第119話 追跡者

「副会長、どうしてここに……」

「それはこちらの台詞だ。どうして、お前たちがこんなところにいる? ここは深層だぞ?」


 睨み付けるような視線でイグニスたちを問い質す副会長。

 生徒会以外に深層へ向かう課題を受けているパーティーがいるなんて話は聞いていないし、そんなことはありえないというのが彼の中の考えだった。

 黄金世代と呼ばれている生徒会のメンバーだからこそ、過去に前例のない深層のモンスターの素材を持ち帰るという難題をだされたのだと、副会長は本気で信じていたからだ。

 だからオルテシアが試験のリタイアを口にした時に反発したのだ。

 学院の期待を裏切るだけでなく、家名に泥を塗ることになると考えたのだろう。


「それはエミリア先生が……」


 転移魔法のことを説明しようと、イグニスがエミリアの名前を口にだした、その時だった。


「エミリア先生だと!?」


 副会長の態度が一変したのは――

 突然、大声を上げる副会長に驚くイグニス。

 そして、


「エミリア先生! ああ、まさかこのようなところでお会いできるとは――ダンジョンに女神とは、まさにこのこと!」


 じっと樹を見詰めたまま動かないエミリアに対して、片膝を突いて賛美を口にする副会長。

 聞こえていないのか?

 無視されているにも拘わらず、副会長はエミリアを讃える言葉を口にし続ける。

 そんな副会長の変わりようについていけず、唖然とするイグニス。

 理解が追い付かない様子のイグニスに、溜め息を交えながらレイチェルは説明する。


「ロガナー先輩は一度、エミリア先生に求婚しているんです」


 はじめて聞く話に驚くイグニス。求婚の理由は一目惚れだった。

 いまから半年ほど前。まだ学院に赴任したばかりのエミリアに副会長が一目惚れし、求婚を申し入れたのだとレイチェルは話す。

 しかし、結果は玉砕。

 当然と言えば当然だが、相手にもされなかったらしい。

 

「でも、それで余計に火がついてしまったようで……」


 自分から求婚したのがはじめてなら、誘いを断られるのもはじめての経験だったのろう。

 求婚を断られたというのに諦めず、何度もアプローチを繰り返したらしい。

 それからエミリアの信者のようになっていったのだと、レイチェルは説明する。


「え、でも……エミリア先生はシイナ先生と付き合ってるんじゃ? 同棲をはじめたって……」

「あ、バカ!」

「愛しの女神と同棲だと! ど、どういうことだ!」


 物凄い剣幕でイグニスに迫る副会長を見て、あちゃあ……と手で顔を覆うソルム。

 実のところ副会長が椎名に厳しく当たっていたのは、エミリアが休日に男とデートしていたという噂を耳にしたからだった。

 しかも、その相手が『錬金術師』を自称する噂の詐欺師だと知って、椎名への対抗心を燃やしていたのだ。

 その上、同棲しているなんて話を聞けば、冷静でいられるはずがない。


「冗談では済まない話だぞ! どういうことだ! きちんと説明しろ!」


 目で助けを求めるイグニスに、諦めろとソルムは首を横に振る。

 どう考えてもイグニスの失言が原因なだけに、自分でなんとかしろと言いたいのだろう。

 下手に庇って、矛先が自分に向かうのを避けたとも言える。

 しかし、


「その辺りにしておきなさい。二人とも、ここがどこだか忘れていませんか?」


 ソルムの代わりにレイチェルが止めに入る。

 ここが学院なら止めに入ったりしないが、いまはそんなことをしている状況ではないと考えたからだ。

 ここはダンジョンの深層だ。ダンジョン攻略の最前線にして、ミスリル級以上の冒険者がパーティーを組んで挑むような場所。それでも多くの死者をだしてきた危険地帯だ。

 くだらないことで騒いでいるような状況ではなかった。

 だと言うのに――


「邪魔をしないでくれ! いま大事な話をしているんだ!」

「……面倒臭い人ですね」


 反論してくる副会長に、レイチェルは心の底から呆れる。

 貴族の催しで顔を合わせたことくらいはあるが、学院では学年が違うこともあって会話もほとんどしたことがなかったため、ここまで面倒臭い人物だとは思っていなかったのだろう。

 普段は学生の模範となる優等生のはずなのだが、エミリアのことになると理性を失うらしい。


「エミリア先生、申し訳ありませんが……」


 自分では無理だと諦め、エミリアに声を掛けるレイチェル。

 副会長もエミリアの話なら言うことを聞くだろうと考えてのことだった。

 しかし、


「エミリア先生?」


 騒ぎにも気付いていない様子で、エミリアはずっと樹を見詰めていた。

 どことなく近寄りがたい厳かな空気を感じて、戸惑うレイチェル。しかし、このままここにいるのは危険だと考え、もう一度エミリアに声をかけようとした、その時だった。


「ねえ、レイチェル……あれ、おかしくない?」

「え……」


 アニタの言葉で、レイチェルがそれ・・に気が付いたのは――

 副会長が現れた後も、空間の揺らぎは消えずに残っていた。

 むしろ消えるどころか周囲の景色を歪ませ、影響する範囲が広がっているようにも見える。


「ロガナー先輩!」

「さっきから、なんなんだ。キミは――」

「あれ、先輩のスキルで作った転移陣ですよね?」

「は……?」


 なにを言っているんだと、自分が通ってきた転移陣に視線を向ける副会長。

 そして、どこか慌てた様子を見せる。

 

「は? いやいや、俺はこんなの知らないぞ!」


 自分が作った転移陣だと言うのに、こんなのは知らないと副会長は否定する。

 しかし、彼がこの転移陣を通って現れたことは間違いない。

 なら、これは一体どういうことなのかと疑問が頭に浮かんだ――


「ガアアアアアアアアアアアアッ!」


 その時だった。

 モンスターの咆吼が響いたのは―― 

 ビリビリと全身の毛が逆立つような悪寒がイグニスたちを襲う。

 そして、


「まさか――」


 全長三メートルを優に超える黒いトロールが、空間の裂け目から顔を覗かせる。

 その姿を見て、間違いないと確信するイグニス。

 転移陣から現れたということは、副会長がモンスターを連れてきたことになるが――


「誤解だ! 俺は何も知らない!」


 副会長の反応を見るに、嘘を吐いているようには見えなかった。

 そもそも彼がそんな真似をする理由がない。

 ここにイグニスたちがいることすら知らなかったのだから――


「……たぶん世界樹・・・の痕跡を追ってきたんだと思う」


 そんなイグニスの疑問に答えたのはイスリアだった。

 目が覚めたばかりで、まだ体調が万全ではないのだろう。

 フラフラとした足取りで立ち上がるイスリア。


「副会長は偶然、姉さんの開いた転移陣に引き寄せられただけだと思う」

「……どういうことだ?」

「簡単な話よ。私たちは姉さんの魔法・・・・・・で中層から深層ここまで転移してきた。その時に開いた転移陣が閉じていなかったのよ。あのモンスターが転移陣に飛び込んだから……」


 そして副会長はスキルでどこかに転移しようとしたが、既に開いていた転移陣に引き寄せられて、ここに現れたというのが状況から推察したイスリアの考えだった。

 同系統の魔法を同時に発動しようとすると、魔力の大きな方に引っ張られることがある。それと同じことが転移魔法にも起きたのではないかと、イスリアは考えたのだ。


「強引に出口をこじ開けようとしているみたいね……」


 モンスターの転移が完了するのも時間の問題だと考え、イスリアは再び精霊を召喚しようとする。

 しかし、


「イスリア。その必要はないわ」

「姉さん?」


 エミリアがそんなイスリアの行動を止める。

 精霊の召喚は魔力の消耗が激しく、精神への負担も大きい。

 いまのイスリアが使えば、命を落とす危険すらあると考えてのことだった。


「でも、姉さん! みんなが助かるには、これしか――」


 エミリアの気持ちを理解した上で、自分がやるしかないとイスリアは主張する。

 確かにイグニスたちでは、モンスター化したアドリスを倒せない。

 エミリアが戦いに加わったところで、アドリスを倒せる可能性はゼロに近いだろう。

 可能性があるとすれば、イスリアの大精霊くらいだ。


「大丈夫よ。ここにいれば安全だと、世界樹が言っているから」

「え?」


 エミリアがなにを言っているのか分からず、呆然とするイスリア。

 その直後、ガラスが割れるような音と共に空間が破壊され、アドリスが転移陣の向こうから現れる。


「ひいッ!」


 尻餅をつき、涙を浮かべながら後ずさる副会長。

 もうダメだと誰もが思った、その時。

 ヒュンと風を切るような音がしたかと思うと、草花が舞い上がり――


「やっぱり、エミリアたちだったか。こんなところで何してるんだ?」


 椎名の声が草原に響くのであった。

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