第105話 未完の研究

「ケモ耳少女の親父さんも行ったし、そろそろ始めるか」


 屋敷の敷地を見渡しながら、どこから手を付けたものかと考える。

 二十年も放置されていたと言うだけあって、庭は荒れ放題だった。

 本当に手入れがされていなかったのだろう。腰元くらいまで雑草が生い茂っている。 

 となれば、まずやるべきことは一つしかない。


「〈解析アナライズ〉――」


 地面に向かって手を当て〈解析〉を試みる。敷地の全体像を把握するためだ。

 やはり草木は生え放題だし、石畳もひび割れていて使い物になりそうにない。屋敷の敷地を取り囲む塀の補修も必要そうだ。しかし幸いなことに、ここの土や草木は魔力を含んでいた。

 ダンジョンほどではないが、魔力があればスキルによる〈再構築〉も可能そうだ。


「――〈構築開始クリエイション〉」


 土を掘り起こし、まずは生い茂った雑草を除去する。

 そして〈分解〉した草木や石は素材に使い、壊れた塀や石畳の修復に利用する。

 これならゴミや二酸化炭素をだすこともない。

 まさに究極のリサイクル。これこそ錬金術の真骨頂・・・・・・・と言って良いだろう。

 しかし、さすがに広い。魔力の方は問題ないが、時間は掛かりそうだ。


「文句を言っても終わらないしな。一気に片付けてしまおう……」


 出来れば今日中に終わらせたいので、作業のスピードを上げる。

 ケモ耳少女の親父さんの厚意に甘えておけばよかったかもしれないと、少しだけ後悔するのだった。



  ◆



 あれから一時間ほど作業を続けた結果、


「よし、すっきりしたな」


 生い茂っていた雑草は姿を消し、綺麗に整地された敷地が目の前に広がっていた。

 少し殺風景な気もするが、そこは追々と手を加えていけば良いだろう。

 塀や石畳も新品同然に生まれ変わったのを確認して、


「次はこっち・・・だな」


 屋敷に足を向ける。

 明日には寮の部屋を引き払いたいので、出来れば今日中に住める程度には修繕を終わらせておきたい。

 見た目は幽霊屋敷と言った感じの古さだが――


「思っていた以上にしっかりとしていそうだな」


 壁に苔が生えたり経年劣化は感じるが、建物自体の痛みは少なそうだった。

 念のため、こちらも〈解析〉で状態を確認してみる。

 すると――


「妙な魔力反応があるな」


 家賃が無料タダという時点で察していたが、やはり何かいるようだ。

 生活の痕跡は見られないことから、人間じゃないことは間違いない。

 幽霊が怖くないのかって? 幽霊で驚いていては錬金術師なんて務まらない。

 そもそもホムンクルスの開発には、魂の研究が必要不可欠だしな。知識があれば対策は講じられる。それに正直なことを言えば、幽霊の方がモンスターよりも怖くなかった。

 自我を持った強力なゴーストなら、霊核の材料になるかもしれないしな。


「取り敢えず、確認しておくか」


 まだ隠れているのが幽霊と決まった訳ではないが、ここに住む以上は確認しておく必要がある。

 魔力の反応を探りながら、


「こっちだな」


 エントランスホールを抜け、一階の調理室の方へと足を向ける。

 やはりアインセルトくんの家ほどではないが、かなりの豪邸であることが分かる。

 エントランスホールだけで、ダンスパーティーが開けそうな広さがあるしな。

 調理室も釜戸ではなく魔導具を使ったキッチンが備え付けられていた。よく見ると、照明も魔導具のようだ。魔導具は壊れてはいなさそうなので、屋敷を修繕をして掃除をすれば問題なく住めそうだな。


「隠し扉か」


 反応を追って屋敷の中を探索していると、倉庫と思しき場所に隠し扉を見つけた。

 魔法で扉を壁に偽装して、地下に続く階段を隠していたようだ。

 扉を隠していた魔法はスキルを使い〈分解〉で解除する。

 しかし、


「この下みたいだけど、デジャヴを覚えるな……」


 この手の隠し階段を見つけると、ユミルと出会った施設のことを思い出す。

 地下へと続く階段を下りていくと、灯りが見えて――


「そうそう、こんな風・・・・にユミルが眠っていたんだよな」


 円筒形の水槽の中に沈められた女性を発見するのだった。



  ◆



 幽霊を捜していたら、まさか全裸の女性を見つけるとは思わなかった。

 見た目の年齢は二十代半ばから後半と言ったところか?

 どことなくイズンに似ていて、大人の色気を感じさせる女性だ。

 しかし、これは――


「人間じゃないな」


 人ではないと一目で判断できた。

 普通の人は気付かないかもしれないが、錬金術師である俺には一目瞭然だった。


「ホムンクルスか。でも、これは……」


 なにか余計なものが混じっている感じがする。

 それに、この赤い液体・・・・……普通の〈生命の水〉とは違うようだ。

 取り敢えず、手をかざして〈解析〉を試みてみる。

 

「〈賢者の石〉の未完成品を使ったのか。それで劣化してしまっているみたいだな」 


 この〈赤い液体〉は〈賢者の石〉に近い性質を持っていることが分かった。

 どうやら未完成の〈賢者の石〉から〈生命の水〉を精製したらしい。

 そのため、本来の色の黄金ではなく赤く濁ってしまったのだろう。

 なにか他に手掛かりはないかと探していると、机の周りに散乱した研究資料と思しき手記を見つけた。


「ホムンクルスの研究をしていたみたいだが……」


 手記を確認するに、知識はあったようだが技術が伴っていなかったようだ。

 錬金術は知識だけでは〈錬成〉や〈調合〉は成功しない。高度な魔導具の製作や魔法薬の調合には緻密な魔力のコントロールが必要不可欠で、そのために魔力制御の技術が必要とされる。

 手記に書かれている〈賢者の石〉のレシピは間違っていない。〈生命の水〉の精製も手順はあっていた。そのことから失敗したのは知識が原因ではなく、技術が足りていなかったのだと察したのだ。


「これじゃあ、ダメだな」


 手記には〈霊核〉が動かなかったことが書き記されていた。

 恐らくは不完全な〈賢者の石〉を使った所為だろう。

 目覚めさせるには、本物の〈賢者の石〉を使って再調整するしかない。

 肉体の方も妙な混ざり物があるようだし、そのあたりも調整が必要になりそうだ。

 更に手記を読み進めて行くと――


「……人間を素材に使ったのか?」


 とんでもないことが書かれていた。

 どうやらホムンクルスの肉体を作るのに人間の亡骸を使ったようだ。

 劣化した〈生命の水〉では、ホムンクルスの肉体を構築できなかったのだろう。

 だから人間の亡骸を使った。〈霊核〉の元となった人間のものを――

 妙な違和感を覚えたのは、これが原因だったらしい。


「正直、関わり合いになりたくないが……」 


 この研究を行っていた人間は頭がおかしいとしか思えないが、見なかったことにするのは寝覚めが悪い。このまま目覚めることなく朽ち果てるのは、さすがに哀れだと思ったからだ。

 ホムンクルスの研究をしていた錬金術師は、もう帰っては来ないだろうしな。そもそも生きているのかすら怪しい。どこかへ逃げたにしては、研究資料や実験道具など回収しないで消えるのはおかしいからだ。

 不測の事態が起きて帰って来られなくなったと考える方が自然だ。

 となれば、ダンジョンで命を落としたと言うのが一番可能性として高そうだった。

 モンスターの素材がなければ、錬金術の研究は続けられないしな。


「俺が引き継ぐしかないか」


 余り気は乗らないが、研究を引き継ぐしかなさそうだ。

 目の前の彼女だけでも助けてやりたいしな。

 少なくとも、それが可能な知識と技術が俺にはある。

 それに――


「人手が欲しかったところだし、丁度良いか」 

 

 これだけ大きな屋敷を俺だけで管理するのは難しい。

 そのため彼女を目覚めさせて、メイドとして働いてもらうことを考えるのだった。

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