第115話 死闘

(回避は間に合わない。なら――)


 アドリスの一撃は既に放たれていた。

 仮に直撃を避けられたとしても、ダンジョンを崩落させるほどの一撃だ。

 余波だけでも相当の破壊力がある。


「――風圧エアブラスト


 回避も防御も間に合わないと判断したイスリアは初級魔法・・・・を発動する。

 風の最高位魔法である〈暴風龍の咆吼テンペスト・ロア〉でもダメージを与えられなかった以上、並の魔法では通用しない。魔力障壁で攻撃を防ぐことも同様に難しいだろう。だからこそ咄嗟の判断で、イグニスに・・・・・魔法を放ったのだ。

 本来はけん制程度にしか使えない初級魔法だが、不意を突けば人間を吹き飛ばす程度の威力はあるからだ。

 そんななか――


「イスリア!」


 エミリアの悲鳴にも似た声が響く。アドリスの放った一撃が大地を割り、イスリアを庇うために前へでた大精霊が攻撃の余波で消し飛んだからだ。その上、ボールのように弾き飛ばされ、ダンジョンの壁に叩き付けられたイスリアのもとへとエミリアは走る。

 そんなエミリアを見て、再び標的を変更するアドリス。

 だがしかし、


「よくも――イスリアをッ!」


 死角から放たれたアニスの回転斬りが、アドリスの右側頭部に決まる。怒りに身を任せた一撃でミスリル製のダガーは粉々に砕け散るも、よろめくように体勢を崩すアドリス。

 その隙を逃すまいと、ソルムも魔法を発動していた。


「――大地の重圧グラビティ!」


 突然、なにかに押し潰されるように膝をつくアドリス。

 ソルムの放ったのは重力を操作する魔法だ。土魔法のなかでも最も制御の難しい魔法だが、試験に備えて密かに特訓していたソルムの奥の手だった。

 しかし、並のモンスターなら押しつぶせるだけの威力のある魔法だが、アドリスが相手では動きを封じる程度の効果しかない。そこに――


「燃え尽きなさい――炎王の怒りロードフレア!」


 レイチェルの渾身の魔法が炸裂する。

 レイチェルのユニークスキル〈赤き神の怒り〉は、炎魔法の威力を通常の何倍にも増幅してくれるというものだ。その威力の幅はレイチェルの感情によって決まり、術者の怒りがそのまま魔法の威力へと変換される。

 そして彼女の放った魔法は、炎魔法のなかでも最上位に位置するイフリートの業火だった。


「うわあ……」


 その余りの破壊力に戦闘中だということも忘れ、呆然とするアニタ。

 無理もない。赤く煌めく炎が大地を融解させ、アドリスを包み込んでいた。

 下層のモンスターであっても塵一つ残さずに灰と化すほどの威力だ。

 これなら、と考えるアニタだったが――


「まだだ! 油断するな!」

 

 どこか焦った様子のソルムの声が響く。

 額に汗を滲ませながら杖を構え、ソルムは重力魔法を放ち続けていた。

 重力波から抜け出そうとするアドリスの抵抗を感じ取っていたからだ。


「はあはあ……まさか、これでも倒し切れないなんて……」


 しかし、追撃を放てるほどの魔力はレイチェルに残されていなかった。

 レイチェルのスキルは確かに強力なものだが、デメリットも当然ある。

 魔法の威力を高めてくれる代わりに、魔力消費が増大するのだ。

 先程アドリスに放った魔法には、レイチェルの魔力の大半が込められていた。

 文字通り後先を考えない渾身の一撃だったと言う訳だ。

 ソルムの魔法もいつまで保つか分からない中、万事休すかと思われた、その時。


「唸れ、炎の魔剣よ!」


 イスリアの魔法で吹き飛ばされたはずのイグニスの声が響く。

 イグニスの手には、アインセルト家に伝わる宝剣が握られていた。

 炎を操る魔剣。その能力は炎属性の魔法が発動できると言うだけではない。


「私の炎が……」


 レイチェルの放った業火がイグニスの魔剣に吸い込まれるように集まっていく。

 これが、アインセルト家に伝わる炎の魔剣が持つ本来の力。

 自分以外の者が放った魔法であろうと、周囲にある炎を支配下におき操ることが出来る。

 そして――


「――終末の昏き炎レーヴァティン!」


 イグニスが魔剣を振り下ろすと、黄金の炎が解き放たれるのだった。



  ◆



「こんな奥の手を隠し持っていたなんて……」


 そう話すレイチェルの視線の先には、すべてが灰と化した世界があった。

 岩も、土も、すべてが灰と化し、砂漠のような景色が広がっている。

 余りの破壊力に言葉を失うのも無理はない。


「ここまでの威力がでたのは、レイチェルの魔法があったからだよ」

「それでも規格外すぎます。なんですか、その魔剣のバカげた性能は……」


 アインセルト家に伝わる魔剣の噂はレイチェルも耳にしていた。

 しかし、まさかここまでの力を秘めているとは思ってもいなかったのだろう。レイチェルの放った〈炎王の怒りロードフレア〉の数倍――いや、数十倍の威力は確実にでていたからだ。

 ユニークスキル以上の増幅効果を持つ魔剣など聞いたこともない。それこそこのことが知れれば、過去に起きた戦争のように魔剣を狙って奪い合いが起きてもおかしくないほどの代物であった。


「ご先祖様が女王陛下から授かったと伝えられているアインセルト家の宝剣だしね。いままでは魔剣の力を引き出せなかったけど、僕の魔力操作の技術も上がっているし、先生が完全な状態に修復してくれたから……」


 至高の錬金術師の魔導具と聞いて、どこか納得した様子を見せるレイチェル。

 実際にその戦争が起きるほどの魔導具を〈至高の錬金術師〉は幾つも世に出しているからだ。

 アインセルト家に伝わる魔剣も、その類のものなのだと察せられる。


「そんな魔剣を修復できる先生って……いえ、考えるまでもありませんね」


 もうレイチェルも椎名が本物の錬金術師であると言うことを疑っていなかった。

 錬金術師でなければ〈至高の錬金術師〉が作った魔剣を修復するなんて真似が出来るはずもないからだ。そしてそれは即ち、この魔剣と同じようなものを椎名も作れると言うことを意味している。


「ん……先生は凄い」

「凄いの一言で片付けて良い話じゃないと思うんだけどな……」


 アニタの言葉にどこか呆れた様子を見せるソルム。

 これまで世界に一人しかいなかった錬金術師の後継者が現れたと言うことだ。

 その意味を考えれば、アニタのように楽観的にはなれないのだろう。

 椎名が本物の錬金術師であると認められれば、その生徒である彼等も自然と注目を集めることになるからだ。


「まあ、なんにせよ、これで……」


 終わったとソルムが安堵しかけたところで、モンスターの咆吼がダンジョンに響き渡る。

 嘘だろと言った表情で、一斉に声のした方向に視線を向ける四人。

 すると、視線の先には――


「みんな、エミリア先生のところまで退避するぞ! いまの僕たちじゃ勝てない!」


 全身に大火傷を負い、ボロボロに傷ついたアドリスの姿があった。

 しかし四肢がただれるほどの火傷を負いながらも、徐々に傷が回復していく様子が見て取れる。いや、回復という言葉すら生温い。まるで時間を巻き戻すかのように失った四肢が修復され、再生していく光景は常識を疑うほどのものだった。


「なんて回復力だ! 本当にあれ、モンスターなのか!?」

「喋っている暇があったら走れ!」


 愚痴を溢すソルムにとにかく逃げるように促すイグニス。

 勝てないと判断した四人は全速力で、エミリアのもとへと向かう。

 逃げるチャンスは今しかないと、判断したからだ。


「エミリア先生! イスリアは!?」

「みんなのお陰で無事よ。まだ気を失っているけど、大丈夫」


 傷の手当ては済んでいるようで、イスリアは静かな寝息を立てていた。

 大精霊が庇ったことで致命傷は避けられた。

 しかし、召喚された精霊と術者は精神で繋がっている。

 大精霊が消失したことで、気を失うほどのダメージを精神に負ったのだろう。


「僕が背負います! とにかく逃げましょう!」


 そう言って、意識のないイスリアを背中に担ぐイグニス。

 とにかく今は逃げることだけを考える。

 あのモンスターに勝つ手段は、いまの自分たちにはないと悟っての行動だった。

 しかし、


「まずいぞ! あいつ、もう回復しやがった!」


 ソルムの悲鳴に似た声が響く。

 完全な状態に回復したアドリスが迫ってきていたからだ。

 早すぎる――と慌てる生徒たちを庇うように、エミリアが前にでる。


「イスリアを連れて、あなたたちは逃げなさい」


 全員で逃げ切ることは難しいと判断したからだ。

 せめて妹と生徒たちだけでも逃がす時間を稼ぐことが出来ればと、エミリアは覚悟を決める。


「イグニス、お前は行け」

「なにを……」

「エミリア先生だけじゃ時間を稼ぐのは無理だ。だから俺も残る」


 しかし、ソルムはそんなエミリアの覚悟を察しつつも自分も残ることを決意する。

 エミリア一人を残しても、それほど多くの時間を稼げるとは思えなかったからだ。

 全滅するよりはマシだと判断したのだろう。


「はあ……仕方がありませんね。私も付き合います」


 そんなソルムに続いて、レイチェルも名乗りを挙げる。

 自分も加われば、どうにか時間くらいは稼げるだろうと覚悟を決めてのことだ。

 だが、


「それなら僕も!」

「イスリアまで巻き込むつもりか? それにお前、もう魔力が少しも残っていないだろう?」


 自分もと声を上げるイグニスを、ソルムは足手纏いだと突き放す。

 あれほどの魔剣が何の対価もなしに使えるはずがない。レイチェルは少しずつ魔力が回復してきているようだが、イグニスの魔力は少しも回復していない。恐らくは魔剣の力を解放した反動なのだろうとソルムは考えていた。

 いまのイグニスが残ったところで戦力にならない。

 そう判断したからこそ、イスリアを任せることにしたのだ。


「それとアニタも二人について行ってやってくれ。武器を失ったとはいえ、魔力切れと気を失っている二人よりはマシだろう?」


 アドリスとの戦いで武器を失っているとはいえ、スキルや魔法が使えない訳ではない。それにアニタの索敵能力なら戦闘を避けながら地上を目指せると考え、ソルムはイグニスとイスリアの二人のことを託す。

 そんなソルムの考えを察して「任せて」と頷くアニタ。

 全滅を免れるには、それが最善の手だと考えてのことだった。

 しかし、


(シーナの生徒は本当に良い子たちね……イスリアも良い友人に恵まれた)


 だからこそ、誰一人として死なせたくないとエミリアは願う。

 自分は命を落としても構わない。それでも、せめて彼等だけはと――


(お願い、シーナ――皆を守って)


 目前までアドリスが迫る中、エミリアは椎名から貰った指輪に願いを込めるのだった。

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