第112話 星詠み

 椎名が生徒会のパーティー〈英雄の集い〉と深層を目指している頃――

 エミリアと〈アルケミスト〉のメンバーも、ダンジョンの中層を目指していた。

 と言ってもエミリアは試験監督なので、パーティーのリーダーはイグニスだ。


「僕がリーダーで本当に良かったのかな?」


 実力で言えばイスリアが、このパーティーのなかで頭一つ抜けている。

 単純な戦闘力だけなら次点でレイチェルが候補に挙がるはずだ。

 イグニス、アニタ、ソルムの三人は得意とするものが違うだけで、実力に差がある訳ではない。なのにどうして自分がリーダーに選ばれたのか、イグニスには分からなかった。

 しかし、


「満場一致で決まったんだから文句を言うな」


 これはパーティー全員で決めたことだった。

 確かにイスリアは実力だけなら一番だが、協調性に欠けるところがある。

 レイチェルも戦闘力は高いがその所為で突出する悪い癖があり、リーダーには不向きな性格をしていた。

 そうなると残るはアニタ、ソルム、そしてイグニスの三人な訳だが――


「ん……私はモンスターの警戒や罠に注意しないといけないし」

「俺もどっちかというとサポート向きの立ち位置だしな」

 

 自分たちはリーダーに不向きだとアニタとソルムは考え、イグニスを推したのだ。

 以前ならともかく今の成長したイグニスなら、リーダーを任せられると考えてのことだ。

 上達したのは魔力操作の技術だけではない。

 焦って空回りしていた頃と比べれば、精神的にも大きく成長したとソルムはイグニスを評価していた。

 そんなイグニスの成長を評価しているのは、ソルムだけではなかった。


「まあ、自信を持っていいんじゃない? 実際、頑張ってたしね」

「ええ、アインセルトくんの講義に取り組む姿勢と熱意には感心させられるものがあります」


 椎名の講義に一番熱心に取り組んでいたのは、イグニスだと皆が認めていた。

 しかも、イグニスはちゃんと結果を出している。

 魔力操作の技術では、イスリアに次ぐ成績を残しているからだ。

 だから満場一致で、イグニスがリーダーに選ばれたと言う訳だった。


「みんながそう言うなら……頑張るよ。先生に格好悪いところを見せられないしね」


 どこか照れ臭そうに話すイグニス。

 皆に認められたからと言う訳ではないが、実感できるくらいに強くなっている自覚はイグニスにもあった。

 椎名の言葉を信じて魔力操作の技術を重点的に鍛えた成果がでているのだと、イグニスは感じていた。

 その証拠に――


「強くなってる感覚はあったけど、ここまで違うのか……」

「ええ、オークやリザードマンくらいじゃ肩慣らしにもなりませんね」


 元から強かったレイチェルはともかく、ソルムは余り戦闘が得意ではなかった。

 彼自身サポート向きだと言っているように、土魔法は汎用性が高い代わりに余り攻撃力の高い魔法とは言えないからだ。

 しかし、以前はけん制程度にしか使えなかった〈石の槍〉が硬い鱗で覆われたリザードマンの身体を一撃で貫き、以前はゴブリンの攻撃を防ぐのがやっとだった〈土壁〉がオークの一撃を弾き返すほどの強度に進化していたのだ。

 椎名の講義を疑っていた訳ではないが〈魔力操作〉の技術を鍛えるだけで、ここまで魔法の威力が劇的に変わるとは思っていなかったのだろう。それだけにソルムを含め、五人の驚きは大きかった。

 実際、他の四人ほどではないがイスリアでさえ、成長を実感しているのだ。


(いまならベヒモスも倒せそうな感じがする)


 ベヒモスは深層に生息するモンスターのなかでも、上から数えた方が早い強力なモンスターだ。それこそ、オリハルコン級の冒険者でなければ太刀打ちできないような相手。学生に敵うような相手ではない。

 しかし椎名の講義を受ける前から、イスリアはオリハルコン級の冒険者に迫るほどの実力を備えていた。そのため、いまならオリハルコン級の冒険者に本気で届くかもしれないとイスリアは考える。


「……みんな強くなってる。これなら課題は楽勝かも」


 五人の課題は中層に出現するモンスター〈キマイラ〉の素材を持ち帰ることだ。

 キマイラは中層に出現するモンスターのなかでは特に強力なことで知られ、下層のモンスターにも匹敵する謂わばボスモンスター的な存在だ。ベテランの冒険者パーティーでも手こずるほどの厄介なモンスターだった。

 とはいえ、アニタの言うように今の五人の実力なら強敵と言えるほどの相手ではない。ひとりひとりが下層のモンスターを相手にできるだけの実力がある上、イスリアに至っては深層でも活動できるだけの力があるのだから――


「それでも油断は禁物だ。ダンジョンは何が起きるか分からないからね」


 しかし、イグニスは油断しないようにと仲間の気を引き締める。

 ダンジョンでは何が起きるか分からない。ちょっとした油断が命取りに繋がる可能性があるのがダンジョンだ。それは妹の件で、嫌というほどイグニスは理解していた。

 魔法学院での授業は、まずダンジョンでモンスターを倒すことからはじまる。ダンジョンから授かった恩恵スキルを、卒業までの間に使いこなせるようになることが目標の一つにあるからだ。

 しかし、イグニスの妹――ミラベルは授かったスキルの力を制御することが出来ず、魔力暴走を引き起こした。その結果、魔力欠乏症という珍しい病気を発症し、入学早々に休学することになったと言う訳だ。

 勿論、ミラベルのようなケースは稀だとイグニスも理解している。

 しかし、最悪の事態を想定して備えるのは臆病なことではない。

 生きて帰るためには必要な心構えだと、椎名は生徒たちに教えていた。


(しっかりとリーダーをやれているみたいね) 


 そんな五人のやり取りを後方で観察しながら、エミリアは笑みを漏らす。

 椎名の生徒だから心配はしていなかったが、それでもダンジョンは何が起きるか分からない。エミリアの両親もその予期せぬイレギュラーに遭遇して、命からがら逃げ帰ることになったのだ。

 生きているのが不思議なくらいの大怪我を負って――

 椎名のお陰で必要数の霊薬は完成したが、それは幸運に恵まれただけだとエミリアは考えていた。

 それに――


(困ったらシーナが助けてくれるという考えは危険だしね)


 椎名に頼り過ぎるのは危険だとエミリアは考える。

 いまなら〈巫女姫〉が国の中枢から身を退き、政治に関わろうとしなかった理由が分かる気がするからだ。


(私も強くならないと……シーナの隣に胸を張って並び立てるくらい)


 いまは助けられてばかりだが、いずれは椎名の隣に並び立ちたい。

 椎名の優しさに甘えるのではなく、椎名を支えられる人間になりたい。

 それがエミリアの願いであり、いまの目標となっていた。

 しかし、まだそれだけの力が自分にないことも彼女は理解していた。

 だからこそ、もっと強く、成長しなければならない。

 そのためにも巫女の力・・・・を使いこなせるようになる必要があるとエミリアは考えていた。


(〈星詠み〉の力……いまはまだコントロールできないけど、いずれは……)


 星詠みには未来を読む力があると言っても、エミリアの力は不安定なものだった。

 好きな時に未来を読める〈巫女姫〉と違い、いまのエミリアでは任意に発動することが出来ない。力が使いこなせていれば、両親があのような目に遭うこともなかったかもしれない。

 真面目に自分の力と向き合ってこなかった報いだと、エミリアは後悔していた。

 だから、もう二度とあんな後悔はしたくなかった。

 そのために、いま出来ることは――


「――ッ!」 


 その時だった。なにかがエミリアの脳裏に過ったのは――

 頭に浮かんだ光景から〈星詠み〉が発動したのだと、エミリアは察する。

 しかし〈星詠み〉で見えたのは、遠い未来の記憶ではなかった。

 これは――


「みんな、周囲を警戒して!」


 本来であれば、試験監督の講師が試験に介入するのは禁じられている。

 それでもエミリアは叫んでいた。命の危険が迫っていることを予知・・したからだ。

 エミリアの声に驚き、振り返る生徒たち。その直後――


「伏せて!」


 エミリアの声を掻き消すかのように、なにかが爆ぜる音がした。

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