけど、世界の半分を覆う巨大な結界だから穴もあってね。時折、結界の隙間からモンスターがでてきちゃうんだよ」
その対応にユミルたちは手一杯と言うことか。
しかし、どうしてユミルたちはそのことを覚えていなかったんだ?
先代の話が確かなら彼女たちは〈大災厄〉を経験していると言うことになる。
なのに内容について覚えていなかった。ダンジョンの楽園都市や研究施設にも〈大災厄〉や、この時代の歴史に関する記録が一切見つからなかったことも腑に落ちない。
そのことを先代に尋ねてみると――
「ホムンクルスの記憶が欠落している? それにここの記録も抹消されていた? いや、私はそんなこと――」
先代の仕業ではないらしい。いや、これからなにかしらの理由があって、ユミルたちの記憶を消した可能性があるのかもしれないが、少なくともいまの先代には心当たりがないようだ。
「……記録については分かりませんが、記憶であれば推察できます」
そう言って、俺と先代の話に割って入ってきたのはシスターだった。
「本来、シイナ様はこの時代に存在しないはずの人間です。ですから元の時代に帰ってしまえば、恐らくシイナ様に関する記憶は人々の中から失われるはずです。歴史の修正力とは、そういうものですから……」
見えない意志のようなものが、世界にはあると言うことか。
それも神と関係しているのかは知らないが、確かにそれなら納得――
「いや、でも俺はまだ先代のホムンクルスたちに会ってないんだけど?」
この時代のユミルたちに俺はまだ会っていない。これから会う可能性がないとは言い切れないが、記憶の欠落が起きると分かっているのなら会わなければ良いだけの話だ。
シスターの説明では、ユミルたちの記憶がないことに説明が付かないと思うのだが――
「確かに妙ですね。シイナ様と面識のない者たちにまで、歴史の修正力が働くとは思えませんし……それによく考えてみると、私たちの記憶まで消えるとは考え難いですから」
「どういうことだ?」
「私やアルカは世界の理から外れた存在なので、修正力の影響を受けるとは考え難いのです」
ようするに先代とシスターは、世界のルールの適用外にいると言うことか。
うん……立派な人外だな。
ユミルたちから話を聞いていたが、かなりやばい人たちだと再認識する。だとすると、やはり一番怪しいのは先代なのだが、いまの先代を問い詰めても答えは得られそうにない。
「まあ、いいか」
「悩んでいた割には軽いね……」
「あれこれと考えても、それでメイドたちの記憶が戻る訳でもないしな。結果的に〈大災厄〉のことや、ここにゲートがあった理由は分かったんだから、それでいいかなと」
ユミルたちの記憶がなくとも、必要な情報を得られたのであれば同じことだしな。
答えのでない昔のことをあれこれと悩むよりも、先のことを考えた方が健全だ。
「こんな話を聞いても、キミは絶望しないんだね」
「出来ることをするだけだしな」
絶望するもなにも、結局やるべきことは変わらないんだよな。
どのみち〈奈落〉の調査は進めるつもりだったし、自分に出来ることをするだけだからだ。
それに先代は知らなかっただけで対応を誤った訳ではない。
事前に知っていれば、準備する時間があれば、少なくともこんな結果にならなかったはずだ。
それはそうと――
「ところで、この話って他の人に聞かれても問題ないのか?」
「はい?」
「え?」
あれ? 先代とシスターは気付いていなかったのか。
てっきり気付いていて黙っているのかと思っていたのだが――
「優等生が盗み聞きとは感心しないな――
俺が声を掛けると空間が揺らめき、そこから生徒会長が姿を現すのだった。
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