第118話 転移陣
「一体なにが……空?」
「まさか、外にでたのか?」
呆然と空を見上げるレイチェルとソルム。
決死の覚悟でアドリスを迎え撃とうとしていたら、次の瞬間には周りの景色が一変していたのだから二人が戸惑うのも無理はない。
空が見えることからダンジョンの外にでたのではないかと考える二人だったが――
「この濃密な魔力……違うわ。ここはダンジョンの外じゃない」
深層よ、とエミリアはここがダンジョンの外でないことを生徒たちに告げる。
ここがダンジョンの中だとすぐに気付けたのは、大気中に満ちる魔力の量が明らかに地上と違っていたからだ。
「ここが深層? でも、僕たちはさっきまで中層にいたんですよ。どうして、そんなところに……」
イグニスの問いに「わからない」と答えようとして、エミリアは椎名から貰った指輪に視線を落とす。
アドリスが目前まで迫っていた、あの時。
エミリアは椎名のことを考えながら、生徒たちを助けて欲しいと願った。
もし、その願いを指輪が叶えてくれたのだとしたら――
「エミリア先生。もしかして転移魔法が使えたのですか?」
「え……いえ、これは……」
レイチェルの問いに、どう答えたものかと考えるエミリア。
椎名から貰った指輪が原因だと思うのだが、指輪の効果を素直に話してよいものかと迷ったからだ。
願いを叶える指輪なんて、普通に考えてありえない魔導具だ。椎名はささやかな願いを叶える効果しかないと言っていたが、転移魔法を使えるだけでも十分過ぎる。指輪の効果を知れば、世界中の魔法使いや冒険者がこの指輪を求めるだろう。
(ダメね……これは墓まで持っていかないといけない情報だわ)
指輪の力について説明するのは危険だという結論に至る。
椎名の生徒たちなら大丈夫だとは思うが、どこから情報が漏れるか分からないからだ。
「やっぱりそうなんですね。凄いです! もしかして、それも〈巫女姫〉様のお力なのですか?」
「巫女姫?」
「イグニス、お前……そんなことも知らなかったのか。というか、知っててエミリア先生を頼ったんじゃないのかよ?」
「いや、あれはエミリア先生が〈巫女姫〉様の従者だって噂を聞いたから……」
「バカ。正確には〈巫女姫〉様の後継者だよ。国際問題にならなくてよかったな」
「え、ええええええええ!」
ソルムからエミリアが〈巫女姫〉の後継者だと教えられ、驚くイグニス。
とはいえ、イグニスが知らないのも、それほど不思議な話ではなかった。
巫女姫の後継者であることを、エミリアは生徒たちに話していなかったからだ。
特別扱いされるのが嫌だったというのもあるが、一人の教師として生徒たちには接して欲しいと思っていたことが理由にある。ソルムが知っていたのは、彼が〈青き国〉出身の〈精霊使い〉だからだ。
「しかし、イグニスが知らなかったとはな……。なら、レイチェルはどうやってエミリア先生のことを知ったんだ?」
「私は三大貴族の一角、サリオン家の次女ですから。そのくらいは知っていて当然かと思いますが?」
「イグニスも一応その三大貴族の跡取りのはずなんだけどな……」
レイチェルの話が通るなら、イグニスが知らないのはおかしい。
しかし、
「イグニスだしな……」
「ん……イグニスだしね」
「アインセルトくんなら仕方がありませんね」
ソルム、アニタ、レイチェルの三人はイグニスなら仕方がないと話を締める。
努力家だし勉強もできるのだが、少し世間知らずなところがあるからだ。
そもそも、このメンバー以外とイグニスが一緒にいるところを見たことがない。
交友関係も狭いことから情報に疎いのも仕方がないと考えてのことだった。
「エミリア先生が〈巫女姫〉様の後継者……す、すみません! そんなこと知らずに!」
「私は気にしてないから、ね? 頭を上げて、お願いだから……」
カオスだった。
土下座をするイグニスに、やめて欲しいと懇願するエミリア。
転移魔法のことは誤魔化せたが、どうしてこんなことにとエミリアの口からは溜め息が溢れる。
(まったく、シーナにはよく言い聞かせておかないと……)
その不満が椎名に向かうのは当然であった。
とはいえ、指輪をプレゼントされて嬉しくなかった訳ではないのだ。
椎名のことだ。もしもの時のために御守りとして、この指輪をプレゼントしてくれたのだとエミリアは考えていた。
でも、事前に説明が欲しかったというのがエミリアの本音だった。
「これからどうするの? イスリアもまだ目が覚めないみたいだし」
なごかやな時間も束の間、アニタの一言で現実に引き戻されるエミリアと〈アルケミスト〉の面々。
アドリスから逃げることは出来たとはいえ、危機的な状況に変わりない。
ここがダンジョンの深層なら尚更だ。むしろ、状況は更に悪化したとも言える。
深層に出現するモンスターの強さは、中層の比ではないからだ。
それこそ、アドリスよりも強力なモンスターがでてきても不思議ではない。
ここは、そんな場所だった
「エミリア先生、もう一度〈転移魔法〉は使えないのですか?」
「えっと……ごめんなさい。あれは本当に危機的な状況でないと使えなくて……」
「なるほど……緊急避難用の魔法と言うことですか。確かにあれだけの魔法なら連続で使用できないのも頷けます」
勝手に解釈して納得した様子をするレイチェルに、心の中で手を合わせて謝罪するエミリア。
だが、嘘を吐いている訳ではない。さっきと同じように転移魔法が使えるのであれば、とっくにやっている。エミリアもどうすれば指輪の力を使えるのか分からないのだ。
「相談するのもいいけど、まずは身を隠せるところに移動しよう。正直ここは……」
そう言って周囲を見渡すイグニス。
近くには
身を隠せる場所がないと言うことは、モンスターに発見されるリスクも高いと言うことだ。
「そうね。イグニスくんの言うとおりだわ。まずは安全の確保に努めましょう」
どこか身を隠せる場所を探そうと、その場を離れようとした時だった。
引き留めるような声が、エミリアの頭に響いたのは――
「え? いまのは……」
足を止め、振り返るエミリア。
確かに誰かの声がしたはずなのに、後ろには人の姿はない。
あるのはポツンと草原の中央に佇む一本の樹だけだった。
「この懐かしい感じ……まさか……」
「エミリア先生?」
呆然と樹を見詰めるエミリアを訝しみ、不思議そうに声を掛けるイグニス。
この樹になにかあるのかと、生徒たちの視線が樹に向いた、その時だった。
どこか焦った様子のアニタの声が響いたのは――
「みんな警戒して! なにかが来る!」
ハッと我に返り、周囲を警戒するイグニスたち。
そして、
「まさか、ゲート? いえ、これは……」
陽炎のように揺らめく空間を見て、目を瞠るレイチェル。
一瞬、ダンジョンの階層を隔てるゲートに似ていると感じるが、
「転移魔法――皆さん、気を付けて! なにかが出て来ます!」
すぐに自分の考えが間違いであることに気付く。
レイチェルの言葉で状況を理解し、モンスターの出現に備えるアニタとソルム。
魔力が戻っていないため、戦力にならないことが分かっていながらイグニスも魔剣を構える。逃げるのが正解だと分かっていても、仲間を見捨てて逃げるような真似をもう二度としたくはなかったからだ。
それに上手く逃げられたとしてもダンジョンの深層で孤立すれば、どのみち先は長くない。早いか遅いかの差でしかないのであれば、仲間と一緒に最後の瞬間まで足掻く道を選ぶ。
それがイグニスのだした答えだった。
覚悟を決め、戦いに備える〈アルケミスト〉のメンバー。
しかし、転移陣から現れたのはモンスターではなく――
「まったく会長はどうかしている! これというのも全部あの男の所為だ!」
「……副会長!?」
「うわあ! なんだ、キミたちは!?」
イグニスの声に驚いて尻餅をつく水色の髪の男。
転移陣から現れたのは〈英雄の集い〉のサブリーダー。
生徒会の副会長であった。
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