第107話 商人魂
貴族街の屋敷に引っ越した翌日の朝。
朝から食卓には、高級ホテルの朝食のような料理が並んでいた。
「これ、どうしたんだ?」
「凄いでしょ。テレジアさんと二人で作ったのよ」
そう言って、胸を張る金髪エルフ。
自慢するだけあって、アインセルトくんの家に負けないレベルの完成された料理だ。
こんな特技があると思っていなかっただけに驚かされる。
魔法薬の講師ではなく、プロの料理人としてもやっていけるんじゃないか?
「テレジアさんも凄いのよ。物凄く飲み込みが早くて――」
「いえ、エミリア様の教え方が上手いからです」
お互いの腕を褒め合う金髪エルフとテレジア。
まあ、生前の記憶がないと言っても、身に付けた知識や技術まで失われる訳ではないしな。これだけの料理が作れると言うことは、恐らくは生前から料理が得意だったのだろう。
それにホムンクルスは学習能力が高い。人間のように何度も練習を繰り返さなくても、一度見て学んだことはほぼ完璧に再現することが出来る。金髪エルフが飲み込みが早いと感じるのも当然だった。
実際それで現代の知識や技術を取り入れて、楽園のメイドたちは凄いことになっているしな……。
しかし、仲良くやれているようで安心した。
金髪エルフなら問題ないと思ってテレジアのことを打ち明けたのだが、これなら一緒に生活しても大丈夫そうだな。
「今日はこれから学院に荷物を取りに行くのか?」
「ええ、ついでに退寮の手続きをしてくるわ」
よく妹のところに行っているが、金髪エルフも普段は寮で生活しているしな。
俺は〈黄金の蔵〉があるし、たいした荷物もなかったので引っ越しも楽だったが、女性だと大変そうだ。
何か手伝えることはないかと金髪エルフに尋ねる。
「シーナは今日、講義は入っていないのでしょ? まだ引っ越してきたばかりだし、やることがあるのならそっちを優先して頂戴。荷物ならマジックバックに入れられるし、妹にも引っ越しのことを伝えておきたいしね」
そういうことなら、お言葉に甘えるとするか。
屋敷の修繕は大体済んだと言っても、まだやっておきたいこともあるしな。
庭もいろいろと弄りたいし、地下だけでなく一階の工房も整理しておきたい。
それに現代人としては、トイレや風呂にも改良を加えたいところだ。
「それよりも、パーティーはどうするの?」
金髪エルフからそう尋ねられて、俺は首を傾げる。
「パーティー?」
「ええ、貴族街に引っ越したら交流のある貴族や商人。それに近隣の方々を招いて、屋敷のお披露目パーティーを開くのが通例になっているのよ」
これは〈楽園〉に限らず、どこの国でも似たようなものだと説明を受ける。
なるほど、引っ越しの挨拶みたいなものか。ずっと引き籠もり生活をしていて、日本に住んでいた時もご近所付き合いなんてほとんどしていなかったから、まったく気にも留めていなかった。
「それって、いつまでとか期限はあるのか?」
「そうね……招待状は出来る限り早くだした方がいいと思うけど、パーティーは準備や先方の都合もあるし一ヶ月後くらいを目処に開けばいいと思うわ」
いまから招待状をだすとなると、試験後くらいが目安か。
なら試験の疲れを労うため、生徒たちを招待するのも良さそうだな。
引っ越したことをまだ話していないし、丁度良い口実になると考える。
「あ……でも、椎名って貴族じゃないわよね?」
金髪エルフの問いに少し逡巡するも『違う』と答える。
一応、立場的には〈楽園の主〉と言うことになってはいるが、この時代には先代がいるしな。
未来での話なので、ここでは特別な身分はない。
「そうなると招待状をだす相手は考えないといけないわね」
まあ、俺の交遊範囲なんて高が知れているしな。
アインセルトくんの家と、ケモ耳少女の家には招待状をだす必要があるだろう。
あとは冒険者ギルドと、学院長くらいか?
あ、もう一人いたな。
「〈巫女姫〉に招待状を渡しておいてもらえるか?」
「え……〈巫女姫〉様も招待するの?」
「一応、知り合いだしな」
「……うん、分かった。手配しておくわね」
金髪エルフからすると上司が家に来るみたいな感覚だから気が進まないのだろう。
とはいえ、ここは我慢してもらうしかない。学院への紹介状を貰った御礼もしていないしな。
さすがにパーティーに招待しないのは、どうかと思うからだ。
しかし、相変わらず細かいところにまで気が利くというか、
「とにかく、まずは招待客のリストをまとめましょう」
金髪エルフが頼もしく見えるのだった。
◆
結局、社交界のマナーや交流だなんだと言うのはよく分からないので、ほとんど金髪エルフに丸投げするカタチになってしまった。
そもそも招待状もどんな風にだせばいいのかとか、まったく分からないしな。
代筆は問題ないと言う話だったので、すべて金髪エルフに任せたと言う訳だ。
「借りばかり増えて行く気がするな……」
金髪エルフには足を向けて寝られそうにない。
借りを返すペースよりも、借りを作るペースの方が早いくらいだからだ。
本人はまったく気にしていない様子だが、少しずつ返していければとは思う。
その一つと言う訳ではないのだが、
「こんなところか」
屋敷の一階にある工房をリノベーションしていた。
地下の隠し工房は自分で使うことにして、一階の工房を金髪エルフに使ってもらうことにしたためだ。
広さは二十畳ほどのスペースで、魔法薬の調合に必要な道具も一通り揃えた。
気に入ってくれると良いのだが、
「ご主人様、こちらにいらっしゃいましたか」
「ん、テレジアか。どうかしたのか?」
「ご主人様に取り次いで欲しいと、マルタ商会の会頭様がいらしています。どうなさいますか?」
テレジアが呼びに来て話を聞くと、ケモ耳少女の親父さんが訪ねてきたらしい。
断る理由もないので、二階の応接室に案内するように頼む。
余り待たせるのも悪いので作業に区切りをつけて、俺も応接室に向かうことにする。
「〈錬金術師〉様――お、驚きました! まさか、あの荒れ放題だった屋敷が、ここまで見違えるとは――」
応接室に向かうと、興奮冷めやらぬ様子の親父さんが待っていた。
商人としての血が滾るのか? 目を輝かせて質問を浴びせてくる。
「敷地が綺麗に整備されていたのも驚きましたが、この屋敷もまるで新築のようで、こんな短時間で一体どうすればこのようなことが……」
短い時間で修繕が済んだのは、スキルのお陰と言っていい。
俺の〈
しかし、生産系のスキルを持った職人が何人かいれば、同じようなことは可能だと思うのだが?
「あ、これは失礼。つい興奮してしまいまして……はは、悪い癖です」
ようやく我に返った親父さんを見て安堵していると、丁度良いタイミングでテレジアが紅茶を持ってきてくれた。
折角なのでアインセルトくんの親父さんにも好評だった酒をテレジアに渡し、紅茶に少し混ぜてくれるように頼む。体力を回復するだけでなくリラックス効果があるから、これで少しは気持ちが落ち着くはずだと考えたからだ。
しかし、
「美味い! こ、この飲み物は一体!? 苦みの中に感じられるほのかな甘み、それでいて後味のすっきりとした飲み口。なにより、この素晴らしい香りは……」
何故かまた、商人の魂に火がついたようで興奮し始める親父さん。
好奇心の前には、リラックス効果など意味がなかったようだ。
今度はテレジアに質問を浴びせる親父さんを見て、
(……この人は一体なにをしにきたんだ?)
と、さすがに少し呆れるのだった。
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