第109話 秘密を知る者

「先生と同居することになった!?」


 姉の報告に驚きながらも、自分のことのように喜ぶイスリア。

 椎名とエミリアの仲を応援していたとはいえ、本来はじっくりと時間をかけて外堀を埋めていく計画を立てていたのだ。それが、ここまで順調に事が進むとは思っていなかったのだろう。


「それって、先生から誘われたの?」

「えっと、話を切り出したのは私からだけど……」

「姉さんから!?」

 

 エミリアから同棲の話を持ちだしたと聞き、驚くイスリア。

 姉がそこまで積極的な行動にでるとは思ってもいなかったからだ。

 以前のエミリアからは考えられない行動に、本気で椎名のことが好きなのだと察する。


「それで、新居はどこなの? 一軒家を借りたの?」

「えっと、貴族街の屋敷に……」

「貴族街!?」


 その上、貴族街に新居を構えると聞けば、困惑するのも無理はなかった。

 貴族以外で二区の貴族街に住んでいるような人物は、名のある大商会の会頭くらいのものだからだ。

 どうしたらそんなことになるのかと困惑するイスリアに、


「ちゃんと説明するわね。実は――」


 エミリアは事の経緯を説明する。

 商会とギルドであったことやアインセルト家の令嬢のことなど――

 屋敷を譲られた経緯の説明を受けて、イスリアはようやく納得した様子を見せる。


「なるほどね……そんなことがあったのなら納得よ」

 

 むしろ、屋敷一つでは釣り合わないくらいだとイスリアは考えていた。

 深層のモンスターの素材も貴重ではあるが、手に入らないと言う訳ではない。

 それよりも、問題は〈万能薬〉の方だ。

 屋敷が一つでは、対価として十分とは言えない。

 しかし、そのくらいのことはアインセルト家の当主も理解しているはずだ。


(アインセルト家も先生の価値に気が付いたはず。だとすれば……)


 屋敷を紹介したのは〈万能薬〉の対価と言うよりは、他の貴族に対する牽制の意味合いが強いのかもしれないとイスリアは考える。

 この国における〈錬金術師〉が持つ影響力は、椎名が想像しているよりも遥かに大きい。本物の〈錬金術師〉であるということが証明されれば、〈楽園の主〉の後継者として見られることになるからだ。

 そのため、アインセルト家が椎名の支持に回ることは重要な意味を持っていた。


(〈万能薬〉のことは、いずれ噂になるはず……。確か、アインセルト家の令嬢も学院に籍を置いていたはずだから、彼女が復学してくるタイミングは注意が必要ね)


 周りが椎名の価値に気付くのも時間の問題となれば、これまで以上に椎名の身の回りに注意を払う必要がある。そう言う意味でも、エミリアが椎名と同棲を始めることはイスリアにとって都合が良かった。

 アインセルト家がやろうとしたように、他家への牽制になるからだ。

 少なくとも未婚の女性が男の家・・・で一緒に暮らすと言うのは、そういう関係だと見られるのが普通だ。そして、エミリアは〈巫女姫〉の後継者として名と顔が知れ渡っている。

 そのため、否定も肯定もしなければ周囲が勝手に解釈してくれる可能性が高い。

 むしろ――


「姉さん、作戦会議をするわよ」

「え……」


 ここで一気に既成事実を作り、畳み掛けるべきだとイスリアは考える。

 アインセルト家が〈万能薬〉の対価を十分に支払えていないように、椎名から譲られた〈賢者の石〉の対価をエミリアとイスリアも返せていない。そもそも金額に換算できるようなものではないので、どうやって返せばいいのか分からないからだ。

 そのため、エミリアが椎名に嫁ぐことが唯一の解決策だとイスリアは考えていた。

 勿論、エミリアの幸せが一番大切だが、相手が椎名ならまったく問題がない。

 それに〈白き国〉が〈大災厄〉に見舞われ、滅亡したように――


(備えは必要。だから、私たちは楽園との交流を積極的に進めてきた)


 いずれ〈青き国〉の民も〈大災厄〉から逃れ、楽園へ移住する日がやってくる。だからエミリアが椎名と結婚すれば、将来必ず一族の助けになるはずだとイスリアは考えていた。

 椎名が本物の錬金術師なら、次の〈楽園の主〉の最有力候補となるからだ。


「姉さん、ここが正念場よ!」


 妹の迫力に気圧され、少し引いた様子を見せるエミリア。

 その日は太陽が沈むまで、姉妹の作戦会議は続くのだった。



  ◆



 結局、大災厄について詳しい情報を得ることは出来なかった。

 ケモ耳少女の親父さんも国が滅びるほどの災厄が起きたということは理解しているが、それが具体的にどう言ったものなのか、口で説明ができるほど理解していなかったからだ。

 一つだけ分かることは見た事も無い姿・・・・・・・のモンスターが無数に現れ、国を襲ったという事実だけ。あっと言う間に街が破壊され、炎で赤く染まる街から必死の思いで逃げ来たことを親父さんは話してくれた。

 その逃げる途中で、奧さんを亡くしたそうだ。辛い過去を思い出せてしまったと思うが、それでも確認しておく必要があった。ずっと謎に包まれていた〈大災厄〉の正体が判明するかもしれないからだ。

 正体さえ分かれば、対策を練ることが可能かもしれない。現代にダンジョンが現れたということは、同じような災厄が起きる可能性がないとは言えない。だからこそ、備えが必要だと俺は考えていた。


「ごめんなさい……〈大災厄〉については私も詳しくないのよ」


 金髪エルフなら何か知っているのではないかと思ったのだが、彼女も〈大災厄〉について詳しくは知らないらしい。一応、話を聞かせてもらうと親父さんが聞かせてくれたのと、ほとんど同程度の情報しか知らないようだった。

 商人とは言っても一般人の親父さんが知らないのは仕方がないが、シスターと繋がりのある金髪エルフも知らないとなると、情報封鎖が行われていると考えるべきなのかもしれない。

 世界の存亡に関わるような話だ。余計な混乱を招かないために情報が伏せられていると考えれば、ありえない話ではなかった。


「〈巫女姫〉様なら、ご存じだと思うけど……」


 やはり、あのシスターに話を聞くしかないようだ。

 あとは先代なら間違いなく〈大災厄〉の正体について知っているはずだ。

 少なくとも国のトップが何も知らないなんてことはないだろうしな。


「世界の半分が崩壊したって話だが、それ以降〈大災厄〉はどうなったんだ?」

「私が聞いた話によると〈魔女王〉様が自らの命と引き換え・・・・・・に封じ込めたらしいわ。でも、それもいつまで保つか分からないから私たちの国でもダンジョンに街を造る計画が浮上して、大森林の開拓が計画されたのだけど……」


 上手く行かなかったことを金髪エルフから聞かされる。

 国民を避難させるため、未来の楽園都市のようなものを造ろうと計画した訳か。

 言われてみると納得の行く話だ。

 先代がそうしたように、同じことを他の国が思いつかないはずがないからだ。


「シーナ、ごめんね。黙ってて……」

「なんで謝るんだ?」

「だって、私は大切なことを何も話さず、シーナの優しさに甘えてばかりで……」


 甘えていると言うのであれば、俺の方が金髪エルフの世話になっている。

 それに〈大災厄〉について聞いたのはこれが初めてなのだから、それを察しろと言うのが無理があるだろう。

 勝手な思い込みで視野を狭めていたのは俺の方だ。

 この世界の状況がそこまで切迫したものだとは想像もしていなかった。


「気にするな。俺も助けられているしな」

「シーナ……」


 それよりも、これからどうするかの方が重要だ。

 大災厄というのがなんであるにせよ、俺は黙って滅ぼされるのを待つつもりはない。勿論、元の世界に戻るための方法は引き続き探すが、世界の滅亡が迫っていると分かっていて金髪エルフたちを見捨てて逃げるほど薄情じゃないつもりだ。

 まずは予定通り〈巫女姫〉に会うのが先か。

 黒い魔導書についても話を聞きたいが、他にも確認するべきことが増えた。


「まだ〈巫女姫〉から連絡はないのか?」 

「ええ、パーティーの招待状も手配したのだけど返事はないわ……。でも、どうにかして時間を作ってもらえるように働き掛けてみるつもりよ。そのくらいしか、私には出来ないけど……」

「いや、十分だ。それに生徒たちのこともあるしな。試験が終わるまでは様子を見るつもりだ」


 金髪エルフには十分すぎるくらい助けてもらっている。

 だから、進級試験が終わるまでは様子を見ようと思っていた。

 それでもダメだった場合、


(最悪、城に忍び込むしかないか)


 少し強引な手段を取るしかないと考えるのだった。

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