第108話 安住の地
「いやあ、良い商談が出来ました」
結局、親父さんの熱意に負けて、ソファー以外にも屋敷で使っている家具と同じものを何点か用意することになった。
素材は余っているし、このくらいならすぐに作れるから別にいいのだが、根っからの商売人なんだなと感心させられる。
まあ、俺もこんなことで収入が得られるなら悪い取り引きではない。家賃はタダだと言っても、これだけ大きな屋敷を管理するには相応の維持費が掛かる。屋敷のお披露目パーティーを開くからには、そっちの費用の心配もあるしな。
それに、テレジアにもちゃんと給金をだしたいと考えていた。
ホムンクルスだからと言って、無給で働かせるのはどうかと思うからだ。
「そうだ。ついでに一つ相談したいことがあるのだが――」
丁度良い機会なので、親父さんにパーティーのことを相談してみる。
商人なら、この手の話に詳しいのではないかと思ったからだ。
「屋敷の披露パーティーですか? 確かに貴族の方はそう言ったことを気になさいますから、出来ることならやっておいた方が良いでしょうね」
金髪エルフの言うように、やらないよりはやった方がいいようだ。
正直に言うと面倒臭いが、郷に入っては郷に従うという言葉もある。
それに――
「パーティーを開かれるのですか?」
「ああ、波風を立てないためにもやっておいた方がいいかと思ってな」
悪い噂が立つと、俺だけじゃなくて金髪エルフやテレジアにも迷惑を掛けるしな。
しかし、いざパーティーを開くとなると足りないものがある。
人手だ。パーティーで振る舞う料理については、金髪エルフとテレジアがいればどうにかなりそうだが、さすがに給仕までは手が回りそうにない。来賓の対応まで考えると、もう少し人手が欲しいと考えていた。
その辺りを親父さんに相談しようと思っていたのだが、
「〈錬金術師〉様がなにを心配されているかは承知しております。ですが、当商会とアインセルト家は〈錬金術師〉様の味方です。ですので、信用してお任せ頂ければと……」
さすがは大商会の会頭だ。詳しく説明しなくとも察してくれるとは……。
しかし、どうしてアインセルトくんの家の名前が出て来るのかと思っていると、
「パーティーの人手については、アインセルト家の当主様に相談される方がよろしいかと思います」
アインセルトくんの親父さんを頼ることを勧められる。
確かに、そう言われるとそのとおりかもと思う。ご近所さんは貴族ばかりのようだし、貴族向けの対応はアインセルトくんの家の使用人の方がよく分かっているだろうしな。
アインセルトくんの家には商会から話を通しておいてくれるらしく、使用人の手配も任せて欲しいと言われたので頷いておく。やはり、ケモ耳少女の親父さんに相談して正解だったようだ。
「承りました。それでは早速、手配させて頂きます。ただ、誰でも良いと言う訳にはいかない以上、人選に少々お時間を頂くことになりますが……」
「任せる。パーティーまでに間に合えばいいから気にしないでくれ」
貴族相手だと確かに人選は大事だろうしな。
その辺りは俺がどうこう言うよりも、親父さんに任せるのが正解だろう。
それよりも――
「そう言えば、なにか用事があったんじゃないのか?」
話の区切りがついたところで、気になっていたことを尋ねる。
こっちの相談ばかりして、親父さんが訪ねてきた理由を聞いていなかったからだ。
「ああ、これはうっかりしておりました。いえ、屋敷の様子を見に来たというのも理由の一つにあるのですが……」
なるほど、心配して様子を見に来てくれたと言う訳か。
屋敷の修繕が進んでいないようなら、職人を改めて手配するつもりだったそうだ。
しかし、それも無駄足だったと笑う親父さんを見て、面倒見の良い人だと思う。
商人は信用が命とか、ケモ耳少女も言っていたしな。
店も繁盛しているようだし、こうした誠実なところが客の心を掴んでいるのだろう。
「それともう一つ、オークションのことで相談がありまして……」
オークションのことで相談があると言われて首を傾げる。
やはり、あれだけでは足りなかったのだろうかと思い、必要なら追加の素材を用意する旨を伝えると――
「い、いえ、そういうことでは! ただ、オークションが終わるまでは当商会やギルド以外と取り引きをしないで頂けないかと……」
ちゃんと話を聞くと、もっともなお願いだった。
オークションを開く前に同じ素材を他の店に卸せば、商売に影響するのは必然だ。
冒険者登録のためとはいえ、ギルドに素材を卸したのも、いま思うとまずかったのだろう。
オークションがギルドとの合同開催になったのって、もしかするとそれが理由か?
お詫びの品ということで屋敷を融通してもらったが、むしろ迷惑を掛けたのはこっちだったのではと考えさせられる。
「すまない、配慮が足りていなかったようだ。親父さんの商会としか取り引きをするつもりはないから安心してくれ」
「そ、それは当商会を〈錬金術師〉様の専属にして頂けると……」
「ああ、その方がこっちとしても安心だしな」
こんなことが迷惑を掛けた詫びになるとは思わないが、親父さんの商会を今後も贔屓にしたいと考えていた。
それに、ただでさえ人付き合いが苦手なのに、商人と交渉なんて出来る気がしないしな。
それなら親父さんのところとだけ取り引きをした方が遥かに気が楽だ。
「なるほど……承りました。必ずや〈錬金術師〉様の信頼に応えてみせます」
こうやって言葉にしなくても、こちらの意図を汲んでくれるしな。
親父さんと知り合えて良かったと心の底から思う。
「しかし、まさかこのような栄誉に賜れるとは……妻に良い報告が出来ます」
「親父さんの奧さん?」
そう言えば、まだ一度もケモ耳少女のお袋さんを見たことがない。
ケモ耳少女を見る限り、きっと奧さんも綺麗な人なのだろうと思っていると、
「はは……実は十年前に妻を亡くしていまして……」
亡くなっていることを聞き、複雑な気持ちになる。
見ないと思ったら亡くなっていたのか……。
「お気になさらないでください。実は妻の実家も王室御用達の大きな商会を経営していたのですよ。それで良い報告が出来ると思った次第でして……むしろ、〈錬金術師〉様には感謝しております」
「王室御用達? それって前に言ってた〈白き国〉の?」
ケモ耳少女の家族が〈白き国〉から移住してきたと言っていたのを思い出す。
しかし、経営していたと言うのは、どういうことなのかと首を傾げる。
楽園に移住してきたことと何か関係があるのかと思っていると――
「はい。私は婿養子でして、以前は妻の実家の商会で働いておりました。ですが
なるほど、そんなことがあったのか。
ん? いま、なにか凄く重要な話をされたような?
大災厄って、あの大災厄のことか?
「ちょっと待ってくれ、〈大災厄〉ってなんのことだ?」
「おや? ご存じなかったのですか? 十年前の〈大災厄〉は有名な話だと思っていたのですが……」
有名も何も初めて聞いた。
俺はこの世界がもっと過去の時代だと思っていた。
大災厄が起きる前、ダンジョンに楽園都市が出来るよりも遥か過去だと――
なのに大災厄が既に起きている? なにがどうなってるんだ?
「……嫌なことを思い出させて悪いと思うが、故郷がどうなったのか教えてもらえるか?」
だからこそ、確認しておく必要があった。
大災厄が既に起きているのなら、俺の想像が正しければ地球は――
「……滅亡しました。私たち家族と同じように〈大災厄〉から逃れてきた人々が、この国には大勢います。なんでも世界の半分が〈大災厄〉によって失われてしまったとか……。故にここは帰るべき故郷を失った人々に残された最後の安住の地……
最悪の状況を聞かされるのだった。
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