第111話 試験開始
試験当日の朝がやってきた。
あれから自分なりに図書館へ通って調べたのだが、やはり〈大災厄〉について記された書物は見つからなかった。
その代わりに面白いものを見つけた。それは〈三賢者〉に関する記述だ。
名前が示す通り、この世界に三人しか存在しないとされる賢者。
一人目が〈白き国〉の〈魔女王〉で、十年前に出現した〈大災厄〉で国と運命を共にしたとされる魔法使いだ。〈精霊の一族〉と〈魔女族〉との間に生まれた混血であり、現在主流となっている魔法式の基礎を築いたとされる人物。千年もの間〈白き国〉の英雄たちの頂点に立ち、国を守護してきた最強の魔法使いだったそうだ。
そして、二人目が〈青き国〉の〈巫女姫〉。長命で知られる〈精霊の一族〉のなかでも最も長く生きていることで知られ、未来を予知する〈星詠み〉の力を持った精霊使いだ。
原初の精霊として知られる〈世界樹の精霊〉とはじめて契約を結ぶことの出来た〈精霊使い〉で、精霊の加護と〈星詠み〉の力を使って世界の秩序を保ってきた存在らしい。
世界の秩序を乱す存在として〈至高の錬金術師〉ともやり合ったことがあるらしく、世界の果てに広がる荒廃した大地は二人の戦いの余波によるものだと書物には記されていた。
最後にこの国の女王〈至高の錬金術師〉の二つ名で知られる〈楽園の主〉だ。
種族は人間だが〈巫女姫〉よりも長寿であると噂され、不老不死の疑いさえかけられている錬金術師。彼女の作るものは神話級の魔導具ばかりで、その魔導具を巡って戦争が起き、滅亡した国すらある。その滅亡した国と言うのが〈赤き国〉と〈黒き国〉で、〈黒き国〉が〈赤き国〉にあった魔導具を奪おうと戦争を仕掛けたことが原因のようだ。
黒き国に敗れた〈赤き国〉は滅亡し、そのことを知った〈白き国〉の〈魔女王〉が〈黒き国〉を滅ぼし、原因を作った〈楽園の主〉に責任を取らせたそうだ。アインセルトくんや縦ロールのお嬢様の祖先が〈赤き国〉から〈楽園〉に移住してきたのも、この時なのだろう。
なんというか傍迷惑な三人というのが、俺の抱いた感想だった。
「〈大災厄〉の正体って、この三人じゃないのか?」
そんな風に俺が考えても仕方のないことだと思う。
いま話したことは〈三賢者〉に関する逸話のほんの一部で、他にも様々なことをやらかしているからだ。
本の中身は〈三賢者〉の偉業を讃える内容にはなっていたが、明らかに『触らぬ神に祟りなし』と言った話で締め括られていて、どちらかと言うと天災扱いだった。
俺も本音を言えば、関わり合いになりたくない三人だと思ったくらいだ。
とはいえ、十年前に〈白き国〉が滅亡しているのは確かなようなので、その点から考えると〈大災厄〉の原因は別にあると考えるのが自然なのだろう。
これだけ人々から畏怖されている〈三賢者〉でさえ、食い止めることの出来なかった〈大災厄〉というのは相当に厄介なものであることが察せられる。情報が伏せられているのも、その辺りに理由がありそうだ。
「〈英雄の集い〉よ! 生徒会の方々がいらしたわ!」
「オルテシア様、頑張ってください!」
試験当日の朝と言うこともあって、ダンジョンの入り口には冒険者以外にも学院の生徒たちの姿が確認できる。試験期間は今日から一週間あり、その期間に課題の素材を持って帰るのが合格の条件だ。
そのため、試験監督は原則、手を貸さないようにと厳命されている。例外は生徒たちの命が危険に晒された時だけで、試験監督の判断で介入した時点で試験は終了となる。ようするに俺が手を貸した時点で、不合格が決まると言う訳だ。
しかし、あれが俺の担当する生徒会のパーティか。
先頭にいるのが、縦ロールのお姉さんかな?
ミスリルの胸当てに腰には剣を提げ、魔法使いらしくない騎士ぽい格好をしている。赤い髪の色は妹とよく似ているが、髪はクルクルとカールしていない。ストレートのロングヘアーだった。
「〈英雄の集い〉のリーダー、オルテシア・サリオンです」
「シイナだ。今日から一週間、お前たちの試験監督として同行する。もう出発するのか?」
俺の問いに首を縦に振ることで答える縦ロールの姉もとい生徒会長。
他のパーティーメンバーも依存はないようで何も言わずに黙っていた。
女が三に、男が二人か。黄金世代と呼ばれているそうだが、
(力を隠しているのか? 後ろの四人はそれほどでもない気がするんだが……)
俺の生徒たちの方が実力は上な気がする。
生徒会長以外は深層で通用しそうにないのだが、俺の気の所為か?
「先生、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。俺は後ろをついていくから、いつでも出発してくれ」
学院が決めた試験な訳だし、きっと問題ないのだろう。
ダンジョンに入って行く生徒会のメンバーを見て、俺も目立たないように後ろから追いかけるのだった。
◆
「あれが噂の〈錬金術師〉か。噂ほど、たいしたことはなさそうですね」
どこか小馬鹿にするような口調で、そう話す水色の髪の彼は生徒会の副会長だ。
自尊心が高そうに見えるが、それだけの実力を備えていた。歴代最強と呼ばれる生徒会長に次ぐ実力を持ち、アインセルト家やサリオン家と並ぶ楽園を代表する三大貴族の一角、ロガナー家の次期当主でもあるからだ。
しかし、生徒会長――オルテシアの考えは、そんな彼と違っていた。
(底がまったく見えなかった……)
副会長の言うように、見た目は凄そうに見えない。
強い魔法使いであれば、身に纏った魔力からも判別することが可能だからだ。
椎名の魔力量は多くない。しかし、それは目に見える範囲でのことだとオルテシアは考える。
椎名は完璧に自身の魔力を制御していた。
それも必要以上に魔力を外に漏らさないように、完全に抑え込んでいたのだ。
あれほど揺らぎのない魔力をオルテシアは目にしたことがない。
「でも、あの先生ってオリハルコン級の冒険者を一撃で倒したって噂があるよ?」
「そんなの噂が誇張されて伝わっているだけだろ。会長より強いはずがない」
書記の女生徒の話を、鼻で笑う副会長。
そんな生徒たちのやり取りを、どこか冷めた表情で聞き流すオルテシア。
黄金世代などと呼ばれてはいるが、オルテシアからすれば生徒会のメンバーも他の生徒とそれほど変わりは無かった。
学院でナンバー2の実力を持つと噂される副会長ですら、ミスリル級の冒険者に及ばない程度の実力しかないのだ。
一方でオルテシアはミスリル級の冒険者に匹敵、もしくはオリハルコン級の冒険者にも届き得る実力を既に持ち合わせていた。
学生どころか、学院の講師のなかにもオルテシアより強い者はいない。例外は学院長くらいだろう。
いままでは、そうだった。しかし、
(彼は間違いなく私よりも強い)
いまは椎名がいる。この出会いにオルテシアは感謝していた。
サリオン家の当主である
深層のモンスターの素材を持ち帰るという前代未聞の課題に、新米の講師が生徒会の試験監督に選ばれたという異例の抜擢。すべてが仕組まれたものであると言っているようなものだったからだ。
サリオン家が仕組んだことなのかは分からないが、関わっていることは間違いないとオルテシアは考えていた。
だから最初は気乗りがしなかったのだ。
でも今は実際に椎名に会ってみて、もしかしたらという考えが頭を過っていた。
彼は本物の錬金術師かもしれないと――
もしそうなら、
(あの人なら、私の願いを叶えてくれるかもしれない)
そうあって欲しいと、オルテシアは切望するのだった。
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