第122話 先代と後輩

「女王陛下!」


 慌てて膝をつくアインセルトくん。

 他の皆もそのあとに続くように膝をつき、こうべを垂れる。

 そう言えば、自分がそれらしいことをしてないので忘れそうになるが〈楽園の主〉って一応は国のトップなんだよな。

 まあ、未来の楽園にはメイドたち以外に住民はいないしな。

 いま一つ実感が湧かないのは、環境的に仕方がないと思う。


「ちょっと、シーナ! なにやって――」


 そんな風に考えごとをしていると、金髪エルフに腕を引っ張られた。

 無理矢理に膝をつかされそうになったところで、


「ああ、はいいんだ」

「え……」


 先代が止めに入る。別に頭を下げるくらいはいいんだが……。

 郷に入っては郷に従うという言葉があるし、いまの俺は〈楽園の主〉でないしな。


「キミたちも堅苦しいのはなしだ。ここは王城でないからね」


 なかなか話の分かる人だった。

 エミリアや生徒たちは呆気に取られ、ポカンとした表情を浮かべている。

 まあ、一国のトップがこんなに気さくなんだから普通は驚くよな。

 だが、俺はユミルからいろいろと話を聞いているので特に驚きはなかった。

 むしろ、


「そういう面倒臭いのは城のなかだけで十分。ほんと貴族社会って面倒臭いよね。なりゆきで引き受けちゃったけど、王様になんてならなければよかったと心の底から後悔してるよ」


 想像通りの人物であった。



  ◆



「改めて自己紹介をしようか。アルカだ。キミから見れば、先代の〈楽園の主〉と言うことになるのかな?」

暁月あかつき椎名しいなだ。やっぱり気付いていたんだな。俺が未来・・からきた人間だと言うことに――」


 後輩と呼ぶから予想はしていたが、やはり正体に気付かれていたようだ。

 ここにいるのは俺と先代だけで、エミリアと生徒たちは別の場所にいる。

 二人きりで話がしたいと、先代から茶会・・に誘われたためだ。


「一目見て分かった。ティアから話を聞いた時には半信半疑だったけどね」


 知らない名前を聞いて首を傾げる。

 名前からして女性ぽいけど、知っている人物ではなさそうだと思っていると――


「セレスティアのことだよ。〈巫女姫〉と呼んだ方が分かり易いかな?」


 どうやらシスターのことだったようだ。

 そう言えば、金髪エルフが城に滞在しているみたいなことを言っていたな。

 先代と巫女姫は古くからの友人だという話を聞いた記憶がある。

 図書館で見た歴史の本には、世界の果てが荒廃するくらいの殺し合いをしたみたいなことも書いてあった気がするけど……。

 まあ、本気で殴り合うことで育まれる友情もあるよな。


「その顔。キミもあの若作りババア・・・と、いろいろとあったようだね」


 なかったと言えば嘘になるが、顔を合わせたのは一度だけなんだよな。

 というか、そんなことを言っていいのかと思っていると――


「誰が若作り・・・ババア・・・ですって?」


 本人が現れた。

 白い外套ローブを纏っていてフードを目深く被っているので表情は分からないが、それでもピキピキと青筋を立てて怒っている様子が見て取れる。

 冗談でも女性に年齢の話はタブーだと言うのに……。

 そう言えば、先代も女性だったな。なら察してほしいものだ。


「ど、どうしてここに!?」

「彼が今日、ここに来ることを教えてあげたのは誰だったかしら?」

「ぐっ……」


 先代が待ち伏せするかのように研究施設にいた理由がようやく分かった。

 シスターが〈星詠み〉で、俺の行動を予言していたと言うことか。

 話には聞いていたが、かなり凄いスキルのようだ。

 実際、二万年も先のことを予言していたしな。

 俺がここを訪れることを知っていても不思議な話ではない。


「おひさしぶりです。その様子だと、紹介状は役に立ったようですね」

「あ、はい。お陰で助かりました」


 強引に押しつけられたとはいえ、シスターの紹介状に助けられたのは事実だしな。

 そのことは、いつか御礼を言いたいと思っていたのだ。


「あらためまして、セレスティアと申します。どうぞ、お見知りおきを――」


 白いローブの上からスカートの裾を持って、優雅にお辞儀をシスター。

 さすがはと呼ばれるだけはある。

 これまでに見た誰よりも佇まいや所作が様になっていた。

 先代は……まあ、あれだ。良い意味でも悪い意味でも予想通りだったしな。


「なんかバカにされている気がするんだけど?」


 バカにはしていない。ただ、少し呆れているだけだった。



  ◆



「凄いですね。これは……」


 先代に案内された部屋を見渡しながら、レイエチェルは感嘆の声を漏らす。

 他の生徒たちも彼女と同じような反応を見せていた。

 無理もない。ボタンを押せば飲み物のでてくる自販機や自動的に開閉する扉など、中世後期から産業革命がはじまったくらいの文化水準の世界に住んでいる彼女たちからすれば、世にも珍しいものばかりだ。

 目に入るもの触れるものがすべて新鮮で、興味を惹かれるのは当然のことだった。

 

「ここの施設も凄いけど、やっぱり気になるのはシイナ先生だな。あの人、本当に何者なんだ?」


 そんななかソルムが疑問を口にする。

 誰もが疑問に思っているであろうこと――椎名の正体についてだった。

 楽園の主の気さくな態度には驚いたが、明らかに椎名を特別視していた。

 それどころか、昔からの知り合いのような親しさすら感じ取れる反応だった。

 椎名も〈楽園の主〉を前にして、少しも臆することなく対等に接していたのだ。

 そのことから、顔見知りと考えるのが普通だ。

 しかし、


「姉さん、先生と女王陛下って初対面なのよね?」 

「そのはずよ。少なくとも私はそんな話は聞いていないし……」


 そもそも知り合いなら〈巫女姫〉に会わせてくれとエミリアに頼む必要もない。

 城へ直接向かえば良い話だからだ。

 知らないフリをしていたという線も考えられるが、エミリアには椎名が嘘を吐いているようには見えなかった。


「いずれにせよ、はっきりとしたことがあるわ。女王陛下は先生のことを『後輩』と呼んでいた。それは即ち――」


 後継者だと認めたと言うことだと、オルテシアは話す。

 椎名が本物の錬金術師だと、自身の後継者たりえると認めたからこそ――

 対等に接しているのだと考えれば、すべてに説明が付くからだ。


(やはり先生なら、私の願いを叶えてくれるかもしれない)


 だからこそオルテシアは椎名なら、もしかしたらと考える。

 椎名が本物の錬金術師なら自身の願いを叶えてくれるかもしれないと、ずっと考えていたからだ。


「姉様……」


 そんなオルテシアを、どこか心配そうに見詰めるレイチェルの姿があった。

 どこか余裕がないというか、昔のオルテシアと姿が重なって見えたからだ。

 何かに取り憑かれたように、毎日ダンジョンに潜り続けていた二年前の姿と――


「シーナのことが気になるのは分かるけど、いまは身体を休めましょう」


 エミリアの言葉に頷く生徒たち。実際、限界に近かった。

 もう三日以上もダンジョンに潜り続けているのだ。

 体力的にはまだ余裕があっても、精神的な疲労は大きい。

 魔力の回復を促すためにも、まずは休息を取ることが必要だった。 

 それを証明するかのように――


「イグニス、よく寝てるね」

「ほんと……こいつは大物になるよ」


 スヤスヤと寝息を立てて、ソファーで眠るイグニスの姿があった。

 そんなイグニスを見て、アニタとソルムも欠伸を漏らす。


(やっぱり、みんな疲れていたみたいね)


 生徒たちが眠りについたのを確認して、エミリアも横になる。

 目を閉じるとすぐに睡魔に襲われ、意識が闇の中へと沈んでいく。

 限界に達していたのは、エミリアも同じなのだろう。

 だから気付くことはなかった。

 皆が寝静まるのを待って、部屋から抜け出す生徒がいることに――

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