第110話 生徒の心配

 金髪エルフとの同居をはじめて二週間が経とうとしていた頃、


「今日から復学したミラベル・アインセルトです。〈錬金術師〉様――いえ、先生! よろしくお願いします」


 アインセルトくんの妹が復学してきた。彼女も魔法学院の生徒だったらしい。

 入学早々、病気にかかって半年近く休学していたそうだ。

 レミルと同じくらいの見た目なので十二、三歳くらいかと思っていたのだが、アインセルトくんが十七歳で彼女は二つ下の十五歳らしい。

 うん……そこは触れないでおこう。

 女性に年齢の話は禁句だと分かっているしな。

 しかし、試験まで一週間しかないのに大丈夫なのかと尋ねると――


「今回は諦めようと思います。まだ次の試験がありますから……」


 追試験があるのかと首を傾げていると、縦ロールのお嬢様が補足するように教えてくれた。

 なんでも進級試験は年に二回あるそうで、どちらかの試験に合格すれば良いそうだ。そして半年に一度の試験に四回合格すれば、卒業試験の資格が得られるらしい。だから最長四年、最短二年で卒業が可能という話だった。

 俺の講義の生徒たちはイスリアを除いて、全員が三回目の進級試験を受けるそうだ。

 一番実力のあるイスリアが、今回がはじめての試験と言うのに驚いたが――


「そう言えば、留学生だったか」

「はい。私は一年の予定で、こちらの学院にはお世話になっているので」


 イスリアが交換留学生だと言うことを思い出す。

 しかし、それなら試験を受ける必要はないのではないかと思ったが、留学先での成績も評価の対象らしく、元々通っていた学校の成績に反映されるとのことだった。

 それに普通は同じ学年の生徒でパーティーを組むのが通例らしいが、イスリアは〈青き国〉からの留学生であり、既に上級生に匹敵する実力があることから特別に認められたそうだ。

 確かにイスリアの実力は俺の生徒のなかでも頭が一つ抜けている。それでも、まだ本気・・をだしていないようだしな。

 魔力の流れを見ていると、なんとなく分かるのだ。


「なるほどな。五人とも試験、頑張れよ」


 はい、と元気よく返事をする生徒たち。

 あくまで俺の見立てだが、たぶんこの五人なら大丈夫だろう。

 それよりも、いま気にするべき問題は――


「俺の講義を受けたいって話だったが……」

「はい、試験があるんですよね? よろしくお願いします!」


 アインセルトくんの妹のことだった。

 俺の講義に参加したいと言う話で、試験を受けたいと言ってきたのだ。

 それ自体は別に構わないのだが……病み上がりで大丈夫なのかと心配になる。

 とはいえ、前に見た時よりも体調は良さそうだ。

 お見舞いに渡した果物の効果があったのかもしれないな。


「分かった。合格の条件は――」

「三つの魔導具を使いこなせればいいんですよね!」


 どうやらアインセルトくんから聞いていたらしい。

 自信満々のようだし、これはもしかしたらと期待させられるのだった。



   ◆



 結論から言うと、アインセルトくんの妹は合格した。

 まさか合格基準の三個どころか、四個の魔導具を並列起動できるとは思っていなかったので驚きだ。

 こんなことを言うとアインセルトくんの立つ瀬がないが、妹の方が才能はありそうだと思っていると――


「ようやく四個が安定して起動できるようになったのに……」 


 案の定、訓練場の隅で両手両膝をついているアインセルトくんがいた。

 こればっかりはなあ……残酷なようだが、魔法は才能によるところが大きいと思っている。努力である程度の差は埋められるが、努力だけでは越えられない壁もあるからだ。

 しかし、アインセルトくんも才能がない訳ではないと思う。

 イスリアを除けば間違いなく、このなかで一番〈魔力操作〉が上手いしな。

 本人は四個がようやくと言っているが、それは安定して使いこなせるレベルの話で、既に五個の並列起動に成功している。あと二、三ヶ月もすれば、イスリアに並ぶレベルにはなるだろう。

 ちなみに魔力量だけで言えば、縦ロールのお嬢様が一番だ。これこそ、持って生まれた才能と言える。

 獣人のケモ耳少女は高い身体能力と野性的な勘の鋭さを持っているし、目立たないが優等生の茶髪エルフは精霊魔法の扱いに長け、特に土の魔法を使ったサポート能力に長けている。

 得意とするものが違うだけで、みんな違った才能があると俺は思っていた。


「今日の講義はここまでだ。それと、アインセルトくん」

「はい?」

「妹と比較して悲観する必要はない。魔力操作の技術を鍛えるには、才能よりも地道な積み重ねが大切だ。努力を続けることも才能の一つだと俺は思っている。その点から言えば、お前には間違いなく才能があるよ」

「先生……はい! これからも頑張ります!」


 適当なことを言っている訳ではない。

 俺もスキルに助けられた部分は大きいと思っているが、努力はしてきたつもりだ。

 どんな強力なスキルも使いこなせなければ意味がなく、才能があっても努力をしなければ本当の力が身につくことはないしな。だから努力を続けることも才能の一つだと考えていた。

 アインセルトくんには、その才能が間違いなくある。努力をすれば結果がでると安易に言うつもりはないが、少なくとも彼には結果に結び付くだけの才能があると俺は思う。


「ああ……悩める生徒を諭し、導く先生も素敵です」


 その悩んでいる生徒はキミのお兄さんなんだけどね?



  ◆


 

「先生、少しよろしいでしょうか?」 


 講義を終えて屋敷に帰ろうとしていたところで生徒に声を掛けられた。

 縦ロールの赤い髪が特徴のお嬢様だ。

 授業のことで質問があるのかと思っていると――


「姉様のことで、相談しておきたいことが……」

 

 お姉さんのことで相談があるとの話だった。

 この間もアインセルトくんに妹のことで相談を受けたし、同じようなことが重なるものだと思う。まあ、それだけ生徒からの信頼を得られていると思えば、悪いことではないのだが――

 しかし、縦ロールのお姉さんか。

 そう言えば、金髪エルフが生徒会長をしていると言っていたのを思い出す。

 名前は確か……オル、オルなんとかって、名前だったような気がする。

 昔から人の名前を覚えるのが苦手なんだよな。だから見た目や特徴で覚えるようにしてるんだけど、まだオルなんとかさんには会ったことがないので良い例えが思いつかない。

 生徒会長と覚えておけばいいか。


「姉様のパーティーの担当が先生に決まったというのは、本当でしょうか?」

「まだ公表されていないはずだけど、どこで知ったんだ?」

「申し訳ありません……。家の者が話しているのを偶然聞いてしまって……」


 当日までは非公開になっているから黙っているようにと金髪エルフから注意を受けたのだが……学院の情報管理、甘すぎないか?

 とはいえ、人の口に戸は立てられぬとも言う。

 黄金世代と呼ばれているようなことを聞いているし、生徒会なら注目も集めているだろうしな。


「試験の課題で深層へ向かうと聞き、そのことを姉様に確認したのですが何も答えては頂けず……」


 なにを彼女が心配しているのかを察する。

 お姉さんのことが心配で、俺に相談してきたと言うことか。

 確かに試験のためとはいえ、深層に向かうと聞けば家族なら心配になるか。


「先生、恐らく姉は……」

「大丈夫だ」

「……え?」

「なにも心配することはない」


 学院の講師が監督役として同行するのは、試験のためだけではない。

 万が一に備えて、生徒の安全に配慮するためだと思っている。

 試験監督を任された以上は、生徒の安全に配慮するつもりでいた。


「やはり、すべてを察しておられたのですね。ですが、十分にお気を付けください」


 余程、お姉さんのことが心配だったんだな。

 アインセルトくんといい、家族想いの生徒ばかりで感心させられる。

 彼女のためにも、しっかりと試験監督を務めなければと気を引き締めるのだった。

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