第121話 二人の錬金術師

 結局、ドロップアイテムは手に入らなかった。

 もしかして〈特殊個体ユニーク〉はドロップを落とさないのだろうか?

 だとすると普通の個体よりも強いだけで、旨味のないモンスターと言うことになる。

 これなら、もう積極的に〈特殊個体ユニーク〉を狩らなくていいかもな。


「姉さん、本当にあいつを助けるの? このままトドメを刺しちゃった方がいいんじゃ……」

「大丈夫よ。シーナが魔気を払ってくれたから」


 金髪エルフが何かと言っているが、まったく心当たりがない。

 ああ、もしかすると魔気って黒いトロールのことか?

 だとすると、こっちでは〈特殊個体〉のことをそんな風に呼んでいるのか。

 確かに禍々しい気配を纏っていたな。

 以前、日本やロシアで見た〈特殊個体〉に雰囲気がよく似ていた。


「シーナ。アドリスを助けてくれてありがとう」

「あ、うん? まあ、気にするな。たいしたことはしていない」


 本当に不可抗力なので、御礼を言われても困る。

 実は〈アスクレピオスの杖〉の効果範囲内に冒険者がいたようなのだ。ここはダンジョンだし、冒険者がいても不思議な話ではない。それに金髪エルフの話を聞く限りでは、前にギルドで決闘を挑んできたオリハルコン級の色男らしいしな。

 らしいと言うのは、髪の色が違っていて言われるまで気付かなかったためだ。

 前には薄い金色の髪だったのに、いまは真っ白な髪の毛をしていた。

 この短期間でなにがあったというのか……。ストレスで髪の毛が抜けたり白くなるという話を聞いたことがあるし、こいつもいろいろと溜め込んでいるものがあったのかもしれない。

 そう考えると、喧嘩を売られたことも気にならなくなる。

 どちらかというと同情的な感情の方が、いまは大きくなっていた。

 

「このまま地上に戻ろうかと思ったが、ちょっと厳しそうだな」

「ごめんなさい……足を引っ張ってるわよね……」

「気にするなと言っただろ? こういう時はお互い様だ」


 怪我は回復薬で治せるが、精神的な疲労や体力までは回復しないしな。

 少しここで休んでから上を目指した方が良さそうだ。

 帰還先をサンクトペテルブルクのダンジョンに変更した〈帰還の水晶リターンクリスタル〉と、日本のダンジョンを指定したものならあるのだが、これを使うとこの時代ではどこに転移するのか分からないからな。

 月に帰りたいのに他所のダンジョンに転移してしまっては、むしろ大きな遠回りになってしまう。

 こんなことなら〈帰還の水晶リターンクリスタル〉をもっと作っておくべきだった。


「どこか休める場所があると良いのですが……」


 縦ロールのお嬢様の言うように、確かにこんなところじゃ身体も休まらないか。

 前に深層でも使った魔導具の家をだすかと思ったが、


(そういや、この近くに先代の研究施設があったはずだな)


 確認がてら、そっちに行くのもありかもしれないという考えに至る。

 施設に入れないようなら家をだせば良いだろう。

 そうと決まれば――


「休めそうな場所に心当たりがある」


 生徒たちにそう言って、記憶を頼りに研究施設に向かうのだった。



  ◆



 景色が変わっていて道が分からない可能性を心配していたのだが、この辺りは未来とほとんど変わりがなかった。

 庭園のメイドたちが植物の手入れなどは行っているが、基本的に世界樹の周辺は敢えて開発せずに自然のままの状態で管理がされている。だから変化が余りないのも当然と言えば当然だった。


「先生、この辺りに来たことがあるんですか?」

「うん? ……まあな」


 説明すると長くなるので、アインセルトくんの問いに取り敢えず頷いておく。

 来たことがあるどころか、ここに住んでいたのだが未来の話だしな。説明したところで理解できないだろうし、頭がおかしくなったのではないかと心配されるだけなので余計なことは言わない方がマシだろう。

 しかし、言われてようやく自覚するくらいにここでの生活に馴染んでしまっているが、俺はこの時代の人間じゃないんだよな。まだ、この時代でやるべきことは残っているが、やはり未来に帰るための手段くらいは確保しておくべきだろう。


(ここの研究施設を使わせてもらえないか、先代にダメ元で交渉してみるか)


 時を渡るための魔導具については既にアイデアがある。屋敷の工房でも研究は出来るが、そのアイデアをカタチにするためにも、より設備の充実した環境の方が研究が進むのは間違いない。

 弘法筆を選ばずなんて言葉があるが、錬金術に限って言えば話は別だ。

 道具を揃えたり設備を整えたり、環境を整えることも錬金術の研究には必要な作業であった。


「着いた。ここだ」

「え? なにもありませんけど……」


 アインセルトくんの言うように、確かに原っぱがあるだけだ。

 しかし、


解析アナライズ――構築開始クリエイション


 手をかざして、魔法の〈解析〉を試みる。

 隠蔽の魔法が施されているようだが、見えないだけで出入り口はここにある。

 だから、こうやって構造を解析して魔法を解除してやれば――


「え……こんなところに階段が……」


 地下への階段が現れると言う訳だ。

 昔の俺と同じような反応をするアインセルトくんを見ると懐かしくなる。

 驚いているのは、他の生徒たちも同じのようだ。

 まあ、地下への入り口がこんな風に現れたら普通はびっくりするよな。

 しかし、ここの地下には〈奈落〉のゲートがあるはずだ。

 冒険者なら知っていると思ったのだが、金髪エルフも知らなかったのか?


「生徒たちが驚いているのは分かるが、お前も知らなかったのか?」

「ええ……というか、シーナはどうしてこんなことを知っているのよ」


 未来で何度もここにきたことがあるからだが、どう説明したものか。

 やはり金髪エルフには事情を説明しておくべきかもしれないな。


「そうだな。近いうちに理由は話す。だから、もう少し待ってくれないか?」

「え、うん……シーナがそう言うのなら……」


 一緒に暮らしているし、いろいろと協力をしてもらっている。

 それに彼女ならバカにしたりしないで、真剣に話を聞いてくれるのではないかと考えるのだった。



  ◆



「副会長、そろそろ代わりましょうか?」

「いや、大丈夫だ」


 地下へと続く螺旋階段を下り始めて、そろそろ一時間が経とうしているが、例の色男はまだ気を失っていて副会長に背負われていた。

 最初はアインセルトくんが連れて行こうとしたのだが、自分が背負うと副会長が言ったためだ。

 やはり、根は悪い生徒ではないのかもしれない。アインセルトくんも第一印象は悪かったが、実際に接して見ると家族思いの好青年だったしな。副会長があんな行動を取ったのも、きっと理由があるのだろう。


「ねえ、シーナ。この階段はどこまで続いてるの? まるで、灰の国・・・にまで通じているみたいで少し怖いわ……」


 どこか不安そうな声で、そう尋ねてくる金髪エルフ。

 最初ここに連れて来られた時は、俺も似たような感想を抱いたので気持ちは分かる。

 しかし、


「もう少しだ。それより、灰の国?」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げ、金髪エルフに質問を返す。


「聞いたことがない? 死者の魂が眠る場所のことよ」


 ようするに、黄泉の国ってことか。

 この時代の人たちは国や神の名前を色で例える文化があるようなので、あの世のことをそう呼んでいるのだろう。

 しかし、灰の国か。満更、間違いとも言えないな。

 この下には〈奈落〉へと通じる〈天国の扉〉があるのだから――


「見えてきたぞ」


 黄金色の光が見えてきた。

 ここが二万年も昔であることから、内部の構造が違っている可能性も考えたのだが、どうやらほとんど一緒らしい。

 この階段を下りると各研究施設に繋がる連絡路にでることができる。

 そして、そこが〈奈落〉のゲートのある場所だった。 


「金色の光……」

「〈生命の水〉の光だ」

「……生命の水?」


 金髪エルフの疑問に、俺が答えようとした、その時だった。


「錬金術における一つの到達点――〈賢者の石〉によって精製される液体。すべての生命の根源とも呼べる水。それが、この〈生命の水〉だよ」


 凛とした女性の声が響いたのは――

 コツコツと足音を立てながら俺たちの前に姿を見せる女性。

 まるで鏡写しのように同じ黒いローブを纏った相手の姿を見て、


「アンタが〈楽園の主・・・・〉か」

「ああ、そうだ。はじめましてだな、後輩・・


 俺たちは互いの正体を察するのだった。



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