第123話 神の呪い

「そう言えば、シスター。城の方に招待状を送ったと思うんだけど」

「え、はい。届いております」


 よかった。ちゃんと届いてたんだな。

 金髪エルフを疑っていたと言う訳ではなく、なにかのすれ違いで本人のもとに届いていないのではないかと心配していたのだ。

 届いていたなら返事が欲しかったというのが本音ではあるが、なにか事情があるのだろう。

 金髪エルフの話を聞いている限りでは、忙しい人みたいだしな。


「よかったら参加してほしい。シスターには世話になったし、御礼もしたいしな」

「勿論、参加させて頂きます。ですが、シスター・・・・ですか?」


 首を傾げるシスター。

 相変わらずフードで表情は窺えないが、なんとなく言いたいことは分かる。


「もしかして〈巫女姫〉の方が良かったか?」


 恐らくはシスターと言う呼び名がピンと来なかったのだろう。

 厳密には教会のシスターと言う訳ではないようだしな。

 通り名で呼んだ方がいいかと思って尋ねたのだが、


「いえ、そういうことではなく……名乗りましたよね? できれば、名前で呼んで頂ければと思うのですが……」


 なるほど、渾名や通り名ではなく名前で呼んで欲しかったと言うことか。

 いや、でもなあ……。


「名前を覚えるのが苦手なんだよな」

「いえいえ、セレスティアですよ。セレスティア! ティアでも構いません! 覚えられないような長い名前じゃありませんよね!?」


 連呼されなくても聞こえている。

 ただ、昔からそうなのだが、どう言う訳か名前を覚えるのが苦手なんだよな。

 そのため、渾名をつけて呼ぶ癖が昔から身についていた。


「本当に覚えられないのですか?」

「身内の名前なら、すぐに覚えられるんだけどな」

「なんですか、それ……」


 理由はよくわからないが、親しくなった相手の名前なら覚えられるのだ。

 基準は曖昧だが俺の感覚では家族と呼べるくらい親しい相手であれば、問題なく名前を覚えることが出来ると言った感じだ。

 楽園のメイドたちは家族同然なので、ここはまったく問題がない。

 そもそも俺が名付け親だしな。さすがに自分がつけた名前を忘れるほど物忘れは酷くないつもりだ。

 あと金髪エルフのことも、ちゃんと名前を覚えている。

 普段は慣れ親しんだ愛称を使っているが、口にだすときは名前で呼んでいた。

 金髪エルフと呼んで怒られたので必死に名前を覚えようとしたと言うのも理由にあるが、俺自身が彼女のことを家族同然に思っていることが理由としてあるのだろう。


「そう言う訳で悪いんだけど、時間をくれないか? まだ俺たち、お互いのことをよく知らないだろう?」

「それは構いませんが、えっと具体的にどうすれば……」

「そうだな。家族・・と呼べるくらい親密な仲になるのが理想なんだけど、そう簡単な話じゃないしな。そうだ。うちで一緒に暮らすか? そうすれば、もっとお互いのことを知れるだろうし」

「え……ええええええええ!?」


 城に居候しているくらいだから、住むところがないのだろう。

 うちの屋敷なら金髪エルフもいるしな。知り合いがいた方がシスターも安心できるだろう。

 それに同じ釜の飯を食えば、それはもう家族と言って良い。

 金髪エルフとも同居するようになって、親密度が増した気がするしな。

 我ながら良い案じゃないかと思ったのだが、そんなに驚くことだろうか?


「からかってませんよね?」

「そんなつもりはないんだけど……もしかして嫌だったか?」

「い、いえ、嫌と言う訳ではないのですが、物事には順序というものがですね」

「……キミたち、なにをやってるんだい?」


 どこか呆れた様子で、ツッコミを入れてくる先代。

 呆れるような話をした覚えはないんだが……。

 俺の提案、そんなに悪かったかな?


「な、なんでもありません……ええ、私は少しも動揺しておりませんよ?」


 そう言ってフードを取り、手で顔をあおぐような仕草を取るシスター。

 はじめてシスターの素顔を見たが、均整の取れた顔立ちをしていて楽園のメイドたちと遜色ないレベルの美人だ。

 精霊の一族の特徴である長く尖った耳に、金髪エルフと同じ金色に輝く長い髪。若作りなどと先代は言っていたが、見た目は二十代前半でも通用しそうなくらい若々しい。


「……ティア。フードを取ってもよかったのかい?」

「……あ」


 先代にフードのことを指摘され、しまったと言った表情で固まるシスター。

 ずっとフードを被っていたのは、やはり何か事情があったようだ。


「……もう、いいです。彼なら私の素顔を見ても大丈夫でしょうから」

「ん? どういうことだ?」

「〈認識阻害〉を付与したローブで顔を隠していないと、みんなティアの顔を見たら平伏しちゃうのさ」


 なるほど、そういうことか。

 やっぱり、ローブには〈認識阻害〉のスキルが付与してあったんだな。

 しかし顔を見せるだけで平伏されるとか、有名人は大変だなと思っていると、


「言っておきますが〈巫女姫〉だからと言う訳ではありませんよ? これは神の力を得た者が背負うごうのようなもので……謂わば、呪い・・です」


 突然、オカルト染みた話をするシスター。

 とはいえ、魔法のある世界なら呪いくらいあっても不思議な話ではない。

 実際スキルのなかには、それに近いものがあったりするしな。


「名前を覚えるのが苦手だと仰っていましたよね? それが事実ならシイナ様・・・・にかかっている呪い・・は個人の認識に影響するものなのでしょう。それが名前だけに及んでいるのかは分かりませんが……」


 まったく想像もしていなかったことを言われて驚く。

 俺が人の名前を覚えるのが苦手なのは、呪いが原因だったらしい。

 そんなバカなと思うが、確かに考えてみると人の名前だけ覚えられないと言うのは変な話だ。

 なにか不思議な力が影響していると考える方が納得しやすい。

 しかし、神の力ってなんのことだ?

 そんなものを所持している記憶はないのだが――


(あ……もしかしてスキルのことか?)


 俺のスキルは少し特殊だが、ユニークスキルに分類されるのは間違いない。そして、ユニークスキルは別名〈神の権能〉とも呼ばれている。だとすればシスターの言う〈神の力〉と言うのは、恐らくユニークスキルのことを指しているのだろう。

 ユニークスキルにそんなデメリットがあるとは知らなかったが、俺のように本人が自覚していないだけで、みんな何かしらの呪い・・にかかっている可能性があるのかもしれない。

 だとすれば、日本で出会った大入道もハゲの呪いにかかっていたのだろう。

 シオンの弟はなんだろう……。突然、裸になる呪いとか?

 そう考えると、俺の呪いは相当にマシな気がする。


「先代の呪い・・は何なんだ?」


 ふと気になったことを尋ねてみる。俺が名前を覚えるのが苦手な原因が呪いにあるのなら、同じスキルを所持している先代も呪いに侵されている可能性が高いと考えたからだ。

 もしかして、俺と同じ呪いなのだろうか?


後輩・・の質問に答えてあげないのですか? この状況で自分だけ黙っているのは、どうかと思いますよ」

「……まだ、さっきのことを根に持ってるだろう?」

「いえ、長く生きているのは事実ですから、まったく根に持っていませんよ?」


 物凄く根に持っていた。

 とはいえ、これは先代が悪いので肩を持つつもりはない。

 女性に対して年齢の話はタブーだと言うのに、それを破った先代の落ち度だ。

 先代も女なら、どうしてそのくらいのことが分からないのか……。

 自分だって年齢の話をされたら、良い気分はしないはずなのだが――


「……女……だ」


 よく聞こえなかった。

 呪いと言っても、話を聞いている限りでは嫌がらせ程度の効果でしかない。だから軽い気持ちで尋ねたのだが、先代が口にだすのも躊躇すると言うことは、それほど重い呪いに掛かっていると言うことなのだろうか?

 だとすれば、軽はずみな質問をしたと反省するのだが――


「私は元男・・だ! 女になる呪いをかけられたんだよ!」


 ユミルにしていた的外れなアドバイスの正体が、ようやく分かった気がするのだった。

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