第106話 同棲

「シーナ。また夜遅くに帰ってきたでしょ?」


 いつものように学院の食堂で朝食をとっていると、金髪エルフに昨晩のことを注意された。

 お前は俺の母親かと言いたくなるが、帰宅が遅くなったのは事実だしな。

 そのため、今日はちょっと寝不足気味だった。

 深夜遅くに帰ってきて、今朝は早くから荷物を纏めていたからだ。

 このあと学院の事務に行って、退寮の手続きもしないといけないんだよな。


「ああ、引っ越しすることになってな」

「引っ越し!? まさか、寮をでるの!」

「ん、ああ……二区の屋敷に引っ越すことになったんだ」


 これだけでは分からないと思い、ケモ耳少女の親父さんに屋敷を融通してもらったことを説明する。

 相談する暇もなく急に決まったことだしな。

 金髪エルフが驚くのも無理はない。


「まあ、あれだけのことをしたら屋敷くらい融通してもらえるわよね……」 


 なんのことか分からないが、どうやら納得してくれたようだ。

 まあ、融通してもらったと言っても事故物件だけどな。

 幽霊の正体はホムンクルスだった訳だが、俺には都合の良い物件だったと言える。


「でも、昨日紹介してもらったばかりなんでしょ? それで次の日に引っ越しって……新築の屋敷でも貰ったの?」

「いや、二十年以上放置されていたって話の古い屋敷だ」

「え……それじゃあ、修繕が必要じゃない? 寝るところにも困るんじゃ……」

「修繕なら昨日終わらせておいた。まあ、だから帰りが遅くなったんだけどな」


 俺の説明が下手なのか、よく分かっていない様子で首を傾げる金髪エルフ。

 一から建てる訳じゃないし、あのくらいの修繕ならすぐ終わるだろう?

 驚くようなことでもないと思うのだが――


「そう言えば、ギルドの訓練場も一瞬で元通りにしてたわね……」


 あれは〈時戻しリターン〉の魔導具を使ったからだな。

 しかし、あれは修復しているのではなく時間を巻き戻しているだけなので、数分前に壊れたものならともかく二十年も経過したものを元通りにするのは魔力消費が大きすぎて使えない。

 なので今回は必要な素材を〈黄金の蔵〉からだして〈再構築〉で修繕を行った。

 時間が掛かったのは、それが理由だ。その上、ホムンクルスの調整もあったしな。

 それで帰りが深夜遅くになってしまったのだ。


「ねえ、今日の講義が終わったら家に行ってもいい?」

「別に構わないけど……急にどうしたんだ?」

「ほ、ほら、引っ越したばかりなら人手は必要でしょ?」


 どうやら引っ越し作業を手伝ってくれるつもりのようだ。

 とはいえ、たいした荷物はないし〈黄金の蔵〉に入れて運べるので一人でも問題はないのだが……まあ、厚意は受け取っておくか。


「それじゃあ、また後でね」


 そう言って手を振って講義に向かう金髪エルフを見送って、俺も退寮の手続きのために事務所へと向かうのだった。



  ◆


   

「これがシーナの屋敷……」


 屋敷を見て、ポカンと呆気に取られた様子を見せる金髪エルフ。

 驚く気持ちは理解できる。

 俺も最初この屋敷に案内された時はびっくりしたしな。


「……本当に新築じゃないのよね?」

「ああ、最初に見た時は雑草が生い茂っていて幽霊屋敷みたいだったな」


 とても人が住めるような環境ではなかったことは確かだ。

 しかしまあ、屋敷の方は比較的マシな状態だったしな。

 ほぼ元通りの状態に修復できたのではないかと思う。


「ああ、そうだ。これを渡しておく」

「……これって?」

「屋敷に入るための許可証みたいなものだ。結界と罠が仕掛けてあるからな」


 屋敷の周りには侵入者を感知する結界と、敷地内にもトラップが仕掛けてあった。

 所謂、防犯対策と言う奴だ。金髪エルフに渡した手の平サイズの御守りは、通行許可書のようなものだ。

 これを持っていれば、罠が反応することはない。


「……〈錬金術師〉の工房なら当然よね」


 納得してくれたようなので屋敷まで案内する。

 工房と言っても貴重なものは〈黄金の蔵〉に仕舞ってあるので、取られて困るようなものは屋敷のなかに置いてないんだけどな。

 まあ、念のためと言う奴だ。それに屋敷には彼女・・もいるしな。


「お帰りなさいませ。ご主人様」


 屋敷の扉を開けると、銀色の髪をした一人のメイドが出迎えてくれた。

 頭の後ろで髪を束ね、クラシカルな丈の長いメイド服に身を包んだ女性。

 そう、彼女は屋敷の地下で眠っていたホムンクルスだ。

 どうやら掃除をしてくれていたらしく、昨日よりも屋敷の中が綺麗になっていた。

 他のことで手一杯で、そこまで気が回らなかったので正直に言って助かる。

 やはり、彼女を目覚めさせて正解だったなと考えていると――


「ん? どうしたんだ?」

「どうしたも何も……彼女のことを紹介してくれるのよね?」


 なぜか金髪エルフに肩を掴まれ、笑顔で説明を求められるのだった。



  ◆



「ご主人様より、ご紹介に与りました。テレジアです」


 スカートの裾を両手で持ち、優雅にお辞儀をする銀髪のメイド。

 地下の工房で眠っていた彼女の名前はテレジア。これは俺が考えた名前と言う訳ではなく、工房で見つけた手記に名前が記されていたのだ。恐らくは彼女の生前の名前なのだろう。

 生前の記憶はないようだが、それならせめて名前くらいはと同じ名前を彼女につけたと言う訳だ。

 

「ご主人様って……ちゃんと説明してくれる? こんな綺麗な人をどこで見つけてきたのよ」

「どこって、この屋敷の地下だが?」

「……地下?」


 意味が分からないと言った様子を見せる金髪エルフに、事の経緯を説明する。

 たぶん彼女ならテレジアが人間でないと分かっても大丈夫だと考えたからだ。

 それにアインセルトくんの家にもホムンクルスはいたしな。

 この時代では、そこまで珍しいものではないのかもしれないと思っていたのだが、


「ホムンクルス……まさか、本当に実在していたなんて……」


 どうやら、この時代でも珍しいものだったらしい。

 まあ、話を聞いている感じでは、先代にしかホムンクルスは造れそうにないしな。

 未来では千人もいたけど、まだそこまでの数は量産されていないのだろう。

 

「私のことを信用して話してくれたのだと思うけど、彼女がホムンクルスであることは黙っておいた方がいいわ。このことが周りに知れ渡ると面倒なことになりかねないしね」


 確かに金髪エルフの言うとおりかもしれない。

 俺は人間もホムンクルスも変わらないと思っているが、肌の色が違うと言うだけで差別するような人が世の中にはいるくらいだ。そうなると人間じゃないという理由で、ホムンクルスを差別するような人も出て来るだろうしな。

 楽園のメイドたちがホムンクルスであることを公言していないのは、そうした面倒事を避けるためだ。

 まあ、なかには気付いている人もいるとは思うが、こちらから態々そのことに言及して波風を立てる必要はないというのが俺の考えだった。

 しかし、


(この時代なら、もう少しホムンクルスも受け入れられていると思ったんだけどな)


 アインセルトくんの屋敷でホムンクルスのメイドを見かけたことから、この時代ではそれほど珍しくないのかもしれないと思っていたのだ。

 しかし金髪エルフの話が確かなら、アインセルトくんの家が特殊ということになるのか。となると、彼女――ノウェムというメイドのことも黙っておいた方が良さそうだ。

 問題となる前に気付けてよかった。金髪エルフには感謝しないとな。


「ねえ、シーナ。私もここに住んでいい?」

「え……」


 チラチラとテレジアの方を見ながら尋ねてくる金髪エルフに、どういうことだと首を傾げる。

 そう言えば、ホムンクルスの話をしている時から少し様子が変だったな。

 ああ、もしかすると金髪エルフも自分の工房が欲しくなったのか?

 寮住まいだと薬の調合にも気を遣うだろうしな。

 これまで妹のところによく行っていたのは、それが理由かもしれない。

 そういうことなら――


「いいぞ。部屋はたくさん余ってるしな」


 金髪エルフには世話になっているし、恩を返す丁度良い機会だと考えるのだった。

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